【第40章― 不器用な人たち ―】行き場がなくなった思い
この話から第40章です。
それは、中心国の会合とやらが開かれる三日ほど前のことだった。
「高田、真央が目を覚ましたぞ」
「本当ですか!?」
水尾先輩の声にわたしは嬉しくなった。
瀕死状態だった雄也先輩を生還させた魔法。
それを使ってから、真央先輩は倒れてしまったと聞いている。
そのために御礼を言うこともできなかったのだ。
そして……、お詫びも……。
「あれ? 九十九は?」
水尾先輩は変な顔をして、部屋を見回す。
「リヒトと一緒ですよ。それが?」
「あ~、九十九は高田と一緒にいることが多いからな。近くにいないことが、少しだけ不思議な感じがした」
水尾先輩はそんなことを言った。
確かに、わたしはこの世界に来てから、九十九と一緒にいることが多い。
わたしに自衛の手段がなく、彼は護衛を任されているということもある。
でも、四六時中一緒にいるわけではなく、特に用がなければ九十九も傍にはいない。
彼と一緒にいるのは、九十九や雄也先輩、水尾先輩、恭哉兄ちゃんを除いた誰かに会う時、部屋から出て移動する時、食事の時間……ぐらいである。
たまに、暇つぶしの相手をしてもらうこともあるけど、以前に比べて、わたしにも一人でやりたいことも増えたので、そこまで付き添いを願ってはいなかった。
だから、意外に思われるかもしれないけれど、部屋にいる時は、割と、一人でいることの方が多いのだ。
勿論、事前に生活空間となる領域の安全を確認してもらった上で……となるのだけれど。
わたしがお世話になっているこの部屋は、以前のように城の一室ではなく、大聖堂内にある部屋だった。
王女殿下のご友人としてではなく、カルセオラリア城の崩壊に巻き込まれた被害者の保護、という名目のため、らしい。
この部屋は、大神官特性の結界もあり、かなり安全な空間だと聞いている。
わたしにはよく分からないけれど、恭哉兄ちゃんの話では、多少、魔力が暴発しても大丈夫だそうだ。
しかし、暴発が前提の部屋って何故だろう?
「じゃあ、九十九たちを呼び出せるか? 真央が……話をしたいそうだ」
「……目が覚めたばかりで大丈夫なのですか?」
体力も消耗していると思う。
寝るって……意外と疲れるのだ。
「当人が、話したいっていうから大丈夫だろ。まあ、無理はさせられないけど」
「……それなら、まあ……」
ちょっと引っかかるものはあったけど、わたしは通信珠を取り出し、九十九を呼び出すことにした。
「場所は、大聖堂の地下。契約の間だ」
「……? 誰かの部屋ではなく?」
てっきり身内ばかりなので、誰かの部屋で会話をすると思ったのだけど、違うらしい。
「部屋よりは余計な邪魔が入らないからな。それと……、大神官を立ち会わせたいらしい」
「立ち合いが必要なのですか?」
誰かの部屋を使わないのはそのためだろうか?
「この国も巻き込んだからな。事情を明かす必要もあるだろう。大神官なら大聖堂の管理者だし、カルセオラリアの状況も見てくれている。下手な人間よりも適役だ」
「……わたしの、せいですね」
本当なら、カルセオラリア内だけで解決した問題だったのかもしれない。
わたしが、この国まで巻き込んだのだ。
「何、言ってんだ。大事にしたのはヤツらだ。国民たちを巻き込むばかりか、無関係だった高田まで巻き込みやがって……。事情によってはただじゃおかない」
そう言いながら、彼女は右の拳で左の手のひらを打ち付ける。
あれから、数日たっても彼女の怒りは全く収まっていない。
いや、寧ろ、怒りは炎上し続けているような気がする。
水尾先輩がこの国へ来て、わたしと無事、再会を果たした時、苦しいほど彼女から抱き締められたのだ。
そして、水尾先輩の怒りはそのまま、双子である真央先輩へと向けられた。
真央先輩は雄也先輩に魔法を使ったために眠っていたのだが、そんなことは彼女にとって関係なかったらしい。
九十九やトルクスタン王子が止めても尚、止まらない熱い炎は、たまたま近くにいた大神官の介入によってなんとか治まったと、わたしは後から九十九に聞かされたのだった。
わたしは、なんとなく、水尾先輩の腕をとる。
「どうした?」
わたしにしては珍しい行動に、水尾先輩は尋ねる。
「水尾先輩……。わたしは大丈夫ですけど、あなたは……大丈夫ですか?」
その言葉に、一瞬、彼女は目を丸くしたが……。
「大丈夫だよ、私も……」
そう言いながら、わたしの頭に手を置いた。
「先輩も呼ぶぞ」
「……雄也先輩も?」
そのことは少し、意外だった。
「トルクスタンに運ばせる。あの男は力だけは無駄にあるからな。それに、今回の件に関してはあの人は立派に被害者だ。聞く権利はあるだろう」
「体調は大丈夫でしょうか?」
聞く権利があることは分かるけど、それでも、復調していない人間を連れ出すのはいかがなものだろうか?
雄也先輩も聞きたいとは思うけど、個人的には賛同できなかった。
「大丈夫だよ。先輩の身体の傷そのものは治っているからな。今の状態は、単純に脳が完治を認識していないだけで、自己暗示に近いんだ」
「自己暗示……」
そんな単純な話……なのだろうか?
自己暗示……、思い込みだけで、人間の身体って、あそこまでの状態になってしまうというのは少々、驚きである。
「それに……この状況で、いつかやったみたいに通信珠を通して……なんて、あの人自身も納得できないと思うぞ?」
「……確かに」
その言葉は妙に説得力がある気もする。
「カルセオラリアの方は、目が覚めた国王陛下が取り仕切って、メルリクアンと共に、復興を始めたらしい。この国の神官たちの手も借りている。まあ、建物に魔法が使えないから難航している部分はあるみたいだけど……、今のところ、死者は発掘されていない」
「良かった……」
その言葉にほっと胸をなでおろす。
「あれだけの状況で死者が発見されていないことは奇跡だと思う。避難誘導が早かったし、何より重傷者への処置も良かった」
水尾先輩は嬉しそうにそう言った。
その「重傷者への処置」に対して、公式的には表に出ない功労者のことをよく知っているからだろう。
特に、彼女は間近で見ていたはずだ。
慣れない環境、初めての状況でもトルクスタン王子と共に、混乱を抑えるために奮闘した少年の姿を。
「だが……、一人だけ、見つかっていない人間がいる」
「え……?」
その言葉に、背中がゾクリとした。
行方不明者の話を聞くのは初めてだったからだ。
「『カズトルマ=ビルト=マルライム』って男だ。高田は……知ってるだろ?」
「湊川くんがっ!?」
彼の魔名を聞いたのは初めてだが、そのファーストネームには憶えがある。
あの直前に、わたしは彼と会話したのに……。
「今のところ、そいつの遺体も遺留品も発見されていない。だから……、別の場所にいることも考えられる」
彼はあの日。
地下ではなく、三階にいたはずだ。
だから、逃げ遅れていない限り、大丈夫だと思う。
一階の……、もっと危険地帯にいたはずの九十九たちは逃げ延びているのだから。
彼によって、あの場所に転移させられたことは、今でも、わたしの中でどこかモヤモヤしたものがあることは確かだ。
そして、それをきっかけにいろいろなことが起きた。
わたし自身だって、怖い思いも嫌な思いもしたのだ。
それでも……、あの人の死を望むことはない。
彼に生きていて欲しいって思うのは、わたしが甘いのだろうか?
ただ、これは、知っている人の犠牲がなかったから、そう思うことができるのだということは分かっている。
万一、誰か知っている人が……それも身内と呼ぶような人、具体的には雄也先輩の命が助からなかったら、わたしは自身を呪った上で、誰かに恨みや怒りをぶつけるしかなかったと思う。
―――― ああ、そうだ。
わたしは真央先輩に恨まれているかもしれない。
結局、わたしは彼女の婚約者を助けることができなかった。
彼女の前で、「死なせない」と言いきったのに。
彼の死は、わたしのせいではないと周りは言ってくれるけど、それでも、そのきっかけとなったことは間違いないだろう。
少なくとも、わたしが関わらなければ、ここまでの悲劇になることもなかったはずだ。
行き場がなくなってしまった思いは、誰かに向けられる。
それが「八つ当たり」と呼ばれる気持ちだとしても。
誰かのせいにしなければ、自分を保つことができなくなってしまうのだ。
かつて、この国で、迷い続けた「幼い魂」が多くの人間を巻き込んだ時のように。
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