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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家の傷跡編 ~

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何か違う

「本当に、迷惑をかけたな」


 全ての話が終わった後、大神官より許可を得て、大聖堂の一室を借りた。


 そして、目の前の小柄な少女に声をかける。


 肩にかかる黒い髪、大きく真っすぐな黒い瞳の少女は溜息を吐きながら……。


「まったくですよ」


 そう答えた。


 口調こそ丁寧ではあるが、少なくとも、一国の王子に対する態度ではない。


 だが……、もともとそれを許してはいた。


 さらに、その丁寧な口調も、改めてくれると嬉しいと思う程度には、俺は彼女を気に入っているのだ。


「俺は……本当に何も知らなかったのだ」


 兄が隠していたこと。


 玉座の背後に隠された地下の部屋を使えるのは、王妃だった母亡き今では、国王陛下と王位継承権第一位である兄上だけだった。


 俺は出入り口の使い方すら知らなかったのだ。


 だから、何故、あの褐色肌の少年が、城の地下への最終的な鍵のことを知っていたかは分からないが、俺は、何も知らされていないような、その程度の人間である。


「顔に出るから、トルクスタン王子殿下には知らされなかったのでは?」

「なかなかきついことを言う」

「ミオルカ王女殿下と、マオリア王女殿下ほどではないかと」

「あの二人のようにはならないでくれ、頼むから」


 少女が笑いながら、幼馴染の名を口にする。


 あの幼馴染たちは、王族の滞在する場所として、俺がいるカルセオラリアを選ぶかと思えば、何故か、人間界と呼ばれる場所に行ったという。


 大気魔気が薄い世界。


 魔法を使う必要が全くないという不思議な場所で、あの双子は、この少女と出会ったそうだ。


「ところで……、わたしの護衛に場を外させてまで、話したい内容とは?」


 少女は邪気のない顔で笑いかける。


「この状況を……、場を外させたと言うのか?」

「少なくとも、会話の聞こえない距離を保っているだけマシじゃないですか?」


 先ほどから、肌がヒリつくような風の気配が、二種類ほど感じられる。


 どうやら隠すつもりはないようなので、ただの威嚇だと分かっていても……、自分に向けられている感覚は本能的に無視できないものがある。


「向けられている警戒心は、トルクスタン王子殿下に向けられているだけですし、他の人間に害はないから大丈夫でしょう?」

「いや、俺に向けられているところが、問題なのではないか?」

「警戒で済んでいるだけマシですよ。九十九は、その気になれば殺気を放ちます」

「……それ、笑顔で言うことではないよな?」

「……確かに、そうですね。ちょっと、感覚がミオルカ王女殿下に似てきちゃったようです」


 さらりと言うが、その感覚が可笑しいことに気付いて欲しい。


 そもそも、魔法国家の王女と似たような感性というのは、普通では考えられないことでもある……とも。


 しかし、護衛たちにしてみれば、大事な主が今回の事件の首謀者の身内である以上、多少の警戒は仕方がないかもしれない。


 しかも怒りの矛先を向けたい相手は既にこの世にいないのだ。


 行き場のない八つ当たりに似た感情を、その弟に向けるしかないと言うのは分かりたくないが、受け止めるしかないのだろう。


 そして、この先……、国へ戻れば嫌でも同じことが起こるのだ。

 城下の国民まで巻き込んでしまった王族として。


「シオリは……、俺の妻になる気はあるか?」

「ないです」


 本当に即答だった。


 そのあまりの早さに思わず苦笑する。


「いや、個人的には、トルクスタン王子殿下のお顔って、かなり好みなのですよ? 見ているだけで、ドキドキします。性格も嫌いじゃないです」


 黒髪の少女は少し照れたようにそう言った。


「だけど……、好きかと言われたら、『何か違う』と思ってしまうのです」

「これは手厳しいな」


 下手な誤魔化しも、巧みな駆け引きもなく、真っすぐにそう告げる彼女。


 だが、そこは俺としても好ましい。

 だから……、少し残念に思えた。


「わたしを通して誰かを見るのは勘弁していただきたいですから」

「!?」


 思わず、自分の口元を抑えるしかできなかった。


「シオリは……気付いて……?」

「どこのどなたかは存じませんが、恐らく、そうではないかな? と。似たような瞳を知っているもので……」


 そう言って、少女はふんわりと笑う。


 ああ、その顔は確かに似ていた。


「参った。俺が思っていた以上に、シオリは良い女だった」

「それは光栄です」


 そう言いながら、彼女は、両手を交差させて手のひらを首元に当て、深々と礼をする。


 それは、膝こそついてはいなかったが、カルセオラリアの最上級の謝罪。


「シオリではなく、俺が謝る方ではないか?」


 想い人と重ねながら、求婚するなど、相手に対して失礼な行為だとは思う。


「いいえ。わたしには公式的に身分がありません。ですから、断ること自体が非礼だと分かっています。ただ……王子殿下が想い人と添い遂げられるよう、お祈りいたします」


 神妙に言う少女。


 だが、残念ながら彼女の祈りは届くことはない。


「ああ、それは無理だ」

「……そうなのですか?」

「俺が焦がれた人間は、初めて会った時から、婚約者がいたからな」


 それも……かなり凶悪な番犬だった。


 見惚れた瞬間、笑顔で剣を突き付けられたのは、初めてだったと思う。


「それは……、次の出会いに期待するしかないですね」


 少女は気まずそうに視線を逸らしながらも、俺に言葉をかける。


 だから、俺は彼女に笑いながら言った。


「これが、次の出会いかと思ったよ」


 それは本当のことだった。


 前の出会いから、傷が癒えた頃、友人を伴って現れたこの少女は、知れば知るほど、心を惹かれていったのだから。

 

「ご期待に添えず、申し訳ございません」


 俺の言葉に動揺することなく、その少女は丁寧に頭を下げた。

 そう言われては、何も言えない。


 黒い髪、黒い瞳の小柄な少女。

 そのか弱き外見からは想像もできないほどの、力強さに惹かれたことは間違いない。


 素直で優しく、他人のために手を伸ばすことに迷いを見せない彼女。

 自分の隣に立ってくれたら、どれだけ、心強いことだろうか。


「一つだけ……、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「確認?」

「その……、わたしを妻にと望んでくださったのは、わたし自身と従者、どちらを望まれてのことでしょうか?」

「従者?」


 聞き返してはみたが、その言葉で、なんとなく彼女の言いたいことを理解する。


「なるほど……、ツクモやユーヤ目当てかもと疑われたか」

「優秀な従者を持っていると自覚していますから。カルセオラリアの復興を含めて、彼らのような人間がいた方が、良いことも理解はできますし」


 それでも、その明るい表情からは、心底疑っている様子もなかった。


 単純に、反応を確認されているだけなのだろう。


「確かにヤツらは優秀だが、俺では御しきれないせいか、考え付きもしなかった」

「トルクスタン王子殿下は正直ですね」


 俺の今の言葉をどう捉えたのか……。目の前の少女はごく自然にそう言って笑う。


 俺では制御できない男たちは……、彼女の指示には従う。


 ありふれた小さな願いから、途方もなく大きな望みまで、その命すら、いとも簡単に投げ出せるほど。


 それが、どれだけのことか分かっているのだろうか?


 いや、この少女は俺以上に分かっているのだろう。

 だから、彼女自身もその命をかけることに迷いはない。


「シオリは……、大変だな」

「それは何故でしょうか?」

「ああ、いや……、違う」


 大変なのは、彼女ではないのだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 心底そう思えてしまう。


 少なくとも、彼女を護る男たちを越えられないまでも、並ぶ必要はあるだろう。


 彼らがある程度、納得しないことには、恐らく、彼女の近くに寄る権利さえ得ることができない。


 今回の俺が、この場所にいるのは運もある。

 実力では恐らく、認められはしなかった。


「横に立とうとする男? 九十九のことですか?」


 シオリは純粋な疑問を浮かべただけだ。


 だが、最初に彼女の口から出てきた名前は兄ではなく、弟の名だった。

 それだけ、弟の方が彼女に近いのだろう。


「いや、恋人になる男……のことだな」

「こいびと……?」


 まるで、初めて聞く単語のように、彼女は首を傾げた。


「わたしから縁遠い言葉すぎますね」


 困った顔をしながら、溜息を吐く。


「……そうなのか? シオリは可愛らしいのに。勿体ないな」

「うぉ?」


 それまで、動揺を見せることがなかった彼女は、何故か、奇妙な言葉を口にした後、その顔を真っ赤にした。


 その変化が意外過ぎて少々、驚く。


「シオリ?」

「あ、すみません。そこまでストレートに褒められたことが久し振りすぎて、つい……」


 そう言いながら、紅くなった顔を冷まそうと、右手で仰ぎ始める。


「それでも、わたしにそう言ってくださって嬉しいです。『トルクスタン=スラフ=カルセオラリア』王子殿下」


 彼女は優雅に一礼した。


 そのどこか慣れた仕草に……、これだけの少女が大衆の中に埋もれたままというのは無理だと思える。


 恐らく、当人や従者たちの意思はなくても、嫌でも表に出る時が来るだろう。


 周囲を見捨てられない彼女の性格上、どうしてもその行動は目立ってしまうのだ。

 そして、厄介なことに、それを何とかしてしまう程度に力があるから仕方ない。


 同時に、それはあの従者の少年も同じことだ。


 彼も周囲を見捨てられなかった。

 それは、兄の誘導もあったのだろうけど、恐らくは、兄の期待以上のことをしている。


 だからこそ、情報国家の王子に見つかってしまった。


 この少女とあの少年は、そう遠くない未来に、表舞台に立たされることになるのだろう。


 その時、俺は……、せめてこの娘の笑顔が曇らない程度のことはしてあげたいと思ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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