相手に合わせて
カルセオラリア国王陛下より、招待された部屋は、先ほどの部屋よりは狭かったのだが、大聖堂でオレたちが使用している部屋や、以前、若宮が準備してくれた部屋よりも広かった。
これが、ストレリチアの他国の王族に対する配慮なのだろう。
中央に机があり、周囲の壁には書棚もあったが、その中に入っているのは実用書に見えないため、執務を行うための部屋ではないようだ。
まあ、他国に来てまで執務を行おうとする国王はそう多くないと思いたい。
そんな仕事人間な王様がいたとしたら、それは仕事中毒と呼ばれる症例が出ているので、是非とも、早めに休養を取っていただきたいと思う。
そんな人間に一人だけ心当たりがあるから。
さらに、この部屋から給仕用の簡易厨房へ繋がる入り口が見えるので、ここは応接として使用するための部屋なのだろう。
オレは、高田から左手を離し、先に待っていたカルセオラリア国王陛下の許しを得た上で、この部屋の結界を強化させてもらった。
この部屋の結界は、カルセオラリア王族仕様となっているため、他国の貴族が魔力を暴走させた時には、耐えられない可能性ある。
そして、この場にいるのほほんとした顔の少女は、虫も殺さぬような顔をしているのに、貴族よりも油断がならないのだ。
尤も、彼女は虫を殺すことに対して、抵抗もない人間なので、見た目で判断してはいけないのだが。
準備を整えた後、カルセオラリア国王陛下と高田は対面で座り、オレと従者の男がそれぞれ、主の背後に立つ。
カルセオラリア国王陛下からは、オレも座るように促されたが、それは従者という立場上、丁重に断らせていただいた。
もし、何か起これば、座っているよりは、立っていた方が、身動きもとりやすいし、周囲もよく見えるのだ。
そして、茶菓子の提供なども当然ながら断った。
今更、こいつらからの毒物混入などを警戒しているわけではない。
単純に、自分で準備した方が美味いのだ。
カルセオラリアという国は、飲食という行動に関して、手を抜きがちな国だからな。
オレと高田が毒見をして見せた後で、カルセオラリア国王陛下にも同じものを差し出す。
正直、高田に「毒見」という行為をさせることはあまり良い気分ではないのだが、立場や状況的に仕方ないことだろう。
……いや、当人は進んで毒見をしていた。
あんなに嬉しそうに毒見をする主人というのは、どうなのだろうか? と思わなくもないが、それだけオレの淹れた茶が、彼女から信頼を得ていると納得するしかない。
「ほう……、これは……」
お茶を飲んだカルセオラリア国王陛下が、思わず感嘆の息を漏らした。
そして、茶菓子の方も少しずつ食べ始める。
それを見て、オレは、心の底でガッツポーズをとった。
本日のお茶は、ちょっと渋みのあるカルセオラリア産の紅茶と、コーヒーのような独特の苦みがある生地に「酒漬けの果実」を混ぜ込んで焼いた「果実入り焼き菓子」のような菓子。
それを切り分けた物を一緒に出している。
この茶菓子については、オレにしては珍しく、かなり甘さが控えめであった。
カルセオラリア城でトルクスタン王子と共に薬品調合をしていた頃、何の雑談からだったかは思い出せないが、カルセオラリア国王陛下は甘味が苦手だと聞いていたためだ。
そのトルクスタン王子自身は甘党だが、当人が調合した薬品は苦みが強い物が多く、それでも仕方なく飲んでいるそうだ。
因みにオレが甘い菓子を多く作るのは……、周囲の影響だろう。
オレ自身はどんな菓子でも美味ければ良い。
高田は甘いものも好きだが、基本的には何でも平気であり、作り手としては大変ありがたい存在である。
しかし、彼女は何でも「美味しい」と言ってくれるが、具体的な感想となると少し大雑把なので、あまり参考にはならない。
国語が得意だと言っていたが、料理の感想については何故かその語彙力が消失してしまうらしい。
水尾さんは、苦い物と辛い物がやや苦手なようだが、甘味が大好物で、飲み物のように食べる。
あれはあれで、王女としてはどうなのか? と思う。
それでも、出された食事は残さず食べ、高田と同じように何でも「美味い」と言ってくれるが、味にはかなりの拘りがあるようで、好みの味とそれ以外ではかなり感想の表現が変わるので、分かりやすい。
さて、その甘いものが苦手なカルセオラリア国王陛下が、普通に出された茶菓子を食べている姿を見て、その背後にいた従者が目を丸くした。
自国の国王が甘味を苦手としていることを知っているのはともかく、それを顔に出しては駄目だろう?
「陛下が、そのように甘い物を召し上がることは珍しいですね」
「お前も食べてみるか?」
そう言いながらカルセオラリア国王陛下は、オレに対して目線で一皿追加を要望した。
オレは一礼して、新たに焼き菓子を切り分けてのせ、皿を差し出す。
国王は満足そうにその皿を受け取り、後ろにいる従者へ手渡した。
「はい、ありがたく頂きます」
従者は、国王より下げ渡されたものを受け取り、口へ運ぶと……、なんとも不思議そうな顔をした。
「……苦い」
遠慮なく感想を口にする。
「美味かろう?」
悪戯が成功した時のような顔をするカルセオラリア国王陛下。
「……この味が、陛下の好みなのは分かりました。ですが……、自分はもっと甘い方が好きです」
従者はそう言いながら、銀食器を皿に戻した。
どうやら、お口に合わなかったらしい。
甘い物ばかり食べているから、そんなやや弾力がありそうな体型になるのだろうなと言いたくなってしまう。
思い起こせば、この男と高田が漫画を一緒に漫画を描いていた時に、ついでに菓子をくれてやったが、妙に甘い物ばかり希望されていた覚えがある。
こいつも甘党と言うことか。
対して、高田は絵や漫画を描いている時にほとんど飲食しなかった。
なんでも、白い紙を自分の不注意で汚したくなかったらしい。
「高田さんは平気? 女の子はこんな苦い物よりももっと甘い物の方が良いでしょ?」
確かに既に毒見は終わっているのだから、カルセオラリア国王陛下の好みに合わせた菓子を無理に食べる必要はない。
高田には甘い菓子やそれに合う茶を出しても良かったのだが……、彼女は特にそれを希望しなかった。
それにしても、この男。
現状では、国王の従者だと言うのに、その客人である高田に対して普通に声をかけてきた。
確かに以前から彼女と面識があったとはいっても、国王の御前でこの態度というのは少し不思議に思う。
そのことから、誰かの背後に控えることはあまり慣れていない貴族以上の人間だろうなと思った。
確か、カルセオラリア城でトルクスタン王子の後ろにいた時もそんな感じだった気がする。
それでも、国王の後ろに置く程度には信用されているし、先ほどから聞く限り、国王からの言葉や態度にも、ある程度、身内感覚に近しいとは思う。
この男の立ち位置がまだ分からない。
「確かに甘い物も好きだけど……、彼が作るお菓子は苦くても美味しいから大丈夫だよ」
高田はオレの前で、嬉しそうにそう言った。
背中越しだったため、彼女の今の表情は分からないけれど、目の前の二人の顔を見れば、彼女が臆面もなく自分の従者の腕を笑顔で褒めちぎったことは間違いないだろう。
「甘い物は好きだけど、そこまで露骨な甘い惚気は、胸焼けを起こすなぁ」
従者は胸を押さえながらそう言った。
今の言葉のどの辺りに「惚気」と呼ばれる要素があったかは分からない。
先ほどの言葉が「惚気」となるのなら、水尾さんのオレの菓子に対する褒め言葉は、「殺し文句」でしかなくなるだろう。
それでも……、自分の作った料理を「美味い」と褒められて、喜ばない人間などいないと思うのだけど。
ルビの表記の違いは、人間界の言語と、魔界の言葉の違いだと思ってください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




