業が深い
「……と、言うわけで、シオリにきっぱりとフラれた」
茶色の髪の青年は、寝台で休んでいた黒髪の青年に向かってそう言った。
「寧ろ、少しでもいけると思った神経を疑う」
黒髪の青年は呆れたように溜息を吐いた。
「条件は悪くないと思うのだが……」
「10日ほど前ならな。カルセオラリアがどうなるか分からん状況で、応えるような阿呆は多くない。沈む船にはネズミも留まらん」
「人の国を転覆する船に例えるなよ」
「転覆の危機を救われておいて、何を言う。あの場に偶然、九十九が居合わせなければ、王族は全滅していたはずだ」
「ああ、お前から借りられて良かったよ。あの状況なら、本来のツクモは主人を選んでもおかしくはなかった」
どちらかと言えば、それが自然な流れでもあっただろう。
だが、あの護衛少年は、主人を助けに向かうより、目の前で傷ついた人間を見捨てられなかったのだ。
「あれはお前のおかげだな」
「お前の頭も相当おめでたいな。俺は、あの時、血を流しているお前を壁に突き飛ばしたヤツだぞ」
黒髪の青年は皮肉気に笑う。
「だが、そうすればツクモは動くしかなくなる。本人もそう言ってたぐらいにバレバレのことだ」
茶色の髪の青年はそう笑った。
「ところで……、何を血迷った?」
黒髪の青年は分かりやすく不機嫌な顔をしている。
彼がそこまで表情を出すことは珍しい。
「……血迷う? なんのことだ?」
「とぼけるな。何の意図もなく、思い付きだけで王族が求婚するか」
「王族の求婚など、約束事がない限りは思い付きだぞ」
「全世界の王族に謝れ。そんな感覚を持っているのは間違いなく、お前だけだ」
そんな口調の割に、黒髪の青年は穏やかに笑った。
「シオリに求婚したのは、別に血迷ったわけではないぞ。あの娘、傍にいると面白い」
「……興味本位ということか」
「あと単純に好みに近い」
「お前の……好み……だと?」
どこか棘のある言葉で黒髪の青年は問い返した。
「おお、シオリは割と好みだぞ。ちょっと育ちすぎている感じはあるけどな」
「…………は?」
理解の深い彼にしては珍しいことに、黒髪の青年は、茶髪の青年の言葉の意味を掴みかねた。
話題に上がっている少女は、黒髪の青年から見れば、小柄な体格と童顔のためか、少々、幼い印象がある。
彼女の年齢は17歳だが、相応の化粧をしない限りは良くて15歳……いや、もう少し幼く見る人間もいるだろう。
それを「育ちすぎ」と表現することに疑問を持ってしまったのだ。
当人が知れば、激怒すること間違いなしの反応ではある。
「身長だけなら理想だが、俺としては、もう少し、胸も無い方が良いんだよな」
そんな茶髪青年のとんでも告白に……。
「寄るな、少女趣味。彼女よりもっと幼い少女が良いとは……」
黒髪の青年は、普通に嫌悪した。
「……いきなり酷いな。だが、シオリは17歳だろ? そこまで幼くないはずだが?」
確かにその意見は正しい。
正しくはあるのだが……。
「外見の話だったはずだが?」
黒髪の青年はどうしてもそこがひっかかった。
「あのなあ……、俺は背が低くて胸が無い方が好みってだけで、育ってない幼い少女に興味があるわけではないんだよ」
「似たような体型の女性を好む時点で十分、異常性癖だとは思わないか?」
「幼いだけなら、背も胸も成長しちゃうだろ? 俺は、ずっとその体型でいて欲しいのだ」
疑問を持たずに胸を張りながらそう言う青年に対して……、黒髪の青年は身体の痛みさえなければ頭を抱えたいところだった。
そこそこ付き合いは長いが、そんな性癖があったことは知らなかったのだ。
それはある意味、未熟な少女に欲情するよりも、業が深い気がした。
そして……、そんな言葉をあの少女が聞けば、どんな反応を示すことか。
「頼むから、あの子にそんなお前の性癖を聞かせてくれるなよ」
「いや、流石に、女性には理解されないとは思っているから」
その辺りは理解しているらしい。
そのことについて、黒髪の青年は胸をなでおろしたかった。
「……それならば、魔法国家の双子の王女殿下たちも範囲外か」
「アイツらは背が少しばかり育ちすぎてるからな。体型は好みなのだが……」
「アリッサムの人間なら、そんな体型も多いだろう」
「ああ、アリッサムにはいたな。かなり、理想の女が」
「……理想? ああ、そうか……」
確か、かの国の第一王女は代々、表に出てこないためか、小柄な者が多いと聞いている。
女王陛下と呼ばれる存在も例に漏れず、遠目にも背は低かった。
……その体型までは、流石に見ていなかったが。
「アリッサムの第一王女殿下、か……」
「そうだ。初恋……だった」
「恋を知ったと同時に失う想いも知るとは本当に間が悪い男だな」
恐らくは、この国に来た時に、第一王女と対面する機会があったのだろう。
そして、話を聞いている限り、その彼女は婚約者に護られていたはずだ。
「お前の口ほどじゃないよ、ユーヤ」
察しが良すぎる友人に、茶髪の王子は苦笑するしかなかった。
二年ほど前にカルセオラリアに現れたアリッサムの人間たち。
その中心に守られるように幼い容姿の少女がいたのだ。
いや、その時点で二十歳だとは聞いていたが、とてもではないけれどそうは見えなかったのだ。
その女性は、妹である第二王女よりもずっと幼くか弱く見えた。
だが……、その傍には、既に黒い髪、橙色の瞳をした男が、立っていて……。
「シオリに次は良い出会いを……と祈られたよ」
「……お前の話を聞いた限りでは、その理想の女性とやらは、数少ないだろうけどな」
黒髪の青年は溜息を吐くしかなかった。
彼の主である黒髪の少女ですら、「育ちすぎ」という表現を使うぐらいだ。
この王子は、相当、薄い身体の女性が好きなのだろう。
「自分でも知らなかったのだ。普通の体型でも十分、反応するからな」
「……そうなのか」
それでも、黒髪の青年がなんとも言えない気持ちになるのは何故だろうか。
「疑うなら、確認しろ。カルセオラリアの王族は、基本的に正妻以外との閨を監視する人間がいるからな」
「……ああ、技術の流出を避けるため……だったか」
そこまでしなければ、情報国家辺りから色仕掛けをされてしまうからだろう。
それだけ、カルセオラリアの技術と言うのは他国にはないものなのだ。
それでも……そこまで徹底するのもご苦労なことだとも、黒髪の青年は思った。
まともな神経をしていれば、他人の房事の監視などできるはずもない。
いや、そう言ったものが好きだという好事家も一定数いるのかもしれないが、少なくとも自分はご遠慮願いたいと思った。
「技術の流出も……だが、王族の場合は発情期を起こすと大変だからな。初めての時は、しっかり監視された。男に限るが、15の生誕の儀として、確実に行う。その辺りは、カルセオラリアに限った話ではないと思うぞ」
「……それは……」
なんと言葉をかけて良いか分からない。
「だから……兄上もまさか、そんな身の上だとは思わなかったのだ。兄は、生誕の儀を行っていなかったことも知らなかった」
「無精子症……、子種がなくても、行為そのものができないわけではないらしいからな」
だから、気付かれず発見が遅れて、適齢期を逃してしまうという話を、黒髪の青年は人間界と呼ばれる場所で聞いたことがあった。
自分には不要だと思っていたが、こうなると、本当にどんな知識が役に立つかは本当に分からないものだと思う。
子供が特別欲しい人間ではない青年からすると、今回のことは、本当によく分からない論理から生まれた事件だと思う。
非合理で、感情的過ぎて理解が及ばない世界だ。
それでも……、そこまで執着するほど、他人を深く想えることは、どこか羨ましくもあるのだけど。
「ああ、そう言えば……、お前に相談があるのだった」
「相談?」
先ほどの報告だけかと思えば……、他にも用件があると茶色の髪の王子は言う。
「明後日、この国で中心国の会合があるのだが、そのためにお前にも知恵を貸して欲しい」
そんな言葉を聞き、黒髪の青年は、心の底から何も聞かなかったことにしたかったのだった。
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