【第42章― 世界会議大祭典 ―】真逆の生き方
この話から42章です。
「全く……、貴女方は……」
その日は、いきなり、恭哉兄ちゃんのこの言葉から始まった。
「会合の内容を隣室でこっそりと聞こうなど……、他国の国王陛下たちに見つかったらどうするおつもりですか?」
今の恭哉兄ちゃんは白い衣装……、つまりは、大神官モードだ。
何の表情もなく、淡々と事実だけを口にしていく。
「でも、せっかくの機会なのよ? 中心国全ての国王が揃い踏みなんて、滅多にないわ」
そう言いながら、ワカは食い下がる。
「……わたしは、お偉いさんたちの集まりに興味はないのだけど……」
どちらかと言うと、今日は大人しく部屋にいたかったのに、朝早くから「緊急事態」と、ワカに誘い出されたのだ。
「私も、ケーナに『面白いものがある』って呼び出されたのだけど……」
もう一人の被害者、グラナディーン王子殿下の婚約者であるオーディナーシャさまも似たような経緯で連れてこられたらしい。
「え~? 面白いっしょ?」
「いや、これは流石にダメだと、無知な私でも分かるよ、ケーナ」
「ナーシャって時々、真面目よね?」
「この首脳会議のために、大神官様とグラディがどれだけ頑張ってきたのか知っているからね。それを台無しにすることは賛成できない」
オーディナーシャさまはそう言って、肩を竦めた。
「別室にて、神官たちの試験で使う『映像受信機』と音声用に通信珠を用意しております。今回はそれで我慢してください」
「「「え? 」」」
大神官さまからの意外な言葉にわたしたち三人の声が重なる。
「情報国家の国王陛下からの申し出です。会合期間中に、好奇心が強い淑女たちの身に何かあっても困るだろう……と」
「それ、遠回しにストレリチアの警備はザルって言われていない?」
ワカが、見た目にも分かりやすく怪訝な顔をした。
いや、多分、あの国王の目的は別のところにある気がする。
わたしたちを同じところに集めた方が、あの人にとって都合が良いとか、恩を売っておきたいとか、その会合をわたしたちに見せたいとか……?
わたしに考え付くのはそんなところだけど、もっといろいろ企……、いや、考えているとは思う。
「まあ、わざわざ危険を冒さずとも、しっかり許可貰った上で会議の内容も分かるなら、それが一番なんじゃないの? ケーナ」
「え~、どうせなら、生で見たくない? 情報国家の国王陛下とか、剣術国家の国王陛下とか。若いのに有能って噂でしょ?」
ワカはどうしても諦めきれないらしい。
「いや、自分の倍も歳を重ねていらっしゃる方々に対して、『若い』という表現を使うのはどうかと」
「ナーシャだって年上好きでしょ?」
「確かに年上は好きだけど、自分の親世代のオジサマたちとなると、そこまでの興味は湧かないかな。10歳差ぐらいなら許容だけど、流石に20歳を超えるとね……」
「オーディナーシャさまは、10歳年上もおっけ~ですか?」
「おや? 高……、いや、シオリは無理?」
「そこまで年上とあまり接していないのでなんとも?」
わたしが接するのは、せいぜい、5歳年上の恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃんぐらいだ。
但し、長耳族であるリヒトは除く。
彼が入るなら、わたしはかなりの年上と接していることになってしまうからね。
「おや? 高田は50歳以上、歳上に恋愛対象として迫られたことがあるじゃない」
「ほう、それは凄い。なかなかモテるね、シオリ」
オーディナーシャさまは他人事だと思って、楽しそうに言う。
「それ、親世代じゃなくて祖父母世代だからね、ワカ」
「え~、良いじゃない? 老い先短い年代の金持ちと結婚した後、若いツバメを捕まえる余生って……」
「それを大神官様の前で言える神経が凄いよ、ケーナ」
それは確かにそう思う。
仮にも好きな人……だよね?
そして、それでも全く動じていない大神官も凄いと思うのですよ?
「え? ベオグラが高齢って話? 確か、もう23歳だっけ?」
「いや、ワカ……、大神官さまってまだ22歳じゃないっけ?」
わたしと5年5か月違いだったはずだから……、ギリギリ22歳のはず。
どちらにしてもまだ「高齢」ではない。
「大神官様が高齢なら、もっと先に生まれたグラディはどうなるの?」
「高齢の上? 兄さまは老齢……?」
ワカはさらに酷い言葉を口にする。
「大神官様、王女殿下への仕置きの許可を頂けますか?」
笑顔でオーディナーシャさまはそう言った。
その背後には黒いオーラが見える辺り、彼女なりに怒っているのだと思う。
「それならば、地下へお連れしましょうか」
あ、恭哉兄ちゃんも怒っている?
「ちょっと待って!? 地下ってどの部屋? 目的地名称を先にプリーズ!!」
「罪状は、黄罪でよろしいですか?」
「よりによって、その部屋か!? しかも、上から三番目!? そこは、せめて一番下の紫罪でしょ?」
「神の下では平等ですよ、王女殿下」
大神官はほとんど表情を変えず、ワカにそう言った。
「都合の良い時だけ、神官面するな!」
ワカは慌てているけど、明らかに恭哉兄ちゃんは楽しんでいるようだ。
仲が良くて羨ましい限りである。
でも、地下って、神官たちの禊の間や、魔法ぶっ放し放題の契約の間以外にもあるのかな?
カルセオラリアでは地下は契約の間と、王族たちしか入れないような部屋があったけど、ストレリチアにもそんな部屋がある……とか?
二年近くいたのに、まだまだ知らないことの方が多いね。
もしかしたら、城と大聖堂部分で違うのかもしれないけど。
「ところで、オーディナーシャさま。『黄罪』とか『紫罪』って何のことかご存じですか?」
多分、この国のお約束で、何かの言葉に「七色」が付いているのだと思うけれど……、わたしは、これまでに一度も聞いたことがない。
「あ~、恐らく、シオリには縁がないものだと思うよ?」
「へ?」
「私も詳しくは知らないけれど、城にも大聖堂にも『懲罰の間』みたいな領域があるんだって。その格付けみたいなもんかな?」
「ああ、無期懲役とか、罰金刑みたいなものですか?」
「……知らない方が良いと思うよ?」
にっこりと笑っているけれど、その表情は「これ以上突っ込むな」と言っている気がした。
だから、わたしは素直に退こう。
世の中、知らない方が幸せという言葉もあるのだ。
「ケーナ。恋人との戯れはその辺にしたら? 一緒にいたいのは分かるけど、大神官様も暇じゃないんだから」
「こ、この状況を『戯れ』などと甘い言葉によくできるもんだね、ナーシャ様?」
あ……。
ワカの言葉から、「恋人」の文字が抜けた。
「この流れはケーナの自業自得だからね。いや、この場合は因果応報の方が良いかな? それとも悪因悪果?」
「どんどん悪くなっていってる!? しかも、何故か仏教用語ばかりだし!?」
「仕方ないさ。私はケーナと違って、15年以上、神仏習合の世界で育っていたのだから」
あまりにも、自然にこの国で暮らしているから忘れがちだけど、このオーディナーシャさまはわたしの母と同じように、人間界で生まれ、人間界で育った人だ。
母と違って魔法は使えないけれど、その代わりに楓夜兄ちゃんのように精霊たちを使役できるのだ。
それも……、かなり上位精霊まで従えると言うから驚きである。
いや、わたしが一番驚いたのは、人間界での生活を捨てて、魔界で生きることを選んだことにある。
過去のわたしとは真逆なのだ。
それは、人間行きか魔界行きかと言う、単純な方向の違いではなく、過去のわたしは、最後まで母の手を離さなかった。
母の手だけは離せなかったのだ。
家も家族も捨てて、愛する人を選んだ彼女。
その強い生き方は、確かに憧れでもあるけれど……、同時に困惑もある。
全てを捨てるのは……、怖くないのだろうか?
でも、わたしがそう尋ねた時、彼女は「勿論、怖かったよ」と言いながらも、何故か笑顔だったのだ。
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