二人だけの話
―――― 勝手な話だ。
真央さんから話を聞いた時、最初に思い浮かんだのはそんな感想だった。
普通に考えても、王族の発想とは思えないほど、穴が空きまくった稚拙な計画。
しかも巻き込んだ相手が悪すぎて、でかすぎる風穴まで開けられるとは「ざまぁみろ」以外の言葉もなかった。
それだけ追い詰められたと言えばそれまでだが、そこに同情する余地は一切ない。
確かに、気の毒な身の上だとは思うが、上に立つ者だというのに、周りを省みない浅慮な感覚はどうかと思う。
いや……、自国の王子を思い出せば、上に立つ人間に対して、下の者が、何を期待するのだという話でもあるのだが。
それでも……、目の前の少女は傷ついてしまう。
顔には出さない。
表面の体内魔気もしっかり押さえきっている。
それでも……、相手に同情してしまって、傷心するのだ。
誰にも関わらなければ、傷つくこともない。
どちらかと言えば、オレも、恐らく兄貴もそれを望んでいる。
それでも、人間が好きな彼女は全力で周囲の人間たちに体当たりをして……、自ら傷を増やしていく。
その生きざまはある意味ドMとしか思えない。
「ツクモ……」
兄貴を部屋へ投げた後、高田を待たせている部屋に戻ったら、リヒトとともに彼女の傍にいたトルクスタン王子から声を掛けられた。
水尾さんは、真央さんと話があるとかで既にいなかった。
大神官は、部屋の後片付けをしてくれている。
あんな話を聞かされることになったこの方も、いろいろと思うところはあるだろうけど、一切、口を挟むことはなく、静かに話を聞いていた。
この王子がしっかりしていれば、兄王子を止められたのではないか? とも思ったが、無駄だろうな。
暴走する兄を止められる弟など多くはない。
「シオリと二人で話がしたい。許可をくれないか?」
「ダメです」
あんな話の後、何故、それが許されると思うのか?
その神経はある意味、称賛に値することだろう。
「リヒトはツクモが良ければ構わないと言ってくれたが……」
「それは、オレが許可をしないことを知っているからでしょう」
長耳族であるリヒトはオレの心を読める。
だから、絶対に許可を出さないことが分かっているだろう。
「九十九……。悪いけど、ここで待てってくれる? 大神官さまに隣室をお借りしたから、そこでお話ししてくる」
「おいこら」
なんで、お前が許可するんだ?
『諦めろ』
リヒトがオレの肩を叩く。
「おいこら! お前も裏切り者か!?」
『裏切ってはない。俺はシオリの意思に従っているだけだが?』
こいつがそう言う以上、高田は考えを変える気はないのだろう。
もしくは……、それだけ、トルクスタン王子の話が重要だということか。
「分かった。ここで、待機している。何かあったら、叫べ」
「トルクスタン王子殿下は、そんな人じゃないよ?」
この女はあれだけの目にあってもその身内すら庇おうとする。
どれだけおめでたいんだ?
『諦めろ』
「分かってるよ!」
再度、リヒトに向かって、反射的に怒鳴りたくなるオレの気持ちも分かってほしい。
****
『聞き耳を立てるのは構わんが、会話の邪魔だけはするなよ』
「……分かってるよ」
本当に兄貴に似てきたよな、こいつ。
『本当は、ユーヤもこの場にいたいはずだ』
「それも……、分かってる」
今頃、兄貴は激痛にのた打ち回っていることだろう。
一時的に痛みを紛らわすことができても、無理した分だけ、振り子のように揺り返し、その激痛は律儀に戻ってくるらしい。
それが分かっていても、あの場に立ち会いたかった気持ちは分かる。
オレだって同じように望むだろう。
だが、少しぐらい痛い時は「痛い」と言えば良いのに、最後まで零さなかった。
オレが部屋の布団に転がしても、一言も漏らさなかったのだ。
虚勢もそこまで張れば立派だと思う。
兄ってやつはどいつもこいつも救いようがないよな。
*****
「本当に、迷惑をかけたな」
トルクスタン王子は、高田に向かってそう言葉をかけた。
彼女は溜息を吐きながら、まったくですよ、と答える。
だが、言葉と態度の割に、王子に対して不快感はないように見えた。
「俺は……、本当に知らなかったのだ」
もし、本当にそうだとしても、それが許される理由にはならないことは、彼自身も知っているのだろう。
だから、彼女のまっすぐな顔を見ることができないのだ。
「顔に出るから、トルクスタン王子殿下には知らされなかったのでは?」
だけど、そんなことを気にしてくれるような少女なら、オレも苦労はない。
「なかなかきついことを言う」
王子は苦笑するが、彼女は気にせず、言葉を続ける。
「ミオルカ王女殿下と、マオリア王女殿下ほどではないかと」
「……あの二人のようにはならないでくれ、頼むから」
確かにあの二人のようになられても困るだろう。
主に、オレが……。
そんなオレの気持ちが届いてしまったのか……。
彼女はこんな風に切り出した。
「ところで……、わたしの護衛に場を外させてまで、話したい内容とは?」
「この状況を……、場を外させたと言うのか?」
まあ……、当然ながら気付かれているよな。
「少なくとも……、会話の聞こえない距離を保っているだけマシじゃないですか? 向けられている警戒心は、トルクスタン王子殿下に向けられているだけですし、他の人間に害はないから大丈夫でしょう?」
「いや、俺に向けられているところが、問題なのではないか?」
「警戒で済んでいるだけマシですよ。九十九は、その気になれば殺気を放ちます」
放つだけだぞ。
本気で殺す気は全然ないからな。
「……それ、笑顔で言うことではないよな?」
「……確かに、そうですね。ちょっと、感覚がミオルカ王女殿下に似てきちゃったかな」
頼むから似ないでくれ……と心底願いたい。
水尾さんのようなタイプは一人で十分だ。
だけど、それらの会話である程度、様子見は終わったのだろう。
トルクスタン王子がようやく、本題に入った。
「シオリは……、俺の妻になる気はあるか?」
「ないです」
始めから分かっていたかのように、間髪入れず、彼女は断った。
いや、もうちょっと悩めよ……。
自分が言われたわけでは、なくても、悲しくなるじゃないか。
だけど、その思い切りの良さが彼女らしくてほっとしてしまう。
「いや、個人的には、トルクスタン王子殿下のお顔って、かなり好みなのですよ? 見ているだけで、ドキドキします。性格も嫌いじゃないです」
そうだったのか?
あまりそんな風には見えなかった。
……そうなのか?
「だけど……好きかと言われたら、『何か違う』と思ってしまうのです」
「これは手厳しいな」
あまりにも見事に断った。
好みの顔で、ドキドキもするのに、好きにならないなんて、彼女の感覚はどこか普通じゃないのだろうか?
「わたしを通して誰かを見るのは勘弁していただきたいですから」
「!?」
思わず、オレは自分の胸を押さえた。
特に意味はない。
だが……、自分の心臓は間違いなく、彼女の言葉で跳ね上がったのだ。
それをリヒトは黙って見ている。
いや、何も言わないでいてくれた。
「シオリは……気付いて……?」
「どこのどなたかは存じませんが、恐らく、そうではないかな? と。似たような瞳を知っているもので……」
彼女は穏やかに微笑んだ。
それは……、オレが知らない年相応の笑みだった。
「参った。俺が思っていた以上に、シオリは良い女だった」
「それは光栄です」
そう言いながら、彼女は、両手を交差させて手のひらを首元に当て、深々と礼をした。
それは、膝こそついてはいなかったが、カルセオラリアの最上級の謝罪である。
彼女が謝る必要は何一つとしてないが、王族からの申し出を断るなど、普通は許されるはずがない。
まあ……、普通なら。
「シオリではなく、俺が謝る方ではないか?」
「いいえ。わたしには公式的に身分がありません。ですから、断ること自体が非礼だと分かっています。ただ……王子殿下が想い人と添い遂げられるよう、お祈りいたします」
彼女はそう言ったのだった。
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