お茶会の従僕
「ハーレムだね、笹さん」
若宮が物凄く良い笑顔でそんなことを言った。
「この場を給仕するハーレムの主ってどうなんだ?」
「後宮の主人兼従僕?」
「わけが分からん」
そう言いながらも、オレは「フィナンシェ」のような菓子と、「アイスボックスクッキー」を出す。
まさに従僕の図である。
後宮の主人?
こんな女たちを相手にする男は相当、趣味が悪いと思うぞ。
オレには、制御できる気がしない。
「大体、三人しかいない後宮ってどうなんだよ?」
「おや、数は多い方が良い?」
「……そこじゃねえ。大体、一人でも手一杯なのに、それを越える人数なんて、オレには無理だ」
まあ、多少の憧れがないと言えば嘘になる。
複数の美女たちに囲まれて、酒池肉林のハーレム願望は男のロマンの一つだろう。
だが、現実的に考えれば、疲れる未来しか見えない。
こんな女ばかりが集う特殊な空間。絶対無理だな。少なくともオレは生きていける気がしなかった。
「一人だけで充分なの?」
「一人で十分だな、オレは」
「ほほう」
若宮の目が怪しく光る。
「……九十九、今のワカに餌を与えないで」
高田が、割ととんでもないことを言った。
「同感だね」
王子殿下の婚約者も苦笑しながら、そんなことを口にする。
オレが来る前の「乙女の秘密」内で、何かがあったのだろう。
高田がかなりの魔力を放出したことから、身の危険を感じるような事態があったことは間違いないのだが、三人そろって、隠したいらしいので、あえて触れないことにする。
見えている地雷を踏み抜く勇者にオレはなれない。
「餌……、つまり、このフィナンシェとアイスボックスクッキーをオレが回収すれば、良いのか?」
「そんなご無体な!」
フィナンシェもアイスボックスクッキーも高田の好きな菓子だ。
それを取り上げられるのは嫌なのだろう。
珍しく、彼女が一番に反応したから。
「……また武士になってるぞ。最近、武士化が進んでないか?」
なんとなく真央さんが突っ伏して笑う姿を思い出す。
彼女は、高田の奇妙な言動に慣れていないためか、笑いのツボにはまりやすいようだ。
「いや、笹さん。『ご無体な』って武士じゃなくて、町娘が使う言葉じゃないかな」
「……ケーナ、考えすぎ。『無体』は普通に使う言葉だからね」
この国の王女と王子の婚約者は本当に仲が良い。
割とどうでも良い会話でも長く続くことがその証だろう。
オレにとってはかなり迷惑になることも多いのが問題と言えば問題なのだが……。
「三人とも、そろそろ始まりそうな気配だよ」
一人、我関せず状態になっていた高田が、そう声をかける。
気付けば、彼女は自分でお茶の準備をして、とっとと飲み食いを始めていた。
普段の高田は、神経質なぐらい気を遣ってしまう面も多いが、仲間内ではこんな風に全く気を遣わない部分もある。
「おおっと。目的を忘れる所だった」
「いや、忘れるなよ」
「彼女たちとの会話が楽しすぎて! 最近、笹さんがなかなか高田を貸してくれないから、前みたいに気楽に話せないし」
「……オレのせいか?」
「言ってみただけ。気にしないで」
実際、若宮と高田は以前ほど一緒にいることがない。
今、高田はカルセオラリア城での被害者として、この城内にある大聖堂で保護されている状況にある。
だから、髪の毛も以前のようにカツラを被らず、自然体……、地毛での生活となっている。
前のように王女の友人としているわけではないのだ。
だから、若宮が下手に近付けば、勘付いてしまう人間もいるだろう。
その被害者が「聖女の卵」だと。
「ところで、その会合って……、どんな風に行われるの? ケーナ」
「中心国の偉い人たちが集まって……、学級会? ……みたいな?」
「いや、その表現はどうなの?」
王子の婚約者と若宮がそんな話をしているが、若宮の例は、ざっくばらんな表現ではあるが、そこまで外れてはいない。
議題の提起、そして、それに関しての問題点の話し合い。
……確かに、小学校の学級会のようである。
いや、学級会がそう言った協議の練習の場と言えなくもないのだが。
「九十九は、どんなことをするのか知っている?」
高田が緑色の水晶体に映し出された場面を見ながら尋ねてきたので、オレもそれを覗き込みながら、答える。
「前回の……、アリッサムのことについての協議内容なら……少し聞いている。情報国家が輸送国家クリサンセマムに王たちを召集し、その国と召喚国家グロリオサ、研究国家ヒューゲラ、治癒国家ピラカンサの中から中心国を選ぶって話だったはずだ」
オレたちが水尾さんを保護してから二週間ほど経った頃に開かれたと聞いている。
城下から脱出し、二週間ほどたった頃……。
オレたちがセントポーリア城下から脱出し、街道から外れてうろうろしていた頃に開かれたらしい。
「その中から、選ばれたのは、輸送国家クリサンセマムだっけ? 召喚、研究、治癒は駄目だったってこと?」
「召喚……と言っても、そこまで大きなものを召喚できるわけじゃない。複数人で使える術式は見事だと思うけどな。研究国家はまとまっていない。方向性がバラバラなんだ。治癒は、辞退した。他の国を従えるほどの度量はない……と」
ただ、個人的には治癒国家には頑張って欲しかった。
治癒魔法の使い手が多いだけではなく、薬草についても研究されていると聞いている。
「おや、笹さん、詳しいね」
「これぐらいは、王女殿下もご存じでしょう?」
少なくとも国家の情報ぐらいは王族の知識として知っているはずだ。
「あら、いけずなことを言う。でも、笹さんの情報源ってどこにあるのかしらね。特定の国に属しているように見えないのに」
「知らない方が良いと思うぞ」
「笹さんって結構、安全なのに危険な男?」
「安全ってなんだ? 安全って……」
危険と言われるのも嫌だが、安全と言われるのもどこか小馬鹿にされている感じがするのは気のせいか?
「いや、これだけ美女に囲まれて鼻の下も伸びないから」
「…………中身が、なあ……」
「良し、笹さん。その喧嘩買った!!」
「買うなよ」
「ケーナはそろそろ、さ……いや、ツクモで暇を潰そうとするのは止めた方が良いと思うのだけど。彼はケーナの従者じゃなくて、シオリの護衛なのに」
「いや、ある意味、ワカからわたしを守ってくれているから大丈夫だよ」
「……なるほど。それは間違っていない。彼は身を挺してシオリを守っているんだね、流石だよ」
オレに笑顔を向けながらそんなことを言う王子の婚約者。
この女も大概、良い性格していると思う。
「皮肉にしか聞こえませんが、オーディナーシャ様」
事実、皮肉を込めて言っているのだろうけど。
「……って言うか、さり気に三人とも私の扱い、酷すぎない!?」
「適切」
「適宜」
「適当」
若宮の抗議に対して、高田、王子の婚約者、オレが同時にそう言った。
しかし、選んだ言葉は違うのに、言っている意味がほとんど変わらない気がするのは気のせいか?
それぞれが、若宮からそれだけの扱いを受けているという証明になるのかもしれないが。
「そろそろ、見ようか?」
王子の婚約者の声で、一同はようやく席に着く。
いや、正しくはオレだけが高田の背後に立つ。
若宮も、王子の婚約者もそれを気にした様子はなかった。
ただ……、それに慣れているはずの高田だけが一瞬、ちらりとオレを見て、小さく息を吐いたことは分かる。
別に彼女たちを警戒しているわけではない。
問題は内よりも外にある。
同じものを見ていても、立っている方が視界は広くなる。
同じ視点よりも別の視点を持つ人間がいた方が良いだろう。
どうやら、そろそろ各国の国王たちが入室してくるらしい。
映し出されている緑色の水晶体は映し出されているが、まだ音が出ないから、通信珠は起動させていないのだろう。
オレたちは、固唾を呑んで、その様子を見守るのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




