意図が分からない
「『ラシアレス』……?」
わたしはオウム返しに呟いてみる。
情報国家の王から言われたわたしの名前。
その響きに覚えがあった。
今、この人が口にしたのは、「ラシアレス」。
それは、恐らく、「救国の神子」と呼ばれる聖人の一人、「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」さまのことだろう。
かつて、この世界が滅亡しかかった時に現れた七人の一人。
本当なら、災いを封印したと言われる「聖女」よりも凄いことをしているはずなのに、意外と、有名ではない人たち。
でもその名を選んだのは何故だろう?
わたしの見た目がその方に似ているから?
でも、それって、彼女の姿絵を見たことがなければ分からないことだと思う。
わたしが知ったのも、たまたま恭哉兄ちゃんが、「わたしに似ている」と、見せてくれたからだ。
その出来事がなければ、知ることもなかった。
わたしが「聖女の卵」って気付いているから?
いや、そう呼ばれている状態は化粧して別人に等しくなっている。
髪の毛の色も瞳の色も変えているから、会ってすぐ、簡単に繋がるとは思えない。
風の大陸出身者と思ったから?
それはありえるかな?
でも、「救国の神子」の名前がそこまで有名ではないのだ。
この人の意図が分からない。
いや……、もしかして、「ラシアレス」さまが、人間界の人だった可能性があることを知っていて、遠回しに、わたしのこともよく知っているぞ……みたいな?
それでも……、それはどれも、わたしが「ラシアレス」さまのことを知っていることが前提の話だ。
これについても、知ったのは偶然……、それも最近、たまたま雄也先輩との会話に出てきて、初めて知ったようなことだった。
「……なるほど。この名前よりも、もっと別の名前の方が良いようだな。少し変化球過ぎたか」
いえ、そんなことは一言も言っていませんが?
そして、変化球ということは、やはり、何らかの意味はあったのだと思う。
ただ、それがわたしに伝わらなかっただけだ。
察しが悪くて、申し訳ありません。
そして、金色の髪の王さまは、さらに悪戯感溢れる顔をして次の名前を口にした。
「シオリ嬢……。こう呼ばせていただこうか」
「何故に?」
思わず、そう口から出ていた。
「先ほど間違えた女性の娘の名前だ。黒い髪、黒い瞳の可愛らしい子供で……、貴女にはどこかその面影がある気がする。他の女性の名前で申し訳ないが、そう呼ばせていただいても構わないか?」
「イースターカクタス国王陛下がそう望むのなら、構いません」
わたしは、できる限り平静を取り繕ってそう答えた。
この王さまの言葉から、既にいろいろとバレバレな気がしなくもないが、それをわたしから確認することはできない。
自ら、正解を伝えるなんて、できるわけもないのだ。
いや、それよりも……。
母上ええええええええっ!?
情報国家の国王陛下とも、知り合いなら知り合いって、前もって、ちゃんと言ってくださいませんか!?
まさか母も、わたしがこの人と偶然、会うとは思っていなかったかもしれないけど、不意打ち過ぎるでしょう!!
心の奥底からそう叫び出したかった。
今、この場にいない人にそう言っても仕方ないことは分かっているのだけど!!
しかも……、この国王陛下の口調から、記憶を封印する前のわたしとも会っている可能性すら出てきた。
面影とか言われたし……。
これって……、、雄也先輩や九十九も知っていることなのだろうか?
「さて、シオリ嬢。今からの予定は?」
笑顔でそう訪ねてくる国王陛下。
もう、この時点で嫌な予感しかしない。
美形の笑顔には、裏しかないのだ。
そして、わたしのような小娘が、身分的にも、知識的にも、情報的にも、それ以外の部分でも、この人の追求から逃げ切れる気はしない。
少し話を聞いていただけでも感じてしまう雄也先輩と同じ種類の人間の匂い。
勝てる気がしない。
いや、勝つ必要はないのだけど……。
思わず、恭哉兄ちゃんを見てしまう。
彼は少し苦笑しながらこう言った。
「この方のご予定よりも、国王陛下の御予定の方が問題でしょう? 我が国の国王陛下と面会されると伺っておりますが?」
分かりやすく助け舟を出してくれる。そのことにほっとした。
「ああ? 年寄りよりも、このように若く可愛いらしい娘と話したい気持ちが分からんか?」
外見の割に中年のおじさんのようなことを言う王さま。
わたしより年上の息子が一人いると記憶しているから……。
ああ、四十代でもおかしくはないのか。
見た目、二十代で通じるけど……。
魔界人ってやっぱり怖い。
外見詐欺が多すぎる!!
「責務を放棄する理由にはなりません」
「お堅い男め。それだから、未だに『禊』なぞしなければならんのだ」
うわあ……。
どさくさ紛れになんてことを。
ちょっとばかり、回りくどくはあるけれど……、それって、恭哉兄ちゃんを小馬鹿にしていますよね?
「おや? 私以上に穢れを払う必要がある方に言われたくはありませんね。そろそろ身綺麗にされましたか?」
だが、恭哉兄ちゃんも負けていない。
「それが大神官の言うことか?」
「別に私は何に対してとは一切、言っておりませんが?」
助けられている身で言うのはなんだけど、その言葉は言っているも同然だと思うよ、恭哉兄ちゃん。
「まあ、先約優先なのは確かだ。名残惜しいが……ここまでか。待たせすぎて、血管が切れても困る。グラナディーン坊が国を継ぐのは、まだ、少し早いからな」
情報国家の国王は、恭哉兄ちゃんの顔を見て、わざとらしくでっかい溜息を吐いた。
その姿に、雄也先輩が九十九に対する姿と重なる。
やはり、同じ種類の人間なのか。
ある程度、気を許した相手に対する反応と扱いがひどい。
「会合のことを考えれば、また後日……か」
「何が……、でしょうか?」
恭哉兄ちゃんは警戒を崩さない。
「決まっている。シオリ嬢」
そう言いながら、情報国家の王は素敵なお顔をこちらに向けて微笑む。
「また会ってくれるか? 今度はゆっくり、時間をかけて、貴女と会話をしたいものだ」
そこにわたしの選択権はあるのだろうか?
他国とはいえ、相手は王さまだ。
その時点で、わたしに拒否権などない。
少し前にカルセオラリアでも、それを感じたではないか。
王族は、相手の返事など聞いてくれないって……。
「つ、連れが一緒で問題なければ……?」
「ほう。連れ……か……。二人きりと思ったが、それも楽しみだな。分かった。同伴の許可をしよう」
「ありがとうございます」
咄嗟にそう言ったけど、誰を連れて行けば良いのだろうか?
わたしの連れは、表に出せない人が多すぎるのだ。
九十九と雄也先輩は情報国家に関わってはいけないみたいだし、水尾先輩も立場的に表に出たくない人だ。
そして、リヒトは長耳族。
うん……。
どうしよう?
「それでは、またな。シオリ嬢」
「はい。またお会いしましょう、イースターカクタス国王陛下」
そうわたしは一礼した。
その様子を見て、情報国家の国王は、フッと笑みを零した。
「安心した。シオリ嬢は、あのチトセより、礼を知っている」
……一体、何をした? 母?
しかし、そんなわたしの頭に浮かんだ疑問に答えてくれる様子はなく、情報国家の王は、その場から立ち去った。
暫くして……。
「……だ、大神官さま……。改めて、先ほどの方のことを教えていただきたいのですが……」
恭哉兄ちゃんに声をかける。
念のため、わたしは「恭哉兄ちゃん」と呼ばないようにはした。
「それならば……、場所を変えましょう」
「そうしていただけると助かります」
少なくとも、仕切り直しをしたい。
そして、今後の対策とかも立てたかった。
「どうやら、あの方に気に入られたようですね」
「チトセ……という名の女性が……ですよね?」
わたしがそう言うと、恭哉兄ちゃんが何故かクスリと笑う。
「まずは、移動しましょうか」
「そうですね」
なんと言うか……。
ほんの少し前までは、九十九を吹っ飛ばしたことで頭がいっぱいだったはずなのに、それ以上に強烈な人が現れてしまったために、全て吹き飛んでしまったことだけは分かる。
「せめて……あの顔でなければ……」
「顔……ですか?」
「悔しいですが、かなり顔が好みです……」
いや、前に見た別の人の方が好きな顔なのだけど、その方向が似ているのだ。
特に、あの笑顔はずるい。
思わず、何度か呆けてしまいそうになった。
「……それは……、なんと言いましょうか……」
恭哉兄ちゃんにしては珍しく、歯切れの悪い返答と、何とも言えない顔をしたのだった。
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