挑発的な言葉
それは始めから予測できたことで、あの方からそう切り出されるのも予想していた。
そして、それを言ってくれるのは、あの方しかいないだろうとも。
『セントポーリア国王はいつから堂々と愛人を連れ歩くようになった?』
不遜にも傲慢に聞こえる声。
だが、それすらもその声の主にとっては計算のうちだろう。
緑色の水晶体と通信珠は周囲の動揺をもしっかりと伝えてくる。
この通信珠の感度は思ったよりも良いらしい。
心の準備をしていたオレはともかく、明らかに侮辱の言葉を投げつけられたその身内である高田は、内心、怒り心頭のようである。
難しい顔をして水晶体を食い入るように見つめているが、その心境は明らかに穏やかではない。
体内魔気はかなり抑えられているが、その奥底に渦巻いている暴風の気配がオレに伝わってくる。
だが、彼女にとっては、もう少しきつい言葉が続くはずだ。
この場で会合を見届ける以上、そこは耐えてもらわなければいけない。
『イースターカクタス国王陛下は、女性と見れば、そう言った対象にしか見えないようですね』
落ち着いた懐かしい声が耳に届く。
イースターカクタス国王の挑発に、セントポーリア国王陛下は堂々と答えた。
『国王と共に入室する女性の外交補佐など、これまで聞いたこともない。特に前例踏襲型であるセントポーリアだ。特例を通すためには、国王の強権行使以外ないだろう?』
『それでは、我が秘書の実力を試されますか? イースターカクタス国王陛下』
『何をだ? 房事の技術か? そちらについては十分、間に合っているが、それだけ見目麗しい女性なら楽しめそうだ』
その言葉に対して、高田の肩が微かに揺れた。
『この者の知識をお試しください、イースターカクタス国王陛下。少なくとも、見目だけで、この場に立っているわけではないことを証明できることでしょう』
品のない情報国家の国王の物言いに対して、笑顔で流すセントポーリア国王陛下。
『珍しく大きく出たな、セントポーリア国王』
『事実ですから』
不敵に笑う情報国家の国王に対して、剣術国家の国王陛下は穏やかに受けて立つ。
そんな中心国の会合とは思えないような二人の会話の応酬に、周囲は口を挟まず黙って見守っていた。
興味を示す者。
勝手にしてくれという態度の者。
特に興味なく資料を見る者といろいろな反応だったが、個人的には何か言った方が良いのではないかとも思う。
何故なら、話を誘導しているこの方は、黙って傍観者にさせてくれるような人物ではないのだ。
この情報国家の国王という人物は、説得のためには手段を選ばず、周りを巻き込むことも厭わない王様だと聞いている。
この流れを、止めなければ巻き込まれることは間違いないだろう。
『では、試させてもらおうか。今から、周囲の国の知識人と同じテストを受けていただけるか? 「チトセ=グレナダル=タカダ」嬢』
その言葉を聞いて、高田の肩が完全に震えたのが分かった。
「は、母に……『嬢』……、似合わない」
本来なら、「嬢」は未婚の若い娘に使う言葉だ。
未婚とはいえ、千歳様の年代に使われることはまずないだろう。
この場合は、相手を未熟な人間扱いしている言葉なのだが、高田には変なツボに入ってしまったようだ。
『今すぐ……でしょうか? グリス=ナトリア=イースターカクタス国王陛下』
『隣室は控えの間だったな。そこを借りられるか? ストレリチア国王陛下』
『構わぬ。自由に使うが良い』
『聞いたか、従者ども。勝手に決めて悪いが、隣室で、お前たちも含めて試させてもらう。勿論、女に負けるような知識量の人間はこの場にいないことを願うぞ。ああ、ついでに大神官。お前も受けろ』
『拝命いたしました』
突然、ご指名を受けた大神官は、動じることなく深々と頭を下げた。
『言語は統一するか? 出身国の言語であるシルヴァーレン大陸言語が得意だろう? チトセ嬢は』
『私はどこの大陸言語でも構いません。ああ、今は亡きダーミタージュ大陸言語でも私は大丈夫ですよ』
その千歳様の言葉に、周囲が騒めいたことははっきりと分かった。
気のせいか、大神官も不敵に笑った気がする。
彼女が口にした「ダーミタージュ大陸言語」は、かつて失われた大陸の言語だったと聞いているが詳しくは分からない。
その大陸言語に関しては、残っている資料が少なすぎて、オレも良く知らないのだ。
『流石にダーミタージュ大陸言語のテスト問題は持ってないな。では、公平を期すために、我がライファス大陸言語のものでやろうか。まず、最低限、他大陸言語も頭に入っていない者はいないと信じているぞ』
そう言いながら、周囲を巻き込んで、他国の国王陛下たちの意思確認もしないまま、従者たちを連れて、隣室へ行ってしまった。
****
「なかなか面白い王様だね~」
若宮が最初に口を開いた。
「まさか、全く関係ないベオグラまで巻き込むとは思わなかったけど……。まあ、結果はベオグラの圧勝かな」
その言葉に高田が反応する。
「どんなテストか分からないのに、そんなことを言い切って大丈夫?」
「あの男、あの情報国家の国王陛下から月一で、お誘いの手紙が来る程度には知識があるのよ? 逆に比較される他国の従者が哀れだわ」
月一とは多いな。
確かにそれだけ、気に入られていることは間違いないだろう。
ただ手紙の内容が本当にお誘いかどうかは大神官にしか分からないのだろうけど。
「ねえ、シオリ……」
そこまで黙っていた王子の婚約者は口を開く。
「なんでしょう? オーディナーシャさま」
「情報国家の国王陛下って……、実は高田の母君と顔見知りだったりする?」
「わたしも最近知ったばかりだけど、古い友人らしいです」
「ああ、それであんなに庇っているのか」
高田の返答に納得したように頷いた。
「庇っている?」
「うん。あの国王陛下が言ったように、身分が高い人が自分の妻以外の女性と親密に手をとって入室していたら、愛人扱いされてもおかしくないことは分かる?」
「まあ、なんとなく……」
「誰かが言わなければ、それは周囲の暗黙の了解になってしまったことも?」
「うん……」
高田の返事が敬語を忘れて、素になっている。
それだけ、考え込んでいるのだろう。
「それを払拭したくて、あんな挑発的な言葉で喧嘩売ってから、周囲も巻き込んだんじゃないのかな?」
王子の婚約者の分かりやすいそんな言葉に……、高田は少し考え込んで……。
「それならば良いのですが」
どこか力なくそう微笑んだ。
この王子の婚約者の読みは、そこまで外れていないと思う。
あのまま、話を進めては、セントポーリア国王陛下に対して余計な噂が立つことは避けられないだろう。
具体的には、「面倒な王妃よりも秘書と呼ばれる女性を構っている」とか「愛人を諸外国に連れ出す理由で新たな役職を設けた」とか、口さがない人間はどこにだっているものだ。
ただ……単純に友人として庇っているかは別の話だと思う。
情報国家の国王が千歳様のことを知っていたなら、引き抜きを諮っている可能性はあると思っている。
大神官についても、同様なら、今回のテストとやらで振るわない成績を取れば、それを盾に何か仕掛けてくる可能性もあるのだろう。
どう転んでも、情報国家の国王は損しないようになっている。
さらに、新たな情報も得られるのだ。
中心国の国王の従者たちの知識量とかを含めてな。
ただ……、あの国王は少しだけ計算違いをしたと思っている。
分かりやすく侮蔑的な言葉を含めて試された千歳様とその娘が、このまま、大人しくしているとは思えなかった。
それは確かに厚意からきた言動だったかもしれないが、女性に対して使えばどれだけの怒りを買うか。
手段としてはあまり良い手だと言えない。
だが……、その後の行動次第では、かなり彼女たちには有効な手となることもなる。
そこまで計算した上でのあの言動だとしたら大したものだろう。
どちらにして、兄貴と対策を練らねばならない必要があることは分かった。
すぐ傍にいる高田はともかく、その母親である千歳様の行動も、本当の意味でオレには予測できない方なのだから。
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