乙女の秘密
「そう言えば、今回、笹さんはどうしたの?」
ワカが今更、そんなことを聞いてきた。
「朝一で、わたしを捕獲した人間の台詞とは思えませんね、王女殿下」
朝早すぎて、わたしは、半分、寝ていたのだ。
いつものように、部屋で寝ていたら、「緊急事態」と叩き起こされ、身繕いもそこそこに、会合が開かれる隣室へ連れ込まれた。
「でも、ちゃんと連絡は取ったのでしょう?」
城内に備え付けられている部屋の通信珠を使わせてもらって、九十九にも雄也先輩にも水尾先輩にも連絡はしてある。
「取ったよ。でも、ワカとオーディナーシャさまがいるなら大丈夫だろうって」
「笹さんにしては、珍しく信用してくれたものね」
正確には、二人揃った所に行きたくないと言われたが……、そこは黙っておくべき部分だろう。
それでも、彼にしては珍しいとは思うのは確かだ。
まあ、最近の九十九は忙しいみたいだから仕方ないね。
さて、ここは恭哉兄ちゃんが用意してくれた部屋である。
そこにわたしたち三人は緑色の結晶体を前に向かい合って座っていた。
いつか準神官の試験中に、コレで九十九の様子を見た覚えがある。
あの時の九十九の凄さは、魔法を使うようになった今だからこそよく分かる。
彼の魔法はいつもその場に合わせて使い分けられ、無駄があまりないのだ。
無駄撃ちの多いわたしは羨ましい。
それだけ、彼が努力してきた結果なのだろうけど。
彼の祖神が、「努力の神」って妙に納得してしまう。
小学生時代から習い事として色々なものを身に着けてきたと聞いていた。
今だって、剣を振るい続けているらしい。
それは立派な才能だろう。
でも……、わたしの祖神が「導きの女神」だというのは、あまり良い気はしない。
特に最近、まるで呪いのようにわたしに対して、「導く」という言葉が付きまとっている気がするのだ。
そして、自分が何をしても、何を言っても、「何かに導かれている」という考え方が捨てられなくなった。
確かに、背も胸も大きいあの女神さまの微笑みに憧れなくはないけれど、何も意識せずに、このまま先へ進んでしまうと、わたしがわたしではなくなってしまうような気がして、本当に嫌なのだ。
―――― わたしは最後まで、「高田栞」のままでいたい。
「聖女」と言う言葉が自分の周りで飛び交うようになってから、特にそれを意識するようになった。
それも、かなり強く。
「女神」とか、「聖女」とか、「勇者」とか、「王女」とか、そんな重い立場について、考えたくないのだ。
「シオリ、大丈夫?」
オーディナーシャさまが横から声を掛けてくれる。
「あらやだ、寝不足?」
ワカも心配そうな顔をしている。
「私の膝で寝るかい?」
ワカは何故か膝枕をすすめる。
「大神官さまに妬かれるのは嫌だな……」
「いや、妬かね~から、アイツ」
「口が悪いよ、王女殿下」
この場に大神官さまがいないせいだと思いたい。
彼は、この部屋にわたしたちを案内した後、再び、会合場所の方へ向かったのだ。
「ケーナの膝じゃ駄目なら、私の膝は?」
「オーディナーシャさまのお膝をお借りすると、グラナディーン王子殿下に妬かれるのも嫌です」
「その分、ちゃんとグラディも載せるから大丈夫だよ」
照れもせずに、さらりと笑顔で応えるオーディナーシャさま。
「オーディナーシャさまが羨ましいぐらいに余裕過ぎる」
「妹の前でも遠慮なくラブラブだからね、ナーシャの所は。高田、本当に羨ましいと思うのならば、笹さんともっと仲良くなさい」
ワカの言葉にわたしは少し考えて……。
「九十九の膝は硬そうだ……」
そう呟いた。
九十九の身体は、あちこち硬いことをもう知っている。
まだ彼の太ももには、触れたことはないけれど、あれだけ足腰を鍛えている人だ。
恐らく、かなり硬いだろう。
わたしを抱えたままでも、縦横無尽に動ける人だからね。
「あ~、男の腿は確かに硬いからね」
「……ケーナはともかく、た……、いや、シオリがその硬さを知っていることが少しばかり私には意外なのだけど」
「男女で身体の硬さが違うことぐらいは知っています。九十九から何度も荷物扱いされているし」
流石に絵の資料のために、当人から制止されるまで触りまくったことがあるとは言えない。
「ナーシャ、笹さんはムッツリだから」
「当事者がいないところで酷いことを言うね、ケーナ」
「いないところだから言えるのだよ、ナーシャ。最近の笹さんは少し揶揄いにくくなったからね」
「ワカ、九十九は、『むっつり助兵衛』なの?」
あまりそうは思わない。
単にわたしに興味がないだけだと思っている。
「真顔で聞くか、この女」
「シオリだからね」
「高田は、笹さんから迫られたことはない?」
「…………?」
九十九から、迫られる?
抱き締められたことは何度かある気がするけど……、あれはなんか違うような?
「本気で考えこんでる、この娘」
「それだけ思い当たるところがないのでしょう」
「笹さんの気持ちを考えると……、ちょっと気の毒すぎる」
「いやいや、ケーナが結論を急ぎ過ぎるんだよ。二人のペースってものがあるのに」
「もたもたしてると、横から掻っ攫われそうなのよ、この娘。しっかりしているようで、同時にどこかぼんやりもしているから」
「そうだとしても……、そこは二人の話じゃないの?」
「そうだけど! それでも……、私は高田も笹さんも好きなのよ」
「それなら、尚のこと、黙って見守ってあげたら?」
二人が何やらそんなことを言っているが……。
「九十九以外なら、迫られているな……」
「「は!? 」」
思いの外、大きくなってしまった独り言に、ワカとオーディナーシャさまが反応した。
「ちょっ!? 詳しく! 神官?」
ワカが食い気味に問い質そうとする。
そう言えば、神官は数に入れていなかった。
それを入れるともっと数が増えるけど……、「高田栞」ではなく、「聖女の卵」に向かって言われた言葉に、興味も価値もない。
「『嫁に来い』は、たまに言われるようになった」
「え? 笹さんからじゃなくて?」
「なんで九十九がわたしにそんなことを言うと思うの?」
それ以前に、彼が……、誰かに向かってそんなことを言う姿もあまり想像ができないのだけど。
「ああ、今の高田ならね……。独身で魔力が強くて、容姿は小柄だけど、悪くないし、健康的な女性だから。見る目のある男なら、捨て置かないだろうね」
「オーディナーシャさまに言われると、自信が付きます」
「女に言われて、自信つけてど~すんの!? それより、高田! それって、笹さん、知ってるの!?」
「知ってるも何も……、ほとんど九十九がいる所で言われているよ」
トルクスタン王子が最初に言った時もいたし、湊川くんにトルクスタン王子を勧められた時にもいた。
情報国家の国王陛下から「寵姫に」と言われた時もいたし、その息子の「正妃に」と言われた時にもいたね。
基本的に九十九はわたしの傍にいる。
つまり……、そんな現場に居合わせてしまうのも仕方ないのだ。
「それで、笹さんは何も行動しないって、不能か!? あの男!!」
「落ち着け、ケーナ。かなり凄いこと、言ってるからね」
「いや、不能ではないか……。……つまり、相当、彼は精神力が強い? いや、これは抑制心? 自制心?」
「落ち着けっ!!」
その時、わたしは物凄い音を聞いたと思う。
オーディナーシャさまが無数の何かを召喚して、それをワカが防御して、それに反応したわたしが風で吹っ飛ばすというある意味、昔の映画にありそうな図が繰り広げられた。
そのタイトルは「三大怪獣の大決戦」と、直後に騒ぎを察した駆け付けた九十九が名付けることになる。
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「結局、呼び出されたようなものだが……」
九十九は大きく溜息を吐いた。
「……というより、結界を結んだベオグラはともかく、あの騒ぎに気付く笹さんも凄いと思うのよ?」
「褒めてねえよな?」
「いや、今回は明らかに全力で褒めているのだけど?!」
恭哉兄ちゃんは、場を離れられないから通信珠を使ってワカに何か言っていたようだけど、今回は……発端はともかく、最初に暴発したのは……。
「私としたことがついカッとなってしまった……」
「いや、オーディナーシャさまじゃないと、あそこまで暴走したワカは止められないから仕方ないと思います」
少なくともわたしでは無理だった。
身分とか以前に、話を聞いてくれない状態だったから。
「ま、笹さんを呼び出せたから良いか。お茶菓子セット、一丁!」
「またこのパターンか。厨房、借りるぞ」
ワカの注文に、素直に従おうとして……。
「ところで、何の話をしていたら、大暴れすることになったんだ? 会合の方は、まだ、書記担当とか資料持ちとかが場に就いたばかりだったよな?」
そんな彼の当然の疑問に対して……。
「「「乙女の秘密だよ」」」
わたしたち三人は、顔は合わせず、声を揃えてそう答えたのだった。
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