原因不明の病
「今回の話の始まりは……、数年前。この国で原因不明の熱病が流行ったことから始まるんだ」
真央先輩はそう切り出した。
「数年前、カルセオラリア城内を中心に流行った熱病か……。幸い、封鎖が早く、国外には広まらなかったと聞いている」
雄也先輩がそう答える。
「お前……、よく覚えてるな、そんなこと」
トルクスタン王子が感心するが……。
「『助けてくれ』と、泣きつかれたからな。どこかの国のバカ王子に」
その答えでいろいろ台無しである。
「あ~、数年前と言えば……、兄貴が中学生の頃、人間界で医学書を、読み漁っていた時期があったよな? それって、もしかして、そのためか?」
さらに……、九十九がそんなことを言った。
その言葉で、トルクスタン王子は輝かんばかりの笑顔を雄也先輩に向けたが……。
「我が国に病原体が侵入されては困るからな。その対応策を考えるためだ」
そう素気無く彼は言葉を返す。
「カルセオラリアの国境封鎖は、イースターカクタスからの指示だったと聞きました。でも、病原を城と特定した後の隔離行動はセントポーリアから助言という形で、それも、情報国家が指示を出す前だったことはご存じですか? 先輩」
真央先輩はにこやかに笑いながらそう言った。
「知っているよ、我が国の国王陛下がカルセオラリア国王陛下に自らお伝えしたらしいからね。でも、それは、トルクスタンが俺に泣きつく前だったと記憶しているよ」
そう返す雄也先輩。
その口調から、彼は笑顔だろうと思うが……、なんとなく寒気がして、横を向けない。
それでも、真央先輩は笑みを崩さない。
「トルク……、その熱病の特徴は?」
だが、水尾先輩は何故か、トルクスタン王子に鋭い顔を向けた。
話が横道に逸れたから、だろうか?
「俺はそこにいなかったから詳しくは知らんが、頭痛、高熱、喉と顔の痛み……。だが、最大の特徴は、片側か両側の頬が腫れた人間が多かったそうだ」
……あれ?
頬の腫れ?
その特徴って、人間界の病気に似ているような?
「流行性耳下腺炎……か?」
九十九が呟いた。
なんですか?
それ……。
わたしが知っている病気とは違うの?
「流行性耳下腺炎は人間界で聞いた病気の一つで、ムンプスウイルスと呼ばれるウイルスによる感染症のことだ。2、3週間の潜伏期間の後に、高熱が出て、片側あるいは両側の耳の下の部分……、つまり頬に近い場所腫れて痛む病気だと聞いている」
わたしの見上げる視線を感じたのか、九十九は、解説を続けてくれる。
「むんぷす……、やっぱり、おたふくかぜのこと?」
新聞で見た時、どことなく可愛い名前のウイルスだと思った覚えがある。
「それは俗称」
「そうだったのか……」
そんな医学的知識がわたしにあるわけないじゃない。
何より、分かりやすい俗称の方が、人間界でも浸透していたし。
「「なるほど……」」
水尾先輩と雄也先輩が同時に呟いたのが聞こえた。
そのことに、水尾先輩が片眉を器用に動かしたのが見える。
「その名称についてはともかく……、その熱病が全ての始まり……で間違いないと思う。少なくとも、ウィル……、第一王子殿下は、そう思っていたみたいだよ」
思わぬ言葉が出てきて、わたしは顔に出しかける。
えっと……?
おたふくかぜと、第一王子のつながりが分かりません。
「私は人間界にいたし、その現場に居合わせなかったけれど、本当に大変だったらしい。その辺りは、私より、トルクの方が詳しいんじゃないかな」
「俺も詳しくはない。セントポーリアにいた時期だったからな。暫くは絶対に帰って来るなと連絡があって、わけが分からないうちに、熱病が蔓延していたという話だけが届いた。そこで、ユーヤに話したんだ」
何故にセントポーリア?
……ああ、彼は、五年間の他国生活で、セントポーリアを滞在場所に選んだのか。
「私が聞いた話では、始まりは、子供からだったらしい。病気に対する抵抗力が弱かったからだろうね。次々に感染して、気が付いた時には城の中で爆発的に広がっていたそうだよ」
「城内で……、留まったのですか?」
九十九がトルクスタン王子に尋ねる。
薬師志望の少年は、何かが気になったらしい。
「最初の感染者は城内でも身分の高い子供だった。そのために特定の人間しか接しない完全看護だったらしい。結果として、それが、隔離みたいな状態になったのかな。だから、すぐに感染爆発は起きなかったようだよ」
その話を聞いていたのか、真央先輩が代わりに答える。
「……その特定の人間たちから、広まったということですね」
「そうなるね。時間差は確かにあったけど、特徴的な症状だったから同じ病気だったことは早い段階で分かったらしい」
本当におたふくかぜみたいな病気なら……、見た目にも分かりやすいかもしれない。
自分はなったことはないし予防接種も受けているけど、すっごくほっぺたが腫れるらしいから。
「城が封鎖されたのは、最初の患者の発熱から三日後。それから一週間で、情報国家の国境封鎖指示。原因究明よりそちらを優先させたために、この世界で発生した伝染性の病気にしては、かなり早い段階で食い止めたらしいよ。不自然なくらいにね」
この世界は、医学が発達していない。
だから、その状況で、すぐに城の封鎖や国境の封鎖に動いたというのは確かに凄いことかもしれない。
「そのためか、一時はセントポーリアの陰謀説もあったぐらいだよ。分かっていたから、指示が早かったんじゃないか? ……ってね」
どうしてそうなる?
いや、医学の知識がなければ、そうなる……のか?
「勿論、そんなことがあるはずもない。その当時、カルセオラリア国王陛下は、第二王子の滞在を許すぐらいセントポーリア国王陛下の誠実なお人柄を信じていた。さらにその後、妹であるメルリクアン王女も滞在する。でも……、勝手なことを言いだす人間はどうしてもいるんだよね」
そう言いながら、真央先輩は苦笑する。
どうやら、彼女も含めて、カルセオラリアの王族たちは、セントポーリア王の人柄を悪くないものとして受け止めてくれているらしい。
そのことに少しだけ嬉しくなってしまうのは何故だろうね?
「マオ、もっと簡潔に話せ。流行り病と今回の事件の結びつきが分からん」
水尾先輩は少し、苛立った様子を見せる。
「せっかちなのは本当に変わらないね、ミオ」
真央先輩は薄く笑う。
「でも、先輩は、さっきの話だけである程度、気付いたみたいだよ。多分、すぐに病名に思い至った九十九くんも……かな」
なんですと!?
わたしは真横にいる雄也先輩が難しい顔になっていることは気付いていた。
だけど、九十九まで今の話だけで分かるの?
なんで?
「でも、高田とミオにはこれだけじゃ伝わらないみたいだから、もう少し、話をさせてね」
真央先輩はそう言って、言葉を続ける。
「熱病自体は、国内でなんとか終息した。ただ……、問題はその後。人間界で合併症と呼ばれるものだった」
「九十九、流行性耳下腺炎の合併症を言え」
真央先輩の言葉を聞いて、すかさず雄也先輩が九十九に言った。
「は? なんでオレ?」
いきなり話を振られた九十九は、困惑する。
「人間界の病気に関することは、お前の方が詳しい」
……あれ? そうなの? と思うよりも、何故、それを雄也先輩が知っているのか? という方が気になった。
「全年齢で一番多いのは、重症軽症も含めると、無菌性髄膜炎。他には膵炎、数は少ないが脳炎や生涯治らない難聴もある。ただし、成長期以後には……」
そこで、何故か少し九十九は言い淀んだが、言葉を続ける。
「成長期以後の男がかかると2割から4割程度の高い確率で、精巣炎に。女の方はそこまで高くないけど、卵巣炎にかかることもある」
……は?
今……、九十九が言った単語は、凄く剣呑な響きがある合併症名しかなかった気がする。
「今、彼が言ってくれたように、その熱病は、同時に様々な合併症を引き起こした。分かりやすいのは、耳が聞こえなったり、妊婦が流産したり、女性では不正出血とかも報告に上がっているのは見たよ。本当に、酷い状況だったことが報告書だけでも分かった」
真央先輩が何か言っていることは分かる。
でも……、わたしの中は別のことに意識を割かれてしまった。
この国で、熱病が流行った時……、幸い、第二王子であるトルクスタン王子は他国にいた。
でも……、第一王子のウィルクス王子は?
そして……、その結果、どうなった?
「それは、王族も例外ではなかった。国王陛下は高熱程度で済んだけど……、王妃殿下は胸痛や呼吸困難を訴えながら亡くなった」
王妃が亡くなっていたことは知っていたけど、その原因が「おたふくかぜ」なんて思わなかった。
「心筋炎……。稀な合併症か」
九十九が呟く。
「そして、第一王子である『ウィルクス=イアナ=カルセオラリア』も罹患して……、王族として致命的な傷を負ったんだよ」
今の時期的にこの話はどうかとも思わなくもなかったのですが、設定的に、ここを削ることはできませんでした。
病名は違いますが、「流行り病」と言う単語で、もし、不快に思われた方がいたら、誠に申し訳ございません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




