互いに気が済むまで
九十九は基本的に強い。
そして、向かってくる相手なら、相手が女性であってもしっかりと叩き伏せる性格なのは知っている。
そんな彼が、カルセオラリアでそこそこの地位があると思われる人間に対して、過剰な制裁を加えたなら、わたしは何らかの責任を負うことになるのではないだろうか?
「本当に俺の方が悪かったのだから、高田さんが気に病む必要はないのだけど……」
わたしの悩みが伝わったのか、湊川くんがそんなことを言った。
「それでも、どうしても気になる! 責任取りたい! と高田さんが言ってくれるなら、トルクスタン王子殿下とのこと、もう一度、考えてみてくれる?」
「それは無理」
「酷い。即答過ぎる。せめて、二、三秒くらい考えてよ」
「…………やっぱり、無理」
「さらに酷い」
そう言いながらも彼は破顔する。
わたしがトルクスタン王子殿下に応えることがないのも分かっているのだ。
それに……、わたし自身の問題として、トルクスタン王子殿下はわたしに「好意」はあっても、「乞う意」はないことを理解している。
わたしに対し、壊れるほどの愛情、いや、乞われるほどの愛情を持っていない相手なのだから、応えることは難しい。
贅沢を言っている自覚はあるが、どうせなら、わたし自身を求めてくれる相手の方が良い。
「カズトルマ。トルクスタンは既に振られたのだ。もう止めてやれ」
「ですが、陛下……」
でも、それは、王族の権利を振りかざされたら難しいことも分かっていた。
だから、わたしの意思を聞いた上で、カルセオラリア国王陛下が退いてくれるなら本当にありがたいと思う。
「剣術国家の王子が惑い、情報国家の国王が気に入るような少女だ。さらには大神官の庇護にもあると聞いている。トルクスタン程度では釣り合わぬな」
「は? セントポーリアのバ……、いや、セントポーリアの王子殿下が尻を追っかけていることは知っていたけど、高田さんって、そんなに凄い人だったの!?」
いや、この場合、凄いのは、そこのカルセオラリア国王陛下だと思うよ?
セントポーリアの王子殿下や大神官のことはともかく、情報国家の国王陛下と面識を持ったのは、たった二日前だからね。
そう考えると、情報国家の国王陛下だけではなく、どの国だって長い耳とよく見える目を持っていると考えた方が良いのか。
そして、湊川くん?
実は、セントポーリアの王子に対して、貴方があまり好意的ではない感情を持っていることは理解できたよ。
「わたしは凄くないよ。周りが凄いだけ」
セントポーリアの王子はともかく、情報国家の国王陛下は母の友人みたいだし、大神官については、あの人が世話焼きなだけだと思っている。
特に凄いことなど何もない。
「これは……、各勢力に対抗するために、トルクスタン王子殿下大改造計画を立ち上げるしかないね」
湊川くんが真面目な顔をして、とんでもないことを言い始めた。
「待って! その不穏な響きは何!?」
「トルクスタン王子殿下補完計画の方が良い?」
「言いたいことは分かるけど、今度はあらゆる方向から際どい言葉がきた!?」
揶揄われていることが分かっても、思わず、突っ込まずにはいられなかった。
「改造したところでどうにかなるものなのか?」
「我が国の技術をなめるなよ、護衛。確かに、人間を創ることはできなくても、肉体改造はできるんだぞ?」
「それなら、先にお前の体型をなんとかしろよ」
「……ふくよかな方が好きなんだよ、俺の婚約者」
「婚……?」
思わぬ湊川くんの言葉に九十九が言葉を失った。
わたしも思わず、彼を凝視してしまう。
「おお、少しばかり顔の良い男が好きで惚れっぽい点が問題だけどな。婚儀まではお互い、自由にする権利はあるから何も言えない」
「本当に婚約者のためにその体型なのか?」
「誰が好き好んで魅惑のふっくらボディになっていると思うんだ? 相手の方が、俺よりも身分が高いのだから、従うしかないだろ?」
言われてみれば、中学時代よりも彼はさらに丸くなっている気がする。
しかし……、そこまで想われている婚約者は少し羨ましく思えた。
「機械国家で婚約者って珍しいな。基本的に自由恋愛が多いだろ?」
「亡くなった母親の遺言で、亡くなった伯母の遺言で、生きている王の命令だからな。俺に断ることができると思うか?」
「すげ~、縛りだな」
「……だろ?」
確かにそこまで徹底されると断ることはできないだろう。
「でも……、王命?」
「我が娘の婚約者はそこまで嫌か? カズトルマ」
「いいえ。大変、光栄なことでございます」
慇懃無礼な返答をする湊川くん。
「カズトルマは、我が『片魂』であるエルンツェルの甥だ」
へんこん? 駄目だ!
漢字が出てこない!?
「変」とか「辺」とかしか浮かばない。
『「片魂」は魔界独特の言い回しで、魂の片割れって意味だな。分かりやすく言えば、自分の妻のことだ』
わたしが阿呆なことに頭を悩まされていることに気付いた九十九が、さり気なく小声で教えてくれた。
「つまり、メルリクアン王女殿下とは従兄妹ってことになるね」
湊川くんはさらりとそう言った。
先にそう言ってくれたら、無駄に混乱しなくてすんだのに。
しかし、王女殿下の婚約者だったのか。
しかも従兄妹。
それなら、これまでの彼の態度も分からなくもない。
先ほど、冗談のように「息子」と言っていたけれど、将来の「娘婿」なら、納得もできる。
でも、年齢的には釣り合うと思うけど、少しだけ意外な気がした。
「実は、彼女。そこの護衛くんのこともかなり気に入っていたよ。少し前は『ユーヤ』のことばかりだったのに」
おおう?
なんか妙な方向に風向きが変わったぞ?
「城がなくなって呆然としていた俺に、あの王女殿下はなんて言ったと思う?」
「さ、さあ?」
湊川くんにいきなり詰め寄られて、九十九にしては珍しく後ずさりをした。
「『甘い顔で優しい言葉を囁かれ、一人前の女性扱いされるのも良いですけど、王女ではなく一人の人間として見てくださる殿方も素敵ですよね? 』だよ? 俺が婚約者なのに? 酷くねえ?」
あ~、惚れっぽいってそういうこと?
確かに婚約者に向かって言うことではない気がするけど……。
多分、それって恋愛とかではなく、「憧れ」とかそういった方向性のものなのではないのかな?
そして、彼が九十九に向ける言葉に、少しだけ何か別の物が交じっている気がしていたのも、わたしの気のせいではなかったことになるだろう。
「こうなれば、護衛くんに八つ当たりをさせてもらうしかないわけだよ」
「いや、八つ当たりって分かってるなら、やめてくれよ」
九十九が尤もなことを言うが、一度、火が付いたものはなかなか消えるものではないようだ。
「とりあえず、キミが破壊してくれた俺の部屋の弁済をしてもらおうか」
「いや、止めを刺したのは第一王子殿下だろ? 俺も流石に天井落としまでは、やってねえぞ?」
「その前に、機械を含めて使えない状態にしたのは、護衛くんの行動だった。あれがなければ、高田さんの作品も、もう少しだけ刷れたんだよ。結局、試し刷り分しか渡せなかったじゃないか」
「……じゃあ、お前の婚約者の治癒したことで、相殺して良いか?」
「あ~、そう言えば彼女の足に触れたんだったな。俺もまだ触れたことはないのに。上乗せて良いか?」
なんとも不毛な議論である。
まあ、互いに気のすむまでやると良いだろう。
「シオリ殿……」
そんな二人の言い合う横で、カルセオラリア国王はわたしに声をかけてきた。
「はい」
「愚息だけでなく、カズトルマのことも、許してやってくれるか?」
「許すも何も……、彼は命令されただけです。それに……、彼には夢を叶えてくれたという恩もあります」
「夢?」
「はい」
わたしは、胸に抱いている最初の一歩を大事に抱き締める。
忘れかけていた夢を思い出させたのは九十九だった。
彼の言葉で、わたしは再び、絵を描き始めたのだ。
でも、諦めていた夢を形にしてくれたのは、湊川くんだ。
自分の漫画を本に……。
そんな夢のようなことが、できるわけないとずっと思っていたのに。
「だから、これまでの全て許せる気がします」
わたしはきっぱりと言い切ったのだった。
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