王と従者たちの入室
「笹さん、最初に登場したこの方は誰か分かる?」
若宮が指をさすのは、緑色の水晶体に映し出された人物。
茶色の髪、琥珀色の瞳を持つこの方のことは、最近、深く関わることになったために知ってはいる。
「『ヴォルグラート=サレム=カルセオラリア』様。機械国家カルセオラリアの国王陛下だな。横にいるのは、外交補佐、『ゼルバニア=フリカ=ラナティ』様だ」
薄い水色の髪に、深緑の瞳を持つ背の高い方が、国王を支えながら入室している姿も映し出されている。
確か、昨日、カルセオラリア国王のすぐ後ろでオレたちに向かって敬礼をしていた人物だった。
あの時は目を伏せていたから、その瞳の色までは分からなかったが、今は顔を上げて堂々と胸を張っているためにはっきりと見える。
今回は機械国家カルセオラリア城の崩壊が主題となる。
だから、周囲に舐められてはいけない。
だけど……、この従者や、先にこの部屋で待機していた文官たちの胃の調子を考えると気の毒に思える。
オレなら絶対に嫌だ。
「ほほう。カルセオラリア国王陛下は68歳だと聞いているけど、……見えないね」
「凄いね。我が祖父殿よりかなり若く見える。皺もあまりないね。魔界人の歳の重ね方って本当に不思議」
若宮と王子の婚約者は感心している。
「本当に、おてて繋いで仲良く入場するのか……」
「お前、人の話を疑っていたのか?」
高田が気になったのは人物よりも、その部分だったらしい。
カルセオラリア国王が席に着くと、緑色の水晶体は次の二人組を映し出した。
これって便利だな。
どこかで誰かが、映像編集とかをやっているわけではないだろうけど、良いタイミングで場面が切り替わった。
昔、水鏡族に、高田の昔の記憶を見せてもらった時を思い出す。
「笹さん、次、入ってきた顔の良い男は?」
若宮が、焦げ茶色の髪の毛、紺色の瞳を持つ男のオレから見ても、顔の整った人間の人物紹介をしろと言う。
オレは、「いや、確かに顔は良いけど、お前が大好きな大神官様ほどじゃねえだろ? 」という言葉は飲み込むことにした。
後が怖すぎる。
「その表現はどうなんだ? 『クリストファー=ティスラ=ローダンセ』様。ローダンセの国王だ。横の黒髪、青い瞳で小柄な方は、多分、『ガルディシュ=グスタ=ネイビス』様。ローダンセで政務官をされている人だと思う」
一通り、兄貴から従者の可能性が高い人間の名前と特徴を聞いていただけに名前は出てくる。
「ほほう。従者の名前まで出てくるとは……。そして、この方が噂の子沢山の王か。整った顔の割に大した精力絶倫ぷりってことか」
「確かに12人は多いけどな」
若宮の言葉はどうかと思うが……、確かに凄いとは思う。
でも、ここまで凄いと逆に羨ましくはない。
子供は沢山いても、大変だと思うのだが。
「……わたしが知っている時より、一人増えている気がするのだけど」
高田も複雑そうな顔でそんなことを聞いてきた。
「最近、13人目の妃との間に生まれたそうだ」
「ぬ? 一人、足りないよ?」
「全ての妃との間に子がすぐにできるとは限らんからな。それに、ローダンセの王族は昔から、不幸な事故や病気で早逝することも多いらしい」
実際、ローダンセ王は正妃と寵妃と呼ばれる妃が合わせて15人いると聞いている。
一夫多妻の国家でも、二桁になるのは珍しいらしい。
しかし、一度、子を成した妃とは夜を共にしなくなるらしいから、もしかしなくても飽きっぽいのかもしれない。
「……不幸な事故や病気?」
高田はその意味を読み取ったのか、露骨にその顔を顰める。
「不幸な事故や病気らしいぞ」
真実は知らん。
知ったところで良い気分にもならないだろう。
まあ、兄貴なら調べているかもしれないが、オレは他国の事情にそこまで明るくはないのだ。
「笹さん、弓術国家ローダンセは行ったことあるの?」
「オレはない」
「……だよね。でも、王族ならともかく、付き添う従者の絵姿まで出回るものじゃないのに、その容姿だけでよく分かるね」
「大体、ここに出てくるような人間は限られているからな。特徴さえ分かれば、なんとなくは分かる」
「高田、笹さんを譲る気はない?」
「……もう何度目か分からないけど、駄目だよ」
何度も、打診しているのか。
この王女殿下はどこまで本気か分からないから怖いな。
「シオリ……。私もそろそろ腹心が欲しいのだけど、どう?」
「頼りになる従者はストレリチアからお選びください。『聖女の卵』さま」
楽しそうに問いかける王子の婚約者相手に、高田もどこか不機嫌そうに答える。
「笹さん、次は?」
黒い髪、緑色の瞳を持った人物を見ながら、若宮が尋ねる。
「……この方は王女殿下の方が詳しいでしょう?」
それも何故、オレに尋ねるか分からんぐらいの相手だと記憶しているが……?
しかも、この瞳はどう見ても、目の前にいる亜麻色の髪をした女とそっくりなのだが?
「やだ、面倒」
おいこら?
法力国家の王女殿下?
「『ヴィンセント=オブス=ストレリチア』国王陛下だね。グラディとケーナの父親だ」
「わたし、ワカのお父さんって、初めて見るよ」
王子の婚約者の言葉に高田が反応する。
「基本、引きこもりだからね。この人。横のが、『アルシオン=マルク=トモレスト』。確か、文官の一人」
若宮は王の横にいる薄い紫色の髪、茶色の瞳を持った文官を見ながら、気難しい顔をしながら、そう言った。
父親の紹介はしたくなくても、文官の紹介なら大丈夫らしい。
本当に若宮は父親が苦手なのだなと思う。
父親、父親ねぇ……。
自分が記憶している限り、オレの父親は、黒髪で青い瞳だったと思う。
そして、兄貴になんとなく似ていた……。
それぐらいしか覚えがない。
父親が死んだのはオレが2歳の時だ。
あまり覚えていないのも仕方ないだろう。
それよりも、薄茶色の髪、青い瞳の師や、黒髪、黒い瞳の育ての親たちの印象が強すぎて、記憶の上書きされている気もする。
「神官じゃないのか」
「神官はこういった場では使えないのよ。使えるなら、迷いもなく国王陛下は大神官をご指名するはず。あの男の知識量って結構、凄いから」
さり気なく惚気ともいえるような言葉を口にしている若宮。
それを聞いていた高田と王子の婚約者の目がどこか生ぬるいものになっているが、彼女は気付いていないようだ。
「お!? この人、高田の好みっぽくない!?」
金髪、青い瞳の人物を指さしながら興奮気味にその王女は叫んだ。
「その言い方はどうなの? ワカ。確かに否定はしないけどさ~」
否定しないのかよ。
いや、そんな気はしていたけど……。
「……でも、一人?」
そのことに、王子の婚約者が最初に気付いた。
「情報国家『グリス=ナトリア=イースターカクタス』国王陛下は、こういった会合で供を連れて入室することがないそうだ」
「へえ、凄い自信だね」
「いや、供に部屋に入れるほど、信用できる従者がいないらしい」
「……孤独な王さまなの?」
そんな高田の言葉に苦笑したくなる。
「中で先に待機している人間たちはいるから、孤独ってわけでもないと思うぞ」
連れて共に入るほど信用できる従者がいない。
それは確かに「孤独」だと言える。
「順番的に、次は高田たち出身の剣術国家セントポーリア……って……あれ?」
緑色の水晶体に映し出されたその人物たちを見て、流石に若宮が言葉に詰まった。
そして、その横にいた王子の婚約者も目を丸くする。
だが何より、一番、固まったのは間違いなく高田だった。
オレは……、なんとなく、そんな気がしていた。
いや、でも、出てくるのが早すぎると思う。
少なくとも、後、5年はかかると思っていたのだ。
若宮と王子の婚約者は高田に視線を向ける。
高田は……、緑色の水晶体に映っている二人の人物から目を離せないでいた。
それも当然だろう。
「我が剣術国家セントポーリアからは、『ハルグブン=セクル=セントポーリア』国王陛下と……」
眩しい金色の髪と澄んだ青い瞳を持つセントポーリア国王陛下と並んでいるのは、黒い髪と黒曜石のような黒い瞳を持つ女性。
「『チトセ=グレナダル=タカダ』様。この方はまだ位階を持たないが、間違いなくセントポーリア国王陛下の懐刀だよ」
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