画面から出てきたような
「ああ、栞さん」
検診が終わった後、わたしが自分の衣服を整えている時に、恭哉兄ちゃんから声を掛けられる。
「先に九十九さんを呼んだ方が、良いかもしれません」
「ふえ?」
まあ、確かに彼はわたしの護衛だけど……、ここ、大聖堂だよね?
そして、移動も、城に行くわけではなく、上の階に上がるだけ。
わたしは、この国で「聖女の卵」とされているけど、今はその姿をしているわけでもないし、こんなに短い距離でそこまで危険はないような気がするのだけど……。
「いえ、それよりも先に雄也さんに連絡しておきましょう。その方が良さそうです」
「今?」
「はい」
珍しく難しい顔で、そう言いながら、恭哉兄ちゃんはこの部屋に備え付けてある通信珠に向かう。
「通信珠……、雄也先輩、出られるかな」
雄也先輩は、今、一人で身体を動かすことも難しい状態にある。
確か、通信珠はベッドに寄せていた気がするけど、それは、誰かを呼びたすためのものであって、彼自身に連絡するものではないはずだ。
少なくとも、備え付けの通信珠は何らかの行動を起こさなければ、返答ができなかったと思う。
「今の時間帯なら、リヒトさんが付き添ってくださっているはずです」
「ああ、なるほど……」
リヒトなら大丈夫だ。
心を読めるから、ちゃんと雄也先輩が言いたい言葉も伝えてくれるからね。
少し、離れたところで恭哉兄ちゃんが通信を始めた。
ここまで声が聞こえない辺り、あまり大きな声で話しているわけではないだろう。
時々、チラリとわたしを見ているところを見ると、もしかしたら、わたしに聞かれたくないことなのかもしれない。
「やはり、九十九さんを呼ぶことになりそうです」
通信後に、恭哉兄ちゃんはそう言った。
なんとなく、溜息交じりだった気がする。
ちょっとお疲れ状態?
「大聖堂、今、危険なの?」
「危険……、と言えば、栞さんにとってはそうですね」
な、なんでしょう?
その不安を煽るようなお言葉は……。
「先ほどの情報国家の国王陛下が、この部屋の近くにいると思われます」
「ぎゃふんっ!」
恭哉兄ちゃんの思わぬ言葉に、わたしは古典的な反応をしてしまった。
あの王さま、会うのは「後日」って言ってたのに!!
「栞さんは随分、気に入られてしまったようですから。少しでも、接触したいことでしょうね。我が国の国王陛下と対面した後、すぐに待ち構えているかと」
まるで、ストーカーのような王さまだ。
……そして、大丈夫か? 情報国家!?
いや、元々、情報のためなら、どこまでも追いかける国という話なのだから、これが正常なのか?
でも……、わたしなんかと接触して、何が楽しいのか分からないのだけど、分からないからすっごく怖い!!
「つまり……、出待ちされているってこと?」
部屋の外で待ち構えているって……、芸能人か?!
「出待ち……ですか?」
どこか不思議そうな顔をする恭哉兄ちゃん。
考えればわかることだった。
人間界で生活した経験があっても、恭哉兄ちゃんが知っているような系統の言葉ではないね。
「情報国家の国王陛下は……、出入り口で待ち構えているってこと?」
「恐らくは……。雄也さんも同じ見解でした」
恭哉兄ちゃんは、気まずそうに視線を逸らす。
あ~、雄也先輩と恭哉兄ちゃんの見立てなら、ほぼ間違いないね。
しかし……、ライト以上のストーカーってことか。
「分かった。九十九を呼ぶ」
状況は理解した。
わたし一人でどうにかできるような事態ではないことも。
わたしは、九十九を呼ぶために通信珠を構える。
「少し、変わった通信珠ですね」
わたしの取り出した通信珠を見て、恭哉兄ちゃんがそんなことを言った。
「ああ、なんか特別製らしいよ。九十九限定で呼び出すって聞いている」
普通の携帯用とは違って、他の人へ通信はできない。
完全に九十九限定。
その分、普通よりは通信感度が良いらしい。
そして、かなり長距離利用も可能とすると聞いている。
「九十九……、悪いけど、大神官にさまから検診を受けたから、迎えに来れる?」
わたしが伝えたのは、それだけ。
基本的にこの通信珠は、九十九の頭に直接通信してしまうものだから、あまり詳細を伝えることができないのだ。
そして、彼からの反応はない。
一方的に呼びつけるだけのものだった。
暫くすると、扉が三回ほど叩かれ……、「失礼します」と、言いながら、九十九(?)が入ってきた。
うん……、「?」を付けたくなるよ。
何故なら、今の彼は銀髪に青い瞳だったのだ。
しかも服も違うし!
それも、どこかで見たことあるような衣装だと思うのは気のせいか?
「えっと……、またあの薬……、飲んだの?」
なんとなく、目を逸らしながらそう言う。
以前、トルクスタン王子によって飲まされた薬の効果で、彼は今の姿と似たような姿になっていた。
でも、前見た時と、少しだけ違う気もする。
「いや、単にさっき若宮にやられた。この服もその若宮からの提供。サイズが誂えたかのようにピッタリなのがすっげ~、こえ~」
どことなくぶっきらぼうな返答。
そして、ワカ?
わたしの護衛に一体、なに、やらかしてんだああああああああああっ‼
ついでに、いつ、彼のサイズを知ったのだ?!
わたしも知らないのに!
「やっぱり、変だよな」
どこか戸惑うような九十九の反応が少し、新鮮だと思ってしまった。
「い、いや、すっごく似合っていると思うけど」
薬で変身した時よりも、ずっと自然に見えるせいだろう。
以前見た、努力の神「ティオフェ」さまの姿も凄く好みだったけど、この九十九は、かなり心臓に悪い。
一番好きだったゲームのキャラがそのまま、画面から出てきたような感じ。
こう、今こそ、紙と筆記具を取り出して欲しい。
いろいろな角度から描き散らすのに!
そして、流石はワカだ。
わたしの好みを熟知している。
……いつから、これを企んでいたかは分からないけれど。
「それはそれで複雑だな」
九十九は困ったように笑う。
ああ、でも……、今の九十九はかっこいいけど、いつもの九十九の方が絶対、落ち着くよね。
「九十九さん、状況はご存じですか?」
「高田が情報国家の国王陛下に目を付けられた……、とだけ聞いています」
「十分です」
動揺しまくりなわたしと違い、いつもと違った九十九相手にも、平然と対応する恭哉兄ちゃんは流石だと思います。
そして、わたしが通信したのは先ほど。
しかも一切、伝えていないのに、いつの間に、どこからその情報を手に入れたの?
「お前はどうする? 姿を変えるなら手伝うぞ?」
九十九なら、わたしをもう少し着飾らせることもできるだろう。
既にその実績は十分すぎるほどある。
でも……。
「いや、情報国家の国王陛下が本当にわたしを待っているなら……、わたしが変装するのは心証を悪くすると思う。だから、このままで良いよ」
九十九の変装技術が低いとは思わない。
でも、マスクを被るなど、特殊メイクでもしない限り、あの国王陛下は見抜いてしまいそうな気がする。
それなら、半端な誤魔化しは通用しないと思った方が良いだろう。
それに、あの人の目的が本当にわたしだと言うのなら、その場しのぎで逃げ切れる気はしない。
相手は……、恭哉兄ちゃん曰く、あの雄也先輩をパワーアップさせたような人なのだから。
「……そうだな。その方が良い」
九十九はフッと笑った。
なんだろう?
いつもと違う姿のせいか、九十九がわたしの知らない男の人に見える。
なんとなく、雄也先輩に似ているような?
いや、兄弟だから似ていてもおかしくはないのだけど……、彼は、こんなに大人っぽかったっけ?
「どうした?」
「なんでもない」
いつものように、勘が良い少年は、わたしの様子がおかしいことに気付いて気遣いの声を掛けてくれる。
なんか……、少しばかり邪な目で見て、申し訳ない気がした。
「では、大神官さま。いろいろとありがとうございました」
わたしはそう言って、部屋を後にする。
「失礼します」
九十九も礼儀正しく一礼して、わたしたちは退室したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




