驚きの静かさ
いよいよ明日である。
中心国の王たちが集う会合。
つまりは、中心国首脳会議。
既に中心国の王たちはこの城に集まっているそうだ。
一番乗りは、あの情報国家の国王だったらしいが、それ以外の国王たちも、外交補佐や事務官などを連れてそれぞれ城内にいると聞いている。
流石に、わたしもこんな状況で、歩き回るような迂闊なことはしない。
ワカもそのようで、情報国家の国王が来た日から、その姿を見ていなかった。
まあ、わたしが借りている部屋が、前と違って、城ではなく大聖堂の一室ということもあるのだろうけど。
情報国家の国王と出会った日だって、まさか、あんな所にいるとは思わなかったことが一番の原因だった。
だからと言って、自分の行動が軽率だったことは否定しない。
来ている可能性はあったのだからもう少し考えるべきだったのに。
でも、まさか、王族や貴族たちが使う城内の「転移門」を使わずに、神官たちが使う大聖堂内の「聖運門」を使ってくるなんて思わないよね?
そして、城を震わせるほどの「転移門」と違って、「聖運門」が、驚きの静かさだってことはよく分かったけど。
カルセオラリアからは、トルクスタン王子が名代に立つかと思っていたのだけど、回復した国王陛下が来たらしい。
その替わりにトルクスタン王子は国へ戻って、メルリクアン王女殿下と復興作業中だとか。
わたしは、その酷い状況を見ていないので、何とも言えないところなのだけど、九十九の話では、かなりひどい状態だったらしい。
死人は出ていないけど、九十九がここに来る前には行方不明者もいたらしく……、その中にはわたしの知り合いもいる。
正直、かなり複雑だ。
わたしが軽はずみに彼の誘いに乗って……、その結果、起きてしまった悲劇。
あの日、リヒトからも忠告を受けていたのに……。
もう少し、考えて動けば、もっと違った結果になっただろう。
九十九は、わたしのことを「悪くない」って言ってくれたけど、それでも……、やっぱり胸の中にしこりは残っているのだ。
そして、何度も思う。
「どうして、こうなった? 」って。
せめて、あの人から、もっと話を聞けていれば、何かが変わったかもしれないって思ってしまうのだ。
わたしが何かしたところで、何も変わらなかったかもしれないし、もっと状況が悪くなっていた可能性だって勿論ある。
だが、どうしても終わりのない自問自答を今も繰り返してしまう。
「それに……」
わたしが初めて作った本。
いや、作ろうとした本のことも気にかかった。
人間界にいた頃に、漫画を描いたことは何度かあったけれど、一つの作品として完成させたことは、生まれて初めてだったのだ。
そして、もう一度、同じように描こうとしても、全く同じものにはならないだろう。
そう考えると、せめて、原稿だけはなんとかしたかったなと思う。
九十九も……、そこまでの気を回すことはできなかったと謝ってくれたけど、この場合、本当に彼は悪くない。
悪いのは、自分の作品に最後まで責任を持つことができなかった作者なのだ。
だけど、あんな状況で、そんなことまで考えられるような余裕はなかった。
「いのちだいじに」、「安全第一」なのは人間として当然のことだろう。
こうなると、やはり、物質召喚ぐらいはなんとかしたいと思う。
それさえあれば、なんとかできたのだから。
いや、それでも、そんな心の余裕はないか。
通信珠のことすら、頭にあったか怪しい状態だったからね、あの時のわたしは。
―― コンコンコン
規則正しい音が、部屋の入り口から聞こえてきた。
ノックの音って、個性が出るよね。
今の、叩き方は恭哉兄ちゃんだろう。
九十九はもう少し大きい音だし、水尾先輩は性格の激しさの割に、優しい音がする。
ワカは……、時々、ノックをすっとばす。
アレは王女として如何なものだろうか?
「はい」
わたしは、扉を開けると……、そこには予想通り恭哉兄ちゃんがいた。
白い衣装に身を包んでいる辺り、現在、お仕事中のようだ。
「今、お時間は大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫です」
普通に考えても、神官の頂点に立つ大神官という地位にいる人間が、ただの信者がいる部屋へ、自ら足を運ぶなんて普通はおかしいと思われるかもしれない。
だが、ここは大聖堂。
そこにいるのは救いを求める人間ばかりで、人払いも含めて、全て、大神官である恭哉兄ちゃんの意のままになる。
雄也先輩も、慌てて運び込まれた控えの間から、落ち着いて目立たない静かな部屋へと移動させてくれた。
恭哉兄ちゃんが悪い方向へ権力の乱用をする人ではなくて良かった……、と思う。
「貴女に面会を求めている方がいます」
「……わたしに? 情報国家の国王陛下以外ですか?」
情報国家の国王が相手なら、恭哉兄ちゃんは先にそう言ってくれるだろう。
「はい。情報国家の国王陛下ではありません。あの方も今は、準備を整えているようですから」
確かに、明日が会合だと言うのに、のんびりと過ごしている関係者はいないだろう。
ワカも、この国の王族として、いろいろと忙しいらしく、ほとんど話すことができない状況にあった。
彼女自身は当然、参加するわけでもないが、招集国として目に見えない部分こそ気合を入れなければいけないそうだ。
大変だと思う。
「それは……、『聖女の卵』として……?」
ここは法力国家ストレリチアだ。
神官たちによる「聖女の卵」熱は、以前より少し落ち着いてはいるようだが、それでも、未だにその存在を訝しむ者や、正体を突き止めようとする人だっているとワカからは聞いている。
だが、そのほとんどは、大神官である恭哉兄ちゃんによって阻まれており、直接会うことが許されているのは、この国の王子殿下と王女殿下。
そして……、城下の肖像画家ぐらいだった。
「いいえ。恐らく、あの方はそのことをご存じない様子でした」
なるほど……、「聖女の卵」に関する話でもないらしい。
でも、この国の関係者なら、わたしに用があれば、わざわざ大神官を通さない。
直接、訪ねてくるだろう。
それ以外にここに来ないような方……、グラナディーン王子殿下なら恭哉兄ちゃんではなく、動きやすい婚約者を使うと思う。
だから、恭哉兄ちゃんを使いそうなのは、情報国家の国王陛下ぐらいだと思ったけど……。
「誰かを先に伺っても大丈夫でしょうか?」
どうしても心当たりがない。
そもそも、「聖女の卵」という名が独り歩きしているけど、わたし自身はそんなに有名ではないのだ。
「申し訳ありませんが、その方はお名前を名乗ってくださらないのです。ですが、カルセオラリアの『お絵描き同盟』と言えば、貴女には伝わると伺いました」
恭哉兄ちゃんは、なんとも歯切れの悪い言葉を口にしたが、わたしには、それだけで伝わった。
大神官を伝言役とするのは、なかなかの度胸ではあるが、この国にツテがなければそれも仕方ないことだろう。
「当然ながら、断ることもできますが、どうしますか?」
「いいえ。会います」
それを口にする人は、一人しかいない。
「お一人で?」
「いえ、流石にその人をそこまで信用はしていないので、九十九を呼びます」
わたしはそう言いながら、通信珠を取り出す。
「九十九さんと言えば……。」
「え?」
「いえ……、ここに来てからいろいろあったためか、かなりお疲れのようですね」
ああ、恭哉兄ちゃんには分かるのか。
九十九は隠しているけど、本当に最近、様子がおかしいのだ。
彼から感じる体内魔気も少し、不安定だし。
でも、それを当人に直接、確認しようとすれば、困ったような笑顔で誤魔化される。
「なんで、殿方って無理をしてしまうのだろうね」
わたしは思わず、大神官ではなく、恭哉兄ちゃんに零してしまった。
一瞬、恭哉兄ちゃんは何とも言えない顔をした後……。
「女性も十分、無理されるでしょう? 同じことですよ」
万人に公平な言葉をわたしに向けたのだった。
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