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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家の傷跡編 ~

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間違った道

「……と、言うわけで、シオリにきっぱりとフラれた」


 茶色の髪の青年は、黒髪の女性に向かってそう言った。


 ここは大聖堂の一室。


 例によって、未婚の男女が密室で二人きりになるのは良くないと、彼は部屋の扉を開け放っていた。


 そんな状況での冒頭の台詞に、目の前にいる女性……マオリアは溜息を吐きながらこう言った。


「報告する相手、間違えてない?」


 そんな話を自分に伝える理由が彼女には分からなかった。


「いや? ユーヤにもミオにも伝えたぞ」

「ああ、なるほど……。その上で私なのか」

「マオも関係者ではあるからな」

「今回の件に関して、関係者と言えばそうなのだけど、この問題に対してはトルクと高田の問題でしょ?」


 今回の事件は、確かにマオリアとカルセオラリアの第一王子であるウィルクスがきっかけとなって引き起こされたことだ。


 だが、その件と、カルセオラリアの第二王子であるトルクスタンが自分の後輩に求婚の申し出をしたこととは全く、関係はない。


「マオは兄上の婚約者だろ?」

「もうその相手がいないのだから『元』だよ。『元婚約者』。それに、公式的には公布もしていないのだから、厳密に言えば、その肩書もおかしいとは思わない?」

「そうか?」

「『そうか? 』……って……」

「マオはマオだよ。兄上が亡くなっても、俺の義姉(あね)のような存在であることは変わりない」


 第一(ウィルクス)王子とあまりにも似ていない第二(トルクスタン)王子の反応に、マオリアは呆れたものの、もともと彼はこんな人間だったと思い直す。


「思い付きで他国の少女に求婚してしまうような義弟(おとうと)はちょっと嫌だなあ」

「お前たちは誤解しているようだが、別に思い付きではないぞ。マオが目覚める前に、陛下にも話は通してある」

「…………は?」

「つまり、先の求婚は、カルセオラリアの総意だ」


 それを聞いて、マオリアは眩暈を覚えた。


 つまりは、カルセオラリア国王が、会ったこともないはずの彼女に、それだけの価値を見出したということに他ならない。


 マオリアはなんとなく気付いている。

 あの少女の出自に。


 周囲は何も言わない。

 自分の双子の妹でもあるミオルカでさえも。


 だが、彼女が隠し持っている体内魔気は明確に、どこの大陸のどこの国の誰の血を引いているかを示していた。


 その誤魔化し方としても、かなり高度な手段を用いていることは分かっている。


 だが、彼女の、魔法国家の第二王女の魔力を見通す眼は、それを凌駕しているだけだった。


 それが分かっていても、マオリアはそのことを確認しない。


 そこに必要性を感じないから。


「トルクは……、高田が……、貴方が『シオリ』と呼ぶ少女がどんな人間かを知っていて言っているの?」

「悪い人間ではないな。見た目に反して肝も据わっている」

「それだけで……、求婚したの?」

「いや、単純に好みに近いから」

「…………ああ、トルクは姉様が好きだものね」


 マオリアは自身の姉を思い出す。


 あの後輩以上に小柄で、見た目は守ってあげたくなるような少女に見えるが……、中身は強かでかなり割り切った性格をしているあの姉を。


 だが、その言葉に対して、目の前の青年は驚いたように目を丸くした。


「マオ、気付いていたのか?」

「いや、あれは、誰でも気付くよ?」


 寧ろ、あれで気付かれていないと思う方が不思議なくらいだ。


 あの時の彼の態度は、挙動不審を通り越して、完全に不審者の域に達していた。


 物陰から意中の相手を見つめるにしても、もう少し上手く隠れることもできるだろうに、その大きな身体は完全にはみ出しており、それを見た護衛の聖騎士団長がかなりの警戒態勢となり、思わず武器を構えてしまったほどだったのだ。


 ……初恋を拗らせると変な方向に向かうという典型的な例だろう。


「何? まさか、トルクは姉様に似ていたから高田に求婚したの?」

「それはない」


 不審な視線を送るマオリアを、トルクスタンは意に介さずそう言い切った。


「それはない。ただ……、彼女が横にいてくれたら、この先は絶対に退屈しないだろうな……と思っただけだ」


 それは恐らく、恋心ではない。

 ないけれど……、今回のことで、彼なりに藻掻いて考えだした結論だったのだろう。


 これから先、このマオリアの幼馴染に待っているのは苦難の道だ。


 兄王子に先立たれ、突然、自分の前に転がってきた無縁だったはずの王位(もの)


 そのための教育を受けていないわけではないが、それは補助(スペア)としての心構えしかなかったはずだ。


 似たような立場(第二王女)にあったマオリアにも、その彼に今かかっている重圧は計り知れない。


 自分(マオリア)は魔法国家の王族(重圧)からずっと逃げたかったのだから。


 勿論、逃げた先も結局は他国の王妃(王族)だったわけだが、それでも自国の民たちの前で王族をやり続けるよりはずっと気楽な立場だった。


 全てを第一王子(婚約者)に任せていれば良かったのだから。


 なんのことはない。

 マオリアには、まだ覚悟が足りていなかったのだ。


 だが、それでも、あの王子は「そのままで良い」と言ってくれて、それだけが自分の支えだった。


 でも、こんな状況になって思う。


 自分は、あの第一王子を支えていたと言えたのか? と。


 確かに、彼から言われるままに手助けはしたが、そこに自分の意思はあまりなかったような気はする。


 自分の意思をまっすぐ持ち、あの人を止めていたら……、こんな結果にはならなかったはずなのに。


「トルクは……、シオリに助けてもらいたかった?」

「ああ。シオリは強いからな。誤った道には進ませてくれないだろう」


 その言葉は、今のマオリアにとって、強烈な皮肉でしかなくて……。


「トルクなら……、シオリがいなくても間違えないよ」


 同時に、そう思った。


「既に俺は間違えたのだが? 兄上を止めることもできなかったんだぞ?」

「今回のことは、トルクの誤りじゃないから」


 あのことを……、第一王子が自分のキズを最も知られたくなかった相手は間違いなくこの第二王子だった。


 だから、ひた隠しにしたのだ。

 ウィルクスが常に行動する時は、トルクスタンがいない時ばかりだった。


 彼自身のキズを確認する時も、マオリアに協力を要請した時も、シオリを巻き込むきっかけとなった時も。


「第一王子が隠し続けていたことを、誰も、トルクの責任にはしないよ」


 確かに知らないのは罪だったのかもしれないが、それならば、一番の非は、国王……ということになってしまうだろう。


「マオの責任でもない」

「それは、分かってるよ」


 確かにあの人の止めることはできなかったが、それでも城の崩壊までマオリアのせいにされてはたまらない。


 それはそれ、これはこれというやつだ。


「だけど、私は今後の身の振り方を考えなければいけないからね」


 第一王子の婚約者として多額の金銭と引き替えにカルセオラリア城に留まることになったマオリア。


 では、その第一王子がいなくなった今はどうすれば良いのだろうか?


「ミオと共に、シオリの世話になれば良いのでは?」

「……どのツラ下げて?」

「シオリなら気にしないと思うが……」

「高田はね」


 確かにあの後輩は気にしないだろう。

 異常なほど懐が深い。


 我が身を危険な目に遭わせた男のために、躊躇なく奈落へ向かうような少女である。


 だが、それ以外の人間たち……、あの護衛兄弟や褐色肌の少年、何より、双子の妹であるミオルカのことを考えれば、難しいと言わざるを得ない。


「いろいろと考えることは山積みだな」

「お互いね。でも、今は私より、トルク、いや……、カルセオラリアでしょう?」


 近々行われるという中心国の国王たちによる会合。


 恐らくは回復したカルセオラリア国王が出ることになるだろうが、その間、カルセオラリアという国を守るのは、この青年とその妹であるメルリクアンの務めとなる。


「大丈夫だ」


 だが、心配するマオリアに対して、トルクスタンは自信に満ち溢れた表情を彼女に向けた。


「国の(しるべ)は既にある」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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