もう限界だった
肩を落としている俯いたままのカルセオラリア国王陛下の話を聞いて、わたしは、あることを結論付けた。
結局のところ、王族という存在に、まともな人間性を期待してはならない……と。
この世界の王族って、妙に王位継承ってものに拘り過ぎている気がする。
いや、確かにそれが大事なのは分かるのだけど、跡継ぎを除いた子たちの扱いが割と適当な気がするのだ。
具体的には長子を大切に育て、次子以降は生活の保障をした状態で野放し……というか、放置に近い。
それは、長子以外の子供たちは、10歳から15歳までの5年間に他国で生活しなければならないという具体的な理由もよく分からないような決まりからも察することができる気がする。
そう考えると、長子が25歳になるまで、誰が継ぐか確定しないストレリチアはマシな方だろうか?
いや、そのやり方もいろいろと問題があったから困ったんだっけ。
今は、項垂れて動かなくなってしまったカルセオラリア国王陛下をそっとしておこう。
「湊川くんは、自分の意見はともかく、ウィルクス王子殿下のしていたことを知っていたというのに間違いはないよね?」
近くにいる湊川くんの方に話題を振ってみる。
「あ……、うん」
「つまり、ウィルクス王子殿下が『人造人間』の誕生に固執していたってことも知っているってことで良い?」
「……うん。あの実験では、俺も手伝ったからね」
雄也先輩の話では、少なくとも、医療や魔術に関して、一定以上の人間界の知識がなければできないことだったと言っていた。
ウィルクス王子殿下の協力者は真央先輩だけではなかったことは分かっている。
そして、真央先輩は彼に血液やその他のモノを提供したらしいけど、肝心の技術については何も知らなかったのだ。
だから、別のお手伝いさんがいたとは思っていたけれど……、それが彼だっということだろう。
わたしよりもずっと大柄な彼が、何故か小さく見える。
「生命の誕生を願った人たちが、なんで、今ある生命を大事にしないの?」
わたしはそこも納得できなかった。
特にウィルクス王子殿下は自殺したという。
新たな生命を誕生させようと、明後日の方向とは言え、ずっと努力してきた人が、今あるその生命を消すっておかしいと思ってしまったのだ。
「生命を大事にしたからこそ……だよ」
湊川くんはポツリと呟いた。
「ウィルクス王子殿下も……、もう限界だったんだ」
「限界?」
どういうことだろう?
「高田さんは誤解しているかもしれないけれど、あの方も好き好んで、神の領域に手を伸ばそうとしたわけではないんだ。本当は何度も止めたがっていた。だけど……、やめることができなくなっていったんだ」
「なんで、やめさせなかったの?」
本当にやめたいと思っていたなら、本人が止まれないなら、周りが止めれば良かったのではないだろうか?
「王族は……、子孫を残すことを責務とされている」
わたしの疑問には、湊川くんではなく、カルセオラリア国王陛下が俯いたまま答えた。
「古よりの盟約だ。特にカルセオラリアは他の中心国より魔力が弱い。そのためにできる限り、多くの血を残すことを求められる」
めいやく……、盟約かな?
つまり、誰かとの約束事ってこと?
それも、古からってことは、その相手は神さまとかそんな次元の人たちかもしれない。
「先ほど言ったように、周囲が納得しなくても、トルクスタン王子殿下やメルリクアン王女殿下の子供を推すことはできなかったのですか?」
流石にアレらが本当の理由だとしたら、周囲ではなく、わたしが納得できない。
「誰にも子がいない現状で、同じ胎から生まれた者たちに同じ症状がないとは限らぬ。さらに、先の理由に加え、トルクスタンは技術の発展に興味がなく、メルリクアンはいずれ外に出る者だ。そう言った意味でも、周囲に現状の公表は難しかった」
流石に、あんなギャグみたいな理由ばかりではなかったようだ。
そして、こちらの方が、まだ理解もできる。
そして、医学が発展していない魔界では、不妊症に対して無知だから、真っ先に遺伝を疑うことは仕方ないのかもしれない。
「それに……、跡継ぎが始めから子供ができない身体って、あまり周知できないしね。それを知った経緯も褒められた手段ではなかったし。何より、不妊症だって始めから分かっているなら、健康な人間を王位に就かせたいだろ?」
「ウィルクス王子殿下の症状を公表しなければよいことでは? 子供って、授かり物だから、できなければ仕方ないでしょう?」
前にも思ったけれど、誤魔化す方法なんていくらでもある気がする。
医者もいないこの世界なのだから、不妊について、本当の理由だって、調べる方法もないのだ。
「知らないならともかく、あの方も自分が原因って分かっているんだ。何も知らなかった頃に戻れると思う?」
「戻ることはできなくても、周囲を騙すふてぶてしさはありそうだったよ?」
少なくとも、わたしに対する態度を見ていたら、そんな印象はあった。
そんな人だったから、自殺と結びつかなかったのだけど……。
「周囲は騙せても、自分を……、マオリア様を騙すことはできない人だったんだよ。まあ、男として、惚れた女に子供を抱かせられないのも嫌だったらしいけど」
やっぱり……、ウィルクス王子は真央先輩のこと、好きだったのか。
「子供だけが……愛ってわけではないのに……」
人間界だって、子供のいない夫婦っていくらでもいた。
魔界はそうじゃないのかな?
「一般的な夫婦ならそれでも良かった。だけど……、王位継承者だからね。子供ができなければ、何も知らない周囲から、次の女性をあてがわれることだろう」
「側室……ってこと?」
「そう。それがあの方も嫌だった。理由は自分にあるとわかっているのに、マオリア様のせいにされるんだよ? それは俺が同じ立場になっても嫌だな」
確か……、雄也先輩がこんなことを言っていた。
魔界では子供ができない理由を、男性ではなく、産む女性のせいにするって。
実際には半々ぐらいの確率のはずなのに。
「あの方は、自分の子供ができないのは男としても不安だと言っていたよ。若いうちはよくても、いつまで相手が自分の傍にいてくれるか分からないんだ。確実に互いを繋ぎ止めてくれる物がないから」
うぬう……。
話を聞けば聞くほど、真央先輩がどれだけ愛されていたのかが、分かる気がする。
わたしの印象は最悪だったのに、後から継ぎ足される話が、かなり、同情を引くものばかりと言う点が救えない。
ふと、真央先輩を助けようとするために重傷の身で動いたあの人を思い出す。
あの姿を見て、あの人の想いを疑うことなどできるはずもなかった。
「それに……、そんな状態で、万一、マオリア様に子供ができても困るしね」
「へ? 子供ができたら、万々歳じゃないの?」
子供が生まれないことが悩みなのに、困るとは一体?
「……ウィルクス王子殿下は無精子症なんだよ? それなのに、マオリア様に子供ができたとしたら……、一番に考えられるのはなんだと思う?」
少し不服そうに湊川くんはそう言った。
ああ、なるほど。それは確かに困るし、別の問題が発生する。
「浮気……、か」
真央先輩がそんな人だとは思っているわけではないが、ウィルクス王子殿下はそれを心配してしまったってことか。
「好きな相手に子供を抱かせることができないのも、他の男に寝取られることも許せなかったんだよ」
分からなくもないが、同時に……すごく勝手だとも思ってしまう。
結局、真央先輩の幸せについて考えてないのだから。
だけど、自分が同じ立場になった時、どうすれば正解なのかもわたしには分からなかった。
「そう言った意味でも、あの方はもう、限界だったんだ。自分の想い人を疑ってしまう自分も嫌だった。だけど、それでも手放すことなんてできなかった。今回の話は結局……」
湊川くんは少しだけ目線を下に向けてこう言った。
「身勝手な男の我が儘から起こった出来事だったんだ」
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