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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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合格発表

「はぁ……」


 合格者の番号が貼りだされた掲示板を見て、わたしは溜息を吐くしかない。


 白く大きな紙に、無機質な数字が羅列している。

 そこにあるのは、ただの数字。


 だが、この場に集まった者たちにとっては、人生を左右する数字でもある。


 それなりに勉強してきた。

 そして、自分なりに全力は出したつもりだった。


 その結果がコレでは、我ながらちょっと救われない。


「どうしたの? 高田。()()()()ってのに浮かない顔だね」


 ワカがわたしに声をかけてきた。


「ま、ちょっといろいろと考えることが多くってね」


 結論から言うと、わたしの番号はそこにちゃんとあった。

 つまり念願は叶い、確かに合格はしていたのだ。


 それ自体はすごく喜ばしいし、この一年の苦労が実を結んだのだと誇って良いと思う。


 だが、結局、この高校には通えないのだ。


 これについては、自分で決めたことなのだけど……、それでもちょっとやりきれないものはある。


 頑張ったのに、なんでこの高校に通うことができないのだろうって。


「ま、これから考えないといけないことが山積みだから思考を巡らせるのは仕方ないね。入学試験はスタートであって、ゴールじゃないんだから」


 ワカはそう言った。


 本当にこれがスタートになるのだったら、どんなに良かったのだろう。


 わたしにとっては、本来なら始まりになるはずのこの合格発表は、実質のゴールのようなものだった。


 これで区切りがついた……と。


 わたしはこれまでの生活を捨てて、魔界に行くと決めた。


 見知らぬ世界での生活は、ぼんやりと思い描いていた高校生活とは格段にかけ離れたものとなることだろう。


 そう考えれば、これまでのようにお気楽ではいられない。

 せめてもの救いは見知った顔が近くにいて、母親と離れずに済んだことぐらいだ。


「ところで、笹さんは? 付き合いだした途端、いつも呆れるぐらい一緒にいるバカップルになったキミたちのことだから、てっきり一緒に見に来ると思ったんだけど」


 浮かない顔のままだったわたしの気分を変えるように、ワカが話題転換を図ってくれた。


「知らない。今日は特に約束をしてなかったからね」

「あら、冷たい」

「特に連絡もなかったから、九十九は適当な時間に見に来るんじゃないかな」


 本当は、彼の身に何があったかを知っている。

 実は、九十九は起き上がることができなかったのだ。


 今朝、朝食の後片付けをしてから、そのまま倒れてしまった。


 意識はあったので、夢魔の影響が続いているというわけでもなく、単純に疲労困憊な状態らしい。


 少し休めば治るようなものだから、気にしないでくれと雄也先輩が言ってくれた。


 青い顔して倒れた彼を見て、多少の不安や気がかりはあったけれど、わたしが付き添った所で何ができるというわけでもない。


 それに本当の彼女というわけでもないのだ。

 そこまで一緒にいる理由はなかった。


 それで、わたしはワカとの約束を優先させることにしたのだ。

 元々先約だったしね。


「そうなの? なんか、笹さんって基本、高田にべったりだったから、今日みたいな不特定多数の生徒が集まるような場所ならいつも以上にぴっとりと張り付いているかと思ったんだけど……」


 そのワカの言葉から妖怪子泣き爺みたいに密着する九十九を想像してしまった。


「そんな密着する九十九はヤダなぁ……」

「あら、スキンシップは男女交際に必須でしょ? 愛情を深めるためには、言葉も大切だけど、やっぱり触れ合いが一番でしてよ?」


 ワカがポッと頬を染めながら、そんなことを言う。


 あらあら、意外と純情なところがあるのねと騙されてはいけない。


 これは、かなり演技が入っている。


「でも、笹さんって見かけによらず、結構マメよね~。付き合っている彼女が結構、学校離れているのに毎日通い夫するなんて、平安時代か? まあ、他生徒……主に男子生徒への牽制の意味もあるんだろうけど……」


 わたしの冷めた視線に気付いたのか、ワカは九十九を上げる方向に切り替えたようだ。


 確かに、牽制という言葉は間違っていない。


 ただ、その対象が他の男子生徒じゃなく、もっと異質なものに対してというところが世間一般での彼氏彼女の関係とは大きく異なる。


 でも、事情を知らない他人から見れば、かなりマメに見えることだろう。

 彼女を溺愛する過保護な彼氏?


 ……いやいや、現実は仕事ですよ、お仕事。


 でも、九十九は本物の彼女ができても、基本的にお仕事優先するって言ってたよね?


 そう考えると、彼の未来の彼女さんは可哀想だなと思わなくもない。


「なるほど……、それで、高田が元気ないわけか。笹さんいなくて淋しいんだね?」


 ワカがわたしを慰めるように、頭を撫でる。


「淋しいというか……、不安というか……?」

「おや、素直。でも、意外と高田も依存心が強いのね」

「これって、依存……? なのかな?」


 傍目にはワカが言うように依存にしか見えないだろう。


 彼氏がそばにいないだけで不安とか、どんな甘ったれたお嬢さんなのでしょうか?

 でも、そんな心境になるのは仕方がないと思う。


 わたしはいつ、また魔界人から襲撃があるか分からないのでビクビクしているのだ。


 誰が好き好んで卒業式のような目に遭いたいと思うものか。

 痛いし怖いし、良いことは何もないのだ。


 前回の反省を教訓に、念のため通信珠はしっかり持参している。


 でも、朝見た九十九の様子では、いつものように飛んできてくるとは思えない。


 雄也先輩は何も気にしないで大丈夫って、言ってくれたけど、九十九という御守(おまもり)がないだけでこんなに不安になるなんて思いもしなかった。


 わたしはいつから弱くなってしまったのだろう……?


 いや、人外の脅威に対する反応としては一般的だと思うのですよ?


 そんなことを考えていた時だった。


「高田さん、ちょっと良いかな」


 聞き覚えはあるが、直接、話したことはなかったと思う声が聞こえた気がした。

 だから、その声が「高田さん」と呼びかけたのも多分、気のせいだろう。


「た、高田? どうしたの?」

「へ?」

「人から呼ばれてるのに返事もしない子に育てた覚えはおね~さん、ないわよ」


 ワカの声でようやく顔を上げる。

 そこには、校内で何度か見たことのある顔があった。


「ちょっと良いかな? キミと話したいことがあって……」


 その人物は周囲の目を気にするようにどこかソワソワしている。


「笹さんがいないってのは、ある意味、天恵かもね。ここで話せないような話なら、場所を変えたら? 私は近くの本屋で待ってるから」


 そう言いながら、ワカはさっさとわたしを置いて、門へと向かった。


 その後姿をぼんやりと見送って、わたしは話しかけてきた相手へ顔を向ける。


「話って?」


 わたしはとりあえず話を聞くことにする。


「ここは人目があるから、場所を変えてもいいかな?」


 今までまともに話したことがない人間と2人きりになるよりは、人目に付く方がわたしには良いと思うのだけど……。


 だが、話の内容についてある程度見当がついているだけに、ここで話しにくいというのも分かる。


 そして、相手の機嫌を損ねるのも得策じゃない。


 それにわたしも話をしておきたかった。

 そこまで親しくなかったから、どう接触すれば良いのか考えていただけ。


「別に構わないよ。でも、どこに行く? わたし、この高校はあまり詳しくないんだけど」


 できるだけ、余裕を見せて笑う努力をする。


 ぎこちない顔をしてなかっただろうか?

 自分ではよく分からない。


 相手に、自分の動揺は(さと)らせちゃいけない。

 交渉の基本は無表情か、余裕があれば笑顔で、とワカも高瀬もよく言っている。


 わたしは、彼女たちほど神経が太くないけれど、今は誰の助けもなかった。

 この状況に対して、たった一人で乗り切らなければいけないのだ。


「この近くに静かで話しやすいところがあるから、案内するよ」


 そう言って、相手は先を歩き出した。


 先ほどの台詞にしても……。


 あれ?

 もしかして、この状況って、かなりよろしくないのかな?


 わたしは今更ながら、ワカと離れたことを後悔するのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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