断ち切る強さを持つ人間
「少し、話がある」
オレは、高田を部屋に送り届けた後、彼女に向かってそう告げた。
「……分かった」
彼女はどこか不思議そうな顔をしながらも頷く。
高田は、いつものように招き入れようとして……。
「あれ? これ自体がお説教のもと?」
そう呟いてその動きを止める。
「説教?」
なんの話だ?
またオレが知らないところで、何かやらかしたのか?
「いや、いつもみたいに、『男を簡単に部屋に入れるな』とかそんな話に繋がっちゃう?」
「……警戒してくれるようで何よりだが、その辺りについて、オレはもう諦めた。これまで、メシとかの世話も散々していて、今更……というのもある」
もう、彼女がオレに対して、呆れるぐらい警戒心の欠片も無いことは知っている。
何度、忠告しても聞きやしないんだ、この女は……。
「そうなの?」
「ある程度はオレが我慢すればすむことだからな」
「……そうか……」
彼女は安堵した顔を見せるが、人に「我慢」させておいて、いつまでもそんな呑気な顔ができると思うなよ。
距離が近すぎて、忘れているかもしれないが、オレたちは、「異性」なのだ。
****
「話って何?」
彼女は、お茶を口にした後、オレに尋ねた。
オペラによく似た焼き菓子は、彼女のお気に召したのか、いつもよりも少しだけ進みが早かった気がする。
彼女はそこまで酒の味を好まないが、その香りは好きなようだ。
アルコールはほとんど、ぶっとんだ状態だから問題もないだろう。
オレはアルコールが効いている方が好みなのだが。
「今回のこと、お前は……大丈夫だったか?」
「……いろいろと思うところはあるけど……、大丈夫だよ。大丈夫じゃないのは、雄也先輩の方……じゃないかな」
確かに自力歩行もできない人間のことは大丈夫とは言えないだろう。
だが、オレ自身は兄貴の方はそこまで心配していない。
何より、あの部屋にも、兄貴の警告に似た風がそよそよと漂っていたのだ。
恐らくは、トルクスタン王子に「余計なことをするなよ」と忠告する意味で。
まあ、つまり……、今頃は無理をして倒れている頃だろう。
意識だけを別の場所に持っていくなんて健康な人間でも難しいのに、痛みで集中できない状態の人間がやることではない。
害意があるわけではないから、この国や大聖堂の結界に反応して邪魔されないことが救い……と言える気がする。
「微熱程度だから、心配するな。兄貴の状態も今は落ち着いている」
本当は転がっているかもしれないが、そうでも言わなければ、彼女も納得はしないだろう。
それにしても、どう切り出したものか……。
こいつのことだから、どうせ、誤魔化そうとするのだろうけど……。
「わたしの方は、傷もすっかり癒えたから……、大丈夫だよ」
ほらな。
やっぱり、この女はそう言うんだ。
本当は、全然、大丈夫じゃないくせに。
「嘘つけ。真央さんの話を聞いている時から、ずっと奥深いところでお前が悩んでいるのがオレには、分かるんだよ。それで、『大丈夫』とか言われたって、カラ元気にしか見えねえ」
表情も、体内魔気も、全力で誤魔化そうとしたって、それが通用する人間ばかりだと思うなよ?
「そんなことを言われても……」
彼女は困惑しているようだ。
「何を迷った?」
「迷う?」
「今の張り付いている笑顔は、お前がオレを誤魔化す時の顔だ。それぐらいは鈍いオレにだって分かる」
オレがそう言うと、彼女は慌てて、自分の顔を確認する。
その行動が既に、「誤魔化している」と認めたことになるのを気付いているのだろうか?
「今のその顔は、魔界に来る前と同じなんだよ」
あの時と……、今の彼女はその表情と雰囲気が重なりすぎたのだ。
「ふっ!?」
具体例を出したせいか、彼女は両手で顔を覆い隠そうとする。
そうはさせない。
オレは、彼女の両手首を握った。
「隠すな。全部、見せろ」
「なんで……?」
彼女は下を向きながら……。
「なんで、見せなきゃいけないのさ……?」
そんな弱気な言葉を口にした。
「最近のお前はいろいろ我慢しすぎなんだよ」
いや、最近だけじゃない。
彼女はずっとこの世界に来た時から、自分の感情を押さえ続けていた。
唯一、本音を出せるのは、白い紙の上だけ。
絵を描くという趣味に打ち込んでいる時だけは、彼女は、以前のようにその表情をくるくると変えるのだ。
「今は泣きたいんだろ? あの時の……、夜中の人間界で泣いたぐらい泣け。それぐらい、オレが許す」
「もう、あの時とは違うよぉ……」
目をそらしながらも、なんとか絞り出たその言葉で……、彼女が何を気にして我慢していたのかに気付く。
この国へ来て、彼女は魔力の封印を解いた。
そこにあったのは、オレよりも激しく強い風の魔力。
王族らしく理不尽なまでに暴力的に全てを巻き込む竜巻を纏う彼女が、今、感情を爆発させてしまえばどうなるか……。
それは、彼女でなくても予想は出来るだろう。
ああ、彼女は、それを恐れていたのだと、今更ながら理解する。
だから、オレは彼女に伝えることにした。
「この部屋には結界がある。それも、王族クラスでも抑える強力なものらしい。それは確認済みだ」
「ふ?」
大神官は言っていた。
我慢しすぎる彼女だから、適度に誰かが解放してあげる必要がある、と。
それは……、自分を守るのではなく、何かを攻める力。
魔法国家の王女では促せない部分。
「だから、遠慮なく泣け。大神官猊下にも許可はとってる」
両手を握ったまま、彼女に向かって告げる。
「きょ、恭哉兄ちゃんも……?」
「お前の風に対しては、兄貴よりもオレの方が耐性もある」
これだけは昔から負けてない。
オレが誇れる数少ない能力。
「だから……全部、受け止めてやる」
その言葉で、彼女の周囲から竜巻が起こった。
先ほどまでの食器や家具が舞い上がり、一瞬、片付けるべきかと迷ったが、今、一番大事なものに向かって、さらに踏み込む。
オレの世界に、この女より大事なものは存在しない。
「我慢してるから余計に辛いんだよ。ちゃんとオレに向かってぶち撒けろ! 喚き散らして全部、一緒に流しちまえ」
なんでもかんでも我慢してるんじゃねえ!
オレは全部受け止めてやる!
「じゃあ、また肩を貸してくれる?」
そんなオレの覚悟を受け止めてくれたのか。
彼女は泣き笑いのような顔を向けた。
「優しい言葉を期待すんなよ。オレにできるのは、お前を支えることぐらいだ」
そう言って、オレは、彼女を抱え込む。
小柄で弱弱しく見えるのに、誰よりも強くあろうとする黒髪の少女。
そんな彼女を昔から、オレは放っておけなくて……、誰よりも近くにいることを望んだのだ。
震えながらも彼女の手が、オレの服をぐっと掴む。
ここからだな……。
オレは、足を踏ん張り、その場に留まる。
さらに巻き起こる竜巻の渦に身体を持っていかれないように、彼女を押さえつけるように、しっかり抱き込んだ。
「わたしは……間違っちゃった……の、かな?」
轟音の中、彼女の囁くような声が聞こえた。
それは……、何に対して……だろうか?
「わたしが……彼らの、未来を、奪……っちゃったのかな?」
確かに結果だけ見れば、そうかもしれない。
だが……、その替わりにちゃんと守られた未来もオレは知っている。
あのまま、突き進んでも、きっと誰も救われることはなかった。
周囲だけではなく、当人たちも。
その当事者たちだって、きっと本当は分かっていたのだ。
このままでは何も変われないと。
だが、それでも諦めることができない思いがあった。
そんな領域までまで進んでしまったのだ。
今更、引き返せないとも思ったのかもしれない。
だから、それらを全て断ち切る強さを持つ人間を巻き込んだ。
少なくとも、オレは、そう思っている。
だから、言ってやるのだ。
いつまで経っても、自分に自信が持てない主の迷いを吹き飛ばすために。
いつものように「阿呆」と。
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