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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 中心国会合編 ~

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同じ15歳から

「我が剣術国家セントポーリアからは、『ハルグブン=セクル=セントポーリア』国王陛下と、『チトセ=グレナダル=タカダ』様。この方はまだ位階を持たないが、間違いなくセントポーリア国王陛下の懐刀だよ」


 九十九は先ほどまでと変わらず、ごく自然に人物紹介をしたが、わたしは、よく叫び出さなかったと思う。


 ワカと、オーディナーシャさまの視線が突き刺さっているのは分かっているが、わたしの口からは何も出てこない。


「えっと……、笹さん?」


 最初に口を開いたのは、ワカだった。


「セントポーリア国王陛下のお連れ様が、すっごく見知った方に似ている気がするのですが?」


 その言葉はそのまま、わたしの台詞だった。


 平坦なその口調から、九十九は知っていたのだと思う。


 だけど、わたし自身はそのことについて、一切、聞かされていなかったことは凄くショックだった。


「ああ、高田の母上だからな」


 彼の口からあっさりと告げられたのは決定的な言葉。


 この水晶体に映っている人は、他人の空似ではないということだった。


 いや、わたしがこの人を忘れることも、間違えることもないのだけど、それでも、セントポーリア国王に手を差し出して堂々と歩いている女性が、まさか自分の母だなんて、どこかで信じられないのだ。


 ―――― あの人は……、誰?


 そんな疑問が湧いてくる。

 あんな母なんて知らない。


 わたしが知る母はのんびりとして、いつも穏やかに微笑んでいる人だった。


 あんなどこか挑戦的な微笑みを浮かべて、多くの偉い人達の前に立つことなんてできるタイプではなかったのに。


「若宮たちも何度か人間界でお会いしていただろ? 多分、オレ以上にあの方とは面識があるんじゃねえか?」

「まあ、サードネームに『タカダ』って入っているということで、間違いはないのだろうけど……」


 オーディナーシャさまはどこか気まずそうにそう言った。


 二人はもう気付いているのだろう。

 わたしがこのことについて、何も聞かされていなかったことに。


「あの方は、ずっと国政の勉強をされていたんだよ。だけど……、思ったより早く、周囲からの信用を得られたようだな」


 九十九はそう言うが、わたしはそんなことも知らなかった。


 確かに母は、城下にいた時からも部屋に籠って書物を読んでいたことが多かったのだけど、それが政治の勉強なんて思いもしなかったのだ。


 それに、これまで手紙も何度か受け取っていたけど、そこでも何も知らされていない。

 いや、わたしも母に「聖女の卵」になったことは伝えていなかったけど。


「……二年と少しぐらいの日数で何とかなるもの?」


 オーディナーシャさまはそんな基本的なことを確認する。


 確かに、どんな才能があっても、そんな短期間でなんとかなる世界だと思わない。


「二年じゃない」


 だが、九十九はそれを否定する。


「高田が生まれる前からずっと勉強してきたとオレは聞いている」

 

 ―――― そんなこと、聞いてない!


 わたしはそう叫びたかった。

 でも、それをこの場で言うわけにもいかない。


 もしかしなくても、記憶をなくす前のわたしは知っていたことなのだろう。


 だけど、今のわたしには一切、伝わっていない。

 聞かされることもなかった。


「高田が生まれる前から……。それは随分と熱心だね。人間界に10年いて空白(ブランク)があったとしても、結構な日数になるかな?」


 ワカは納得したように、そう言った。


「でも、世襲制が中心のセントポーリアで、しかも女性……。相当な苦労があったことだろうね」

「国王陛下が数年前から能力主義に変えたからな。だから、上手くいったのだと思う。もともとセントポーリアは外交が苦手だったというのもあるだろうな」

「なるほど……。良い波に乗ったわけか……」

「それが良い波かは分からんぞ。無駄に敵を増やすことにもなるからな」


 国王に隠され、護られていると思っていたわたしの母は……、間違いなく攻めに転じていた。


 わたしが、ぬくぬくと護衛に護られて呑気に暮らしている間にも、自身の手でその道を切り開いていた。


 そこにどれだけの努力と苦労があったのかはわたしには分からない。


 わたしは、その娘なのに、何も考えずに現状の維持だけを考えていた。

 その現状すら、他の人たちから用意されているものなのに。


 自立しなければと分かっているのに、心のどこかではやっぱり甘えていた。

 このままで良いと思い込んでいた。


 魔法が使えなくたってなんとかなるって思って……。


 誰かに護られたままのわたしと、国王の庇護から抜け出ようとしている母。

 そこにどれだけの意識の違いが存在しているのだろう?


 母は、わたしと同じ15歳でこの世界に来たと聞いている。


 だけど、同じ15歳でここに来たわたしは、これまでに、何をしてきた?

 一人で生きていくこともできないのに、それで良いとどうして思えていた?


「最後が、輸送国家クリサンセマムの王『ディカルト=ノルン=クリサンセマム』様。従者は……、恐らく『ベルファス=ローナ=モレストビニル』様かな」

「なんか、先の5か国に比べて迫力に欠ける登場ねえ。そろそろ、入室順番変えれば良いのに」

「魔法国家の後釜だからな。多少、見劣りするのは仕方ない」


 ワカと九十九がなにやら話しているが、それすら耳に入ってこない。

 音は聞こえるけど、中身が届かないのだ。


「シオリ……、大丈夫?」


 先ほどと違った意味で、オーディナーシャさまが声を掛けてくれる。


 九十九たちもどこかわたしの様子を気にしてくれているけど、あえて、声をかけないことは分かっている。


「大丈夫です。お気遣い、感謝します。オーディナーシャさま」


 ―――― 嘘つき。


 分かっている。

 自分でも大丈夫じゃないって。


 身内の……、それも、母のこんな姿を見て平気でいられるほどわたしは割り切ることができない。


 だけど……、母には母の考えがあって、九十九や、多分、雄也先輩もそれに従っていただけなのだとは思う。


 わたしに対して、誰かの判断で内緒にしていたのか、それとも、知らせるまでもないと思っていたのかは分からない。


 だけど……、わたしがショックを受けたことは間違いないのだ。


 逆に、先に知らされなくて良かったとも思う。

 知っていたら、ここまでの衝撃もなかっただろう。


 こんな大舞台で、さらりと登場してくれたから、わたしはここまで打ちのめされたのだ。

 こんな凄い人の娘なのに、今まで何をやってきた!? と自分で疑問を持つことができたのだ。


 そして同時に……。


 ―――― 負けられない。


 そんな強く激しい感情も自分の中に湧き起こる。


 この人の娘として、負けるわけにはいかない。

 誰かに甘えたままで、生きていくことなんてできない。


 命がけでわたしを守り続けてきた母に、顔も見せられないほど、これまで周囲に頼り続けてきたなんて言えるはずもない。


 何より、自分がこのままなんて我慢できない!!


 わたしは心の底からそう思った。


 だけど……、それを今、この場で表に出すことは出来ない。

 全てはこの会合が終わった後。


 恭哉兄ちゃんにしっかりと強力な結界を張って貰った後で、ぶちまけよう。

 僅かな魔気も外に漏らさないほどのやつをお願いしないとね。


「大丈夫か?」


 わたしの背後から、護衛少年の囁きが聞こえてくる。


 その聞きなれているはずの低い声に、何故か背中がゾクゾクするような奇妙な感覚があったけれど……。


「大丈夫だよ」


 わたしもそう呟き返した。


「事情は、後で話す」

「うん、頼んだ」


 やはり何か事情があったらしい。


「ところで、なんで、大神官さまがあの場にいらっしゃるの?」

「ああ、ベオグラは情報国家の国王陛下がご指名したらしいよ。公平無私な目での立会人に相応しいからって」


 オーディナーシャさまの言葉にワカが即答する。


 声はまだ聞こえないけど、開催国であるストレリチア国王が開会の挨拶をしているっぽいことは分かる。


「まだ声が聞こえないね」


 通信珠で音声も聞かせてくれるという話だったはずなのだけど……。


「あ~、英断だわ。この国王陛下の挨拶って無駄に長いから。小学校5年の時の校長を思い出して、嫌になる」

「……娘がさっきから酷くない?」


 確かに、あの校長先生は話好きだったけど、わたしは嫌いではなかった。


「父に似たから仕方ないわ」


 さらに酷い。


 娘曰く「無駄に長い挨拶(あいさつ)」も終わったところで……。


『議題に入る前に一つ、確認しておきたいことがある』


 不意に、聞き覚えのある声が入った。

 通信珠の通信が開始されたらしい。


 だけどその声の主はとんでもないことを口にする。


『セントポーリアの国王は、いつから堂々と愛人を連れ歩くようになった?』


 その言葉で、ゾワリとわたしの背中に冷たい物が走ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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