普通の人間ではない
あの少女と初めて会ったのは……数年前。
人間界と呼ばれる場所だった。
自分自身の部活が休みだったため、なんとなく近くの中学校で行われていた妹のソフトボールの練習試合を見に行った。
そこに彼女がいたのだ。
第一印象は、全く魔力を感じない小柄な子……だった。
他の部員たちと比べると、かなり小さな少女。
そして、不自然なまでに体内魔気を感じない少女でもあった。
だから、私にとっては妙に気になる少女……だと言える。
人間界において、本当の意味で体内魔気を感じない人間に会ったことなど、これまでになかったから。
ただの人間でも少なからず、体内魔気というものは存在するのだ。
少女は小柄な体格に反して、声が大きく、元気も良い。
まるで、典型的な小学生という印象があった。
でも、それは部活中だけで、普段の彼女はそこまで目立つタイプではなかった。
それなら、もっと早くに私は彼女のことを意識していたことだろう。
そして、特別足が速いわけでもないけど、反応速度は速い方だと思った。
さらに、目が良い。
視力的な意味ではなく、ボールを見極める目。
水尾は選球眼とか言っていたけど、その辺はよく分からない。
肩は強くないし、力もそこまであるわけではない。
だけど……、妙に期待したくなる少女。
何故か、どんなピンチでもひっくり返してしまいそうな印象があったのだ。
実際は、ピンチはピンチのまま。
彼女一人で試合をひっくり返すような場面は、何度見てもなかった。
水尾が生徒会長に選ばれ、その仕事が中心となり、ほとんどの試合で彼女が登場しても、そこは変わらなかった。
三振を積み重ねる剛腕投手や、一本で走者を一掃してしまうような強打者でもない限りは、たった一人の力でソフトボールの試合が動くはずもない。
彼女は二番打者。
自分が死んでも前の走者を生かす犠牲バントの指示が多かった。
今にして思えば、ある意味、適役と言えなくもない。
二塁手としては水尾よりも巧かったと思っている。
少なくとも、手の届く範囲で後ろに逸らしたことを見たことがない。
水尾はたまに慌てて落球することもあったのに。
まあ、あれは練習不足もあるのだろうけど。
一番、印象に残っているのは、乱調の投手に変わって、水尾が投手になった時。
水尾は、はっきり言って、三振をとるような剛腕投手ではなく、打たれて守備にカバーしてもらうタイプだった。
投げ方も、他の投手のようにぐるりと手を回すのではなく、真上から半円を描くような変な投げ方をしていた。
その後ろに、あの少女がいた。
1アウト走者二塁の場面。
水尾の投げた緩い球が足元に向かって強く打たれ……、反射的に水尾がそれを取ろうとした時……。
「任せて!」
水尾の左後方にいた少女が叫んだ。
その声で、水尾は、足を引いて除け、その少女が飛びつくように捕球し……、そのまま、打者が向かった一塁ではなく、二塁にいた人間に投げたのだ。
結果として、二塁と三塁の間で止まっていた走者を挟み……、まあ、残念ながら他の選手の悪送球により失敗して、さらに、その走者に本塁を踏ませるような結果になってしまったのだけど、私にとって、それは驚く光景だった。
まず、水尾に向かって指示。
それが新鮮だった。
同じ部活内でも、水尾はどちらかというと浮いていたと思う。
まあ、いろいろな意味で目立つし、私が言うのもあれだけど、あまり社交的とも言えない妹だ。
口も良くはないし、人に合わせるということをしないので、そこは仕方ないだろう。
だから、水尾が指示を素直に聞くとは思っていなかった。
いや、プレーの一環とは分かっていても、あの我が強い妹が両親や姉以外の人間の指示に従うことはかなり珍しい話だったのだ。
後に水尾は言う。
あの時、無理して打球を掴もうとしていたら、そのまま体勢崩して、転び方によっては最悪、怪我していたかも……、と。
元々、基本は二塁手で、投手の負担を軽くするために、投げる練習はしていても、その場所でも守備練習などしていないような人間だ。
反射的に動けるはずもない。
ましてや、投げ終わった直後の素早い打球だ。
反応することがやっとだったのだろう。
そして、咄嗟に指示できた彼女はどこか可笑しいと笑っていた。
普通は、あの距離でそんな判断も間に合わないとも。
実際、日頃、年上には敬語を使う彼女が短く言い切った辺り、余裕がなかったのは確かなのだろう。
まあ、そこまでなら、普通の微笑ましい思い出で済む話だった。
だけど……、私は知ってしまう。
彼女が、普通の人間ではないことに。
それは、人間界での私たちの誕生日でのことだった。
基本的に、人間界と魔界では数日しか一年の日数は変わらない。
そのためにある程度、魔界の生誕日と呼ばれる日にちに近付けていた。
その時に、水尾が私たちの家を教えていたということもびっくりしたけど、彼女が持ってきた贈り物は、実用性溢れるごく普通のノートだというのにもかなり驚いた。
それまで生きてきた14年の間に、こんな記念にならないような、でも、必ず使い切ってしまうような物を贈られたのは初めてだった。
今まで貰った物は飾るぐらいしか価値がない物が多かったのだ。
下手をすれば、部屋の奥深く眠ったままのものもある。
「嬉しいよ、ありがとう」
誰かに対して、本心からお礼を言ったのは……、初めてだったと思う。
だけど……、その贈り物を手渡される瞬間、互いの手が触れた時……、私は気付いてしまったのだ。
彼女の「魔力の封印」に……。
それも魔法と法力が混ざったような強力な封印。
直接、触れなければ、魔法国家の王女である私すら誤魔化しきるようなものだった。
それは、言い換えれば、そこまで完璧に封印しなければならないほどの魔力が彼女の中にあるということでもあった。
どんなに魔力が強くても、私のようにまともな魔法が使えない人間はほとんどいない。
それだけに……、少し、嫉妬の感情が生まれたことは否定しない。
私の中に生まれた感情は……、実は、完全に的外れで、彼女は彼女で苦労してきたのだけど、再会した後も、水尾から様々な話を聞いても、それは「持つ者」の贅沢な苦しみ……、などと思ってしまったのだ。
何より、水尾は「持つ者」側の人間だ。
自分の魔法の才に気付いて、的確にその才を伸ばしていた妹。
私は他の誰よりも妹に対して、妬みの感情を育ててきた。
その彼女が少女のことを、庇えば庇うほど、素直に聞けるはずもない。
そのために、つい、あの黒髪の少女の話を機械国家の第一王子の前でしてしまった。
愚痴や八つ当たりに近いような口調で。
第一王子は興味深そうに聞いた後……。
「その風の娘は邪魔か?」
そう尋ねてきた。
だから、素直に答えたのだ。
「邪魔じゃないよ。あの娘のことは嫌いじゃないから」
寧ろ、好きなのだと思う。
私にしては珍しく、興味を持ったから。
基本的に私は他人に興味を持たないようにしている。
王族として、特定の人間に対して、自分が守れないのに大事に思うことなどしてはいけないことなのだ。
でも、隔離されて育てられてきた姉のように、他人を簡単に割り切って、捨て去ることはできない。
だけど、妹であるミオのように目に映る人間全てを守るほどの力も持たない。
私ができるのは、奇妙な治癒魔法と修復魔法しかなかった。
確かに誰かの命を救うことは出来るかもしれないが、それでも、この手でできることに限りはあることは、18年の人生で理解しているつもりだった。
「それは妬けてしまうな」
そして、素直じゃない私の言葉を明確に受け止めた第一王子。
この人のこんな所は本当に好ましいと思う。
私の言葉が足りなくても、それを含めて理解してくれるから。
だけど、私は気付かなかった。
強い風の魔力を持つ娘。
それだけで、第一王子が少女に興味を持ってしまったことに。
あの時、私が彼に話さなければ……、後の悲劇はなかったかもしれないのだ。
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不器用な人間たちがそれぞれ、思うように動いた結果、起こってしまった事件。
関わった全ての人間の胸に大小様々な凝りを残し、その全ての中心にいた男は何も言わずに旅立った。
―――― 城崩れる時、一陣の風が神の世界へ導かん
その言葉のとおり、風が導くままに。
この話で40章は終わりです。
次話から、第41章「世界会議前夜祭」に入ります。
そして、次話から、投稿を一日一話に変えます。
流石に、一日二話を続けることが難しくなりました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




