少女の横に立つ条件
「……と、言うわけで、シオリにきっぱりとフラれた」
茶色の髪の青年は、黒髪の女性に向かってそう言った。
ここは大聖堂の一室。
だが、未婚の男女が密室で二人きりになるのは良くないと、彼は部屋の扉を開け放っている。
そんな状況での冒頭の台詞に、目の前にいる女性……ミオルカは溜息を吐きながらこう言った。
「……何故、お前はいけると思った?」
その反応があまりにも、先ほどまで話していた青年に似ていたので、茶色の髪の青年……トルクスタンは思わず苦笑しかけて……、思いとどまる。
「どうした?」
その様子に、ミオルカは眉間に皺をよせる。
それなりに整った顔だと言うのに、彼女の表情はいつも険しい。
自分がそうさせてしまっている自覚はなくもないが、それでも勿体ないと思う。
あの人に似ているだけに……。
「いや、相変わらず、ミオは気難しい顔をする……と思ってな」
「ほっとけ」
放っておけるならとっくに放っておく。
だが、彼女たちは自分にとって無視できないほど特別な存在なのだ。
それでも、以前、会った時に比べれば、大分、彼女も落ち着いて柔らかい表情を見せるようになっている気がした。
「俺は別に婚姻相手として条件は悪くないと思うのだが……」
「条件はな。だが、相手が悪い」
「相手が……?」
「高田……いや、シオリを本気で口説くなら、ツクモや先輩……あ~、ユーヤを越えるほどじゃなければ、話にならん」
ミオルカはそう言いながら、右手をぶらぶらとさせる。
「あ~、それは無理だ」
トルクスタンはあっさりと言い切る。
「今回のことで、二人を知った。俺はあそこまでの男にはなれん」
その言葉はどちらの男に対してだったのか……。
その台詞と表情だけではミオルカには判断ができない。
あるいは、どちらともかもしれない。
ミオルカが知る限り、あの二人の兄弟を越える男などそう多くはない。
兄は知勇兼備、冷静沈着、知謀に優れている。
その弟は質実剛健、勇猛果敢、突き抜けて忠勇でもある。
そして、どちらもそれぞれ近くにいるだけで心強いのだ。
そんな二人に挟まれているあの可愛らしい後輩が、早々、簡単につまらない男に靡くとは思えない。
いや、目の前の青年がつまらない男と言いたいわけではないのだ。
彼女も、この青年がそれなりの能力を持っていることは知っている。
単純に相手が悪い。
それだけの話だった。
「じゃあ、ミオは、どんな男ならシオリの横に立てると思う?」
「……シオリの……?」
そう言われて考えてみる。
いつも黒髪の少年が横にいる少女。
その横に……?
「ツクモの存在を歯牙にもかけないようなヤツ」
あの少年を完全に無視できる男なら、問題はなさそうだと思った。
「……そんなヤツがいるのか?」
「もしくは、単純に彼ら兄弟に認められるヤツ」
「それは分かりやすいが……」
そこでふと疑問に思う。
「なあ、ミオ。あの二人に認められるって言うのはともかく、もう一つの条件は、なんでツクモだけなんだ?」
「もともと、ユーヤは表に出ない。基本、シオリに張り付いているのはツクモだ。それにヤツさえ無視できるほどの人間なら、ユーヤは多分、認めると思う」
「なるほど……」
少し前なら、その言葉は疑問だっただろう。
だが、トルクスタンも今は知っている。
ツクモの能力は、兄であるユーヤに劣るものではない。
崩れる城で見せた判断力、そして、城下での働きを見た後で、彼をただの傀儡と見ることなどできないだろう。
だからこそ……情報国家の王子すら引き付けてしまった。
「尤も……、ツクモやユーヤを無視するような男をた……、シオリが選ぶとは思えないけどな」
ミオルカはそう微笑む。
「……結局、あの二人に認められる以外の選択肢はないってことか」
彼女の結論を聞いた後、トルクスタンはそう呟いた。
「まさか……トルク……、本気だったのか?」
「ミオ、お前は俺が冗談で女性に求婚するような男だと思っていたのか? 仮にも王族として求婚する以上、本気に決まっているだろう?」
真面目な顔で、トルクスタンは幼馴染に向かってそう言い切った。
ミオルカとしては、その彼の言葉は意外でもあったが、同時に、愚直なこの青年らしいとも思えた。
この青年は昔から変わらない。
どこまでも真っすぐで、思い込んだら簡単に退かない。
それが分の悪い賭けだと分かっていても、大事なものを貫こうとする。
だからこそ……、あの状況で、友人の弟を守るためだけに、情報国家の王子の申し出を即座に撥ね付けた。
それは、結果として悪くはなかったが、それは結果論でしかない。
王族……、民を守る立場にいる人間ならば、周囲の国民たちを思ってもう少し考えて結論を出すべきだったのだ。
だが……、同時にミオルカは思う。
もし、あの場で選択を迫られたのが自分なら、どうしていただろうか?
魔法国家の王女としての立場と、大事な主人とともに自分をも守ってくれている懐が深い大切な友人。
王女としての立場を失いはしたが、それでもあの後輩と再会してからミオルカには大事なものが増え過ぎた。
王族は、迷ってはいけないのに。
王族は、躊躇ってはいけないのに。
王族は、女王陛下以上に大切なものを持ってはいけないのに。
「それでも、諦められるんだな」
ミオルカはどこか複雑な気持ちを抱きつつ、そんなことを口にする。
自分ならばどうしたのか……。
そんな状況になってもいないのに、その結論が、簡単に出るはずもない。
「諦める? そんなこと、俺は一度でも言ったか?」
だが、トルクスタンはなんでもないようにそう言った。
「は?」
「シオリのこと。それに、あの兄弟のことをもっとよく知りたくなった」
それは、妙に晴れ晴れしい顔だったので。
「つまり、……どういうことだ?」
ミオルカは妙な胸騒ぎがした。
「自分でもよく分からん」
トルクスタンは首を捻る。
「分からねえのかよ!?」
「分からないから、もう少し考えてみる。俺は今まで、何も見えていなかったみたいだからな」
「見えていなかった?」
「シオリのことも、ツクモのことも……、勿論、友人だと思っていたユーヤのことすら何も分かってなかったんだよ」
「見せてない部分まで分かる必要はねえだろ」
後輩やその護衛兄弟たちのことなんて、二年以上共に行動しているミオルカにだって掴み切れていないのだ。
会ってそう時間が経っていない青年に理解されてしまうのは……、少し、腹立たしかったことだろう。
「まさか……、ユーヤがあそこまでシオリを想っているなんて、俺は思わなかったんだ」
「…………節穴だからだろう?」
「酷いな、ミオ」
その点に関してだけ言えば、ミオルカはそう言うしかなかった。
そこに恋愛感情は今の所ないようだが、護衛少年だけではなく、その兄も、主人に対してはかなり心を砕いている。
単に、あの弟ほどその表現が直接的ではなく、分かりにくいだけだ。
だが、普通の護衛はただの主人に対して、あそこまで手間や金や、時間をかけないと思っている。
単純にあの少女を守るだけならば、あれだけのことをせずとも、もっと彼にらはやりようがあるはずなのだ。
少なくとも、ミオルカ自身は、故国の聖騎士団と呼ばれる人間たちにあそこまで扱いを受けたことはない。
恐らくは、双子の姉であるマオリアもそうだろう。
一番上の姉に関しては、分からないが、自由に振舞えない以上、似たようなものだろうとは思っている。
そう考えると、後輩の意思を尊重し、最大限に力を発揮できるよう助力してくれるあの従者たちの存在を羨ましく感じるのは確かだろう。
ただ同時に……、あんなヤツらが常に傍にいたら、他の男たちの存在など目に映りにくくもなるかもしれない。
それを思えば、女性としては彼女に同情したくもなる。
どんなに願っても……、現状では、セントポーリア国王の血を引くあの後輩と、魔力がどんなに強くても、セントポーリアの貴族ですらないあの兄弟たちがずっと共にいられるわけではないのだから。
それは他国の人間であるミオルカにもどうすることもできない問題。
セントポーリアという国が抱え込んでいる病巣ともいえるものだった。
だけど……。
「なあ、トルク……」
「なんだよ。まだ酷い言葉を投げかける気か?」
そう言いながらも、トルクスタンは笑っている。
だから、ミオルカも笑いながら……。
「あの兄弟って、何者なんだろうな?」
あの兄弟に出会ったら、誰もが一度は必ず抱く疑問を口にしたのだった。
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