誰かのせいに
「来たか、ミオ……。それにシオリも……」
大聖堂の地下にある契約の間に来た時、最初に声をかけてきたのはトルクスタン王子だった。
そこで、トルクスタン王子はわたしを見た後、何故か周囲を見る。
「……シオリが、ツクモと一緒にいないのはどこか不思議な気がするな」
先ほども同じような台詞を聞いた気がする。
わたしがそんなことを思っていたせいか、トルクスタン王子が慌てて言葉を付け加える。
「い、いや、気を悪くしたなら、すまん。カルセオラリアでは、シオリと会う時はほとんどツクモと一緒にいたから、つい……」
「言われてみれば……そうですね」
確かに、トルクスタン王子に会う時は、ほとんど九十九が傍にいた。
それだけ、九十九がカルセオラリア城内で、周囲を警戒していたということだろう。
そして、こんなことになってしまったことからも、彼のその警戒はそこまで的外れな行動でもなかったのかもしれない。
「その九十九はまだか?」
水尾先輩が尋ねる。
「ああ、ユーヤを連れてくるそうだ」
言われてみると、確かにリヒトを含めた三人の姿はなかった。
「トルクが連れてくるところじゃなかったのか?」
「そのつもりだったが、ユーヤから断られた。『たまにはツクモに恩を売らせてやる』そうだ」
「その言い方だと、どっちが恩を売っているのか分からん」
どこか呆れたような水尾先輩の言葉に、思わずわたしも同意したくなった。
契約の間の奥には恭哉兄ちゃんと、真央先輩がいた。
そこには円卓がセッティングされていて、そこで話をするつもりのようだ。
真央先輩は既に座って、こちらを見ていた。
「思ったより、元気そうなツラじゃねえか」
水尾先輩が声をかける。
「私が倒れたのは疲労だからね。ぐっすり眠れた分、体調はすこぶる元気だよ」
笑顔で応える真央先輩。
「それなら、話の途中で、うっかり私の魔法が暴発しても、文句は言わないな?」
「いや、ミオの魔法が暴発したら、流石に文句の一つぐらいは言わせてくれないかな」
どこかギスギスした様子の二人。
お互いに言いたいことが山ほどあるのだろう。
特に水尾先輩は相手が自分の双子の姉だと言うのに、敵意を隠していない。
「言いたいことがあるのは分かっているから、少し、ミオは黙っていてくれる? 被害者は、貴女だけじゃないでしょう?」
「ちゃんと話すんだろうな?」
「私が知る範囲だけになるけどね。知らないところまでは話せないよ」
その言葉に苛立ったのか、水尾先輩の顔が分かりやすく怒りの表情に変わる。
水尾先輩は直情的に見えるけど、基本的にそれはある程度、心を許した人の前だけだ。
見知らぬ他人の前で感情を出すほど、彼女はわたしのように幼くはない。
でも……気を許した相手にはとことん感情をぶちまける人でもある。
今の、真央先輩に対する水尾先輩は、隠しきれないほどの怒りで溢れていた。
「あれ?」
そんな剣呑な雰囲気をぶち壊すような声。
「やっぱり、一番遅くなったじゃねえか。兄貴が髪の毛なんか気にしているから! 動けねえ人間の頭なんか、誰も気にしねえってのに」
「そう言うお前は茶菓子のことを気にしてただろうが。それこそどうでも良いことだ」
『……どちらも重なった結果だと思うぞ』
黒髪三人衆の登場。
同じ兄弟姉妹間の言い争いでも、先ほどのものとは、随分、雰囲気が違う。
そして、彼らの登場によりこの場の空気が一気に変わったことだけははっきり分かった。
「やはり、俺が迎えに行った方が良かったか?」
トルクスタン王子が気を遣って九十九に声をかける。
「いや、大丈夫です。でも兄貴、少し太っただろ? 今は、六十……」
「兄の個人情報を躊躇なく漏らそうとするな。それに、それでもお前よりは軽いはずだ」
「身長がオレの方が高いんだから、重くなるのは当たり前だ」
「誤差の範囲の違いだろうが」
「いい加減に認めろ。2センチの違いは誤差とは言わん」
トルクスタン王子の気遣いは無駄だったようだ。
九十九は雄也先輩をおんぶをして登場した。
ここに来る前の運び方でも、いろいろもめていたのかもしれない。
でも、そんな状態で、地下へ降りる階段を使うのは辛かったと思うのだが、彼はいつものようにけろりとしていた。
そして、お姫様抱っこではなくて良かった……となんとなく思う。
そこそこ体格の良い男兄弟でその図はいくらなんでもないだろう。
そんなものを見せられても誰も喜ばない。
しかし……、九十九はわたしだけではなく、雄也先輩の体重も把握していたのか。
便利だけど、やっぱり怖いね。
いつ、その極秘であるはずの個人情報が、誰かに漏洩してしまうのかも分からない部分も含めて。
「九十九さん、雄也さんをこちらに」
先ほどまで空気に徹していた恭哉兄ちゃんも、流石に声をかける。
「あ、はい。ほら、降りろ、兄貴」
九十九は恭哉兄ちゃんには笑顔で答え、雄也先輩をぞんざいに扱う。
彼らを見ていていつも思うけど……、男兄弟って激しいよね。
ただ、お互いにいろいろと言い合いながらも、雄也先輩を椅子に降ろした後に、九十九はその周囲に置くクッションなどを丁寧に整えたりしているし、雄也先輩も素直に従ってはいるので、この兄弟は仲が悪いわけではないのだろう。
お互いの単純に口が悪いだけだ。
リヒトも、九十九の手伝いをしていた。
あの兄弟のやりとりの傍にいるのは居心地が悪いのではないだろうか?
「高田、こっちに来れるか?」
「うん」
九十九に声を掛けられ、わたしはそちらに向かう。
「オレたちはこちらに集まっていた方が、あっちも話しやすいだろう」
円卓を囲み、雄也先輩の両脇にわたしとリヒトが着席する。
「九十九は?」
わたしの横の椅子に座る様子がない少年に声をかける。
「悪いが、オレはお前の後ろに立っておく。動ける人間がいた方が良いだろ?」
「給仕的な意味で?」
「……お前、本気でオレを専属料理人って思ってないか?」
なるほど、護衛ということらしい。
『あと、水尾さんの動きが読めないからな』
ボソリと耳元で九十九は囁くように言った。
向かい側に座っている真央先輩の近くの椅子にトルクスタン王子が並んで座る。
水尾先輩は、空いているその間の席に座った。
立会人をしてくれるという恭哉兄ちゃんは、少し離れた場所、入り口の方で立っているそうだ。
彼は、大神官のお仕事もあるし、忙しいだろうから、あまり長時間付き合わせないようにしないとね。
****
「マオから話をする前に……」
そう言いながら、トルクスタン王子が席を立って、こちらに来た。
真央先輩もその後に続く。
そして――――。
トルクスタン王子は片膝をついて、両腕を交差させ、両手の甲を首元に当てて、軽く頭を下げる。
真央先輩は正座をし、両手を前について深々と頭を下げた。
「兄、『ウィルクス=イアナ=カルセオラリア』を救ってくれてありがとう、シオリ」
「あんな状況だったのに、『ウィルクス=イアナ=カルセオラリア』を助けてくれて、本当にありがとう、高田」
と、それぞれ、謝意の口上を述べた。
「はい?」
二人から同時に頭を下げられて、わたしの目が点になる。
えっと……?
どういう状態でしょうか?
わたし、結局、何もできなかったのに?
「高田……、何か言わないと、二人はこのままだぞ」
背後から九十九の声がする。
どうやら、何か言わないと、この居心地の悪い状況から解放されないらしい。
でも、こんな時、なんて言えば良いのだろう?
記憶を一生懸命探ると、わたしの脳内検索にかかった言葉は……。
「えっと? 『双方、面を上げよ』みたいな?」
わたしの声が聞こえたのか、真横と、右斜め方向から笑いをかみ殺したような息が同時に聞こえた。
「……なんで、お前は時々、武士になるんだよ!?」
九十九がそう突っ込むと、頭を下げていた真央先輩がさらに沈んで震えた。
「普通に答えれば良いんだ。わざわざ武士にならずにな」
さらに九十九がそう続けると、真央先輩の震えが止まらなくなり、右斜め前に座っている水尾先輩が顔を隠して、震えている姿が見えた。
何が面白かったのか分からないけれど、二人とも笑いのツボは似ているようだ。
武士にならずに……って、そんな名誉な職業に就いた覚えはないのだけど……、わたしの言葉はどうもおかしいらしい。
でも、そうなると、わたしに向かって頭を下げている人たちになんて言えばよいのだろう?
「二人とも、顔を上げてください」
わたしはそう言うと、トルクスタン王子は顔を上げ……、真央先輩は沈んだままだった。
「ごめっ……、私、無理……。悪いけど、もう少し、待って……」
床に突っ伏したまま、そう言う真央先輩。
「マオ、お前……、ふざけるなよ?」
だが、そう凄んだ水尾先輩も笑っているから、説得力はない。
「だ、だって、ミオ……。こっちは、かなり緊張していたのに、この子たち、いきなり、『面をあげよ』とか、さらには『武士』とか、言い出すんだよ? 私、悪くない。絶対、悪くない」
「確かにこいつらの、緊張感がないのは認めるけど……」
水尾先輩が笑いながらも、鋭い目をこちらに向ける。
「……お前が悪いらしいぞ」
「いや、九十九の突っ込みも悪かったらしいよ?」
わたしたちはお互いのせいにするしかなかった。
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