同族嫌悪の逆
出来の悪い悪夢を見せられている気分だった。
いや、本当に悪夢なら、目覚めるだけで良い。
それだけで解放されるのだ。
だが残念ながら、これは、現実だった。
『ユーヤ、この場合……、誰も、悪くない』
褐色肌の少年がそう自分に言う。
彼は、心が読める。
だから、自分の苦悩もその理由を含めて伝わっているはずだ。
「それは分かっている」
それでも、身体を自由に動かせるようなら、人目もはばからずに頭を抱えたくもなった。
今の状態になってから、自身の心に余裕が全くなくなっているのは分かっている。
長くて、半年。
少なくとも、数カ月は身動きができない状況に置かれているのだ。
そんな現状では、少しの希望を見出すことができない。
あの弟が、強制的に連れ去られそうになるほど情報国家の王子に気に入られてしまった。
それだけでも頭が痛かったのに、さらに情報国家の国王が、自分の主に目を付けたと報告があった。
しかも、その上、また弟はその国王にも気に入られたという。
どこをどうすればそんな展開になってしまうのか?
『恐らくはユーヤも気に入られるぞ。情報国家の王は、情報に貪欲のようだ。加えて、お前のように、知識欲を持った人間を好む傾向にある』
「冗談でもやめてくれ」
褐色肌の少年は、真面目な顔してそう言うが、自分の立場からすれば、それこそ悪い夢でしかない。
『ユーヤは、情報国家の王と同族のようだからな』
「同族などと言うな」
俺は情報国家のような人間ではない。
『同族嫌悪……の逆は何と言うのだ?』
先ほどの発言に深い意味はなかったようで、褐色肌の少年は、自分の語彙を少しでも増やそうと、自分の中にあった四字熟語から、その対義語を確認する。
「『同気相求』、もしくは『同類相求』……か?」
類は友を呼ぶ……も考えたが、こちらは少し種類が違う気がする。
「ところで、その当人たちは、どうしている?」
『情報国家の国王陛下は随分、ご機嫌だな。この国に来た直後は、大神官とグラナディーン王子殿下を揶揄うつもりだったようだが、明らかに興味の対象は推移した』
「そっちじゃない」
思いがけず、さらに余計な情報が追加された気もする。
『シオリとツクモならば……、こちらに向かっているぞ。お前の知恵を必要としているようだ』
「半病人を頼る気か」
俺は大きな溜息を吐く。
それすらも、今のこの身体は許してくれないのか、胸部の骨が軋んだ気がした。
『余計な情報ついでだ。情報国家の王は、気付いている……』
「どこまで……?」
『ある程度……だな。全てではない。少なくとも、シオリの出自は元々、情報として知っていたようだし、それが当人に会って繋がっただけだ。シオリは……、母親に似ているのか?』
「似ている。なるほど、母親を調べていたのか……」
考えてみれば、それはおかしな話でもない。
あの時、セントポーリア国王陛下に向かって言った言葉を思い起こせば、その節はあったのだ。
『いや、調べると言うよりも……』
褐色肌の少年は何かを言いかけた時……、部屋の扉を叩く音がした。
どうやら、時間切れのようだ。
「兄貴、生きてるか?」
返事も待たずに、乱暴に扉が開け放たれた。
「残念ながら壮健だ」
「そのザマで、それだけ強がり言えるんだから大したものだよな」
銀髪に青い目というどこか、珍妙な姿を見せた弟は、それでも変わりなくいつものように軽口を叩く。
こいつも図体だけはでかくなったが、中身についてはまだまだ成長が足りない。
「ごめんなさい、雄也先輩。まだ万全ではないのに」
『気にするな、シオリ。ユーヤは少しぐらい考え事をしているぐらいがちょうど良い』
それは同意だが、何故、お前が返答する?
そして、かなり、彼女に対しての好意を隠さなくなったな。
俺がそう思うと、褐色肌の少年は、意味深な視線をこちらに向けた。
「兄貴、相談がある」
「情報国家の国王……、か。話には聞いてる」
「もう!? ……ああ、リヒトか。便利だな」
当人から既に話は伝わっているので、話が早くて良い。
『情報国家の国王陛下の声はかなり強かったからな。シオリがカルセオラリアでのツクモのように酷いことをされなくて良かった』
「ああ、情報国家の王子殿下から拉致されかけた……だっけ? 九十九は何をしたの?」
「何もしてねえ!!」
『単にその場で一番目立っていて、面白そうな情報を隠し持っていそうな、カルセオラリアの人間ではない者だったから……だろう』
その場面を俺は見ていないが、近くにいたこの少年は、一部始終どころか、関係者の心境まで把握している。
先ほどの言葉も、多少、濁してはいても、そこまで大外れではないのだろう。
「高田が思いっきり気に入られた」
「思いっきりか……」
その言葉に別の私心も含まれているかと思ったが……、そうでもないようだ。
「雄也先輩、ちょっと確認したいのですが……」
そう言いながら、黒髪の少女が俺を見た。
「母は、あの情報国家の国王陛下と友人関係にありましたか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
すぐ傍で、弟も目を丸くしている。
だが……、そう言われれば、思い当たることはないわけでもない。
別の要因だと思っていたことも、もし、本当に友人だとすれば、いろいろと納得できてしまうことも多いのだ。
「直接、そう聞いたことはないよ。でも……、情報国家の国王陛下がそう言ったなら……、そうなのかもしれない」
それは俺も知らない時代の話だろう。
セントポーリア国王陛下が、何故か、あの情報国家の国王に気に入られていることも、それが理由の一つだったのだろうか?
「雄也先輩でも知らないようなこと……なのか……」
彼女は大きな息を吐いた。
「お役に立てず、申し訳ない」
そこで、そんなつながりがあるとは思いもしなかった。
知っていればもう少し……。
いや、どちらにしても、情報国家についてはあまり深入りしたくない。
大したことがないように見える情報が、釣り餌の一つになっている可能性も否定できないのだ。
「いえ……、わたしが自分の母について、何も知らないことがいけないのです。まさか情報国家の国王陛下だけでなく、楓夜兄ちゃんやリュレイアさま、大神官さままで母のことを知っているなんて、思いもしなかったので……」
ちょっと、待って欲しい。
それは、俺も知らない。
「高田……、それは本当か?」
慌てたように弟が確認する。
「母から直接、聞いたことはないけど、それぞれの口から聞いたよ。でも、リュレイアさまは確か、3歳の時……、楓夜兄ちゃんも同時期だから一つ下のはず。大神官さまは6歳……って、先ほど言っていた気がする」
「……オレたちが会う前……。クレスノダール王子殿下や占術師については、生まれる前か。それなら、知らなくても当然だな……」
俺の心を代弁するかのような弟の言葉。
だが、それを「当然」と言い切ってしまってはいけない。
それでも、そんな大事なことを知らないのは問題だろう。
自分が仕えるべき主人が、「高名な占術師」、「隣国の第二王子」、「大神官」、そして「情報国家の国王」と面識があったことは、重要な意味を持つのだ。
「母から離れて、そんなことを知るなんて……、わたしは母のこと、知っているようで知らなかったのだね」
それは無理もない。
彼女たちは10年という長い間、魔界に関する記憶を封印していたのだ。
だから、この少女には何の咎もないのだ。
「……千歳さんのことはともかく、現状、どうすれば良いと思う?」
弟が困ったような顔をしながら、確認する。
「お前のことは露見していても、できるだけ俺のことは隠せ」
それでも、時間稼ぎ程度にしかならないことは分かっている。
魔界に還ることしなかった弟に比べ、俺は、遥かに長く、この世界にいるのだ。
どんなに情報管理を徹底したところで、口の軽い人間はどこにでもいる。
様々な理由から、金銭や色香に釣られるような人間も。
「雄也先輩のことも知っている様子でしたよ?」
「まだ対面はしていないから、どうとでもなるよ。それに、会合が始まれば、そちらに気を割くことになるだろう。基本的に情報国家はどんな場でも情報収集に全力を尽くすからね」
そうなのだ。
情報国家はどんな場所でも情報収集に全力を尽くす。
そして、この僅か数日で、情報国家の国王陛下の関心は、完全に別方向にシフトすることになる。
だが……、そのために、俺がさらに頭を抱えたくなることになるとは、この段階では誰も予想していなかった。
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