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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家の傷跡編 ~

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罪悪感につけ込んで

「思ったより遅い時間帯に現れたな」


 目の前の男はいつものように余裕のある笑みを浮かべる。


 だが、残念ながら、今のオレの方に、その軽口に付き合うような心の余裕がないのだ。


 黙って、近づき……。


「ぐあああああああっ!?」


 叫び声を上げさせることに成功した。


「いきなり何をする!?」

「兄弟の抱擁を交わしてみた」

「ああいうのは、寝技と言うのだ。縦四方固めなど、男にやられても気色が悪いだけだ」

「いや、締めたら痛みが和らぐんだろ?」


 片十字締めなどの分かりやすい締め技を選ばなかっただけ、良心的だと思って欲しい。


「悪化するわ! ゴツゴツとあちこち痛くて固くて男臭いし、何より暑苦しい」

「……リヒトも推奨したぞ」


 ヤツは固め技ではなく、きっちり締めて落とせとまで口にしてくれた。

 オレの複雑な心境を読んでくれたのだろう。


 多分。


「お前ら、いつの間にそこまで仲良くなったんだ?」

「数日、布団を共にすれば、仲良くなるだろう」


 打ち解けすぎて、困ることもあるけどな。


「それにアイツに近づく外敵の排除(虫除け)がオレの役目だ。なんの問題はないだろ?」

「やはり盗み聞きしていたか。無粋な男だな」

「兄の教育の賜物だ」

「違いない」


 兄貴はくくっと笑った。


「それで……? お前が踏み込まなかったは何故だ?」

「高田が嫌がれば、流石に踏み込むつもりではいた」

「ああ、驚かれたが、嫌がられはしなかったな」


 兄貴は思い出すかのように笑みをこぼす。


 やはり締め落とした方が良かったかもしれない。


「何を考えてる?」

「今は、身体を癒すことだな。このままでは不便で敵わん」


 兄貴は自分の右腕を見ながらそう答えた。


 今は傷一つない兄貴の拳は、一度、中が粉々になったらしい。

 それ以外にも、全身の至る所が深手を負っていた。


 それを真央さんの不思議な魔法によって、無理矢理、完治させたのだが、その時の感覚が暫くは消えないそうだ。


 だから、暫くの間は、まともに動くことはできないだろうと言うのが、大神官の見立てだった。


「そのために、アイツを利用する気か?」

「人聞きが悪いことを言うな。彼女の厚意をありがたく頂戴するだけだ」


 涼し気にそう言う姿が酷く腹立たしい。


「この腐れ外道が」

「今の流れでその言葉の選択はおかしくないか?」

「間違ってねえよ。高田の罪悪感を利用するなら、十分、外道の発想だ」

「俺は人の道を外れるようなことを、彼女に頼む気はないが?」

「それなら、なんで、身内のオレに頼らない?」


 そこが酷く腹立たしいのだ。


「……弟は、止めを刺そうとするだろう? 先ほども、酷い目にあった」

「少しばかり日頃の行いを顧みろ。あの程度の行い、可愛いもんじゃねえか」


 オレにだってそれなりのダメージを負っている。

 誰が好き好んでゴツゴツした兄に全身を使って張り付きたいものか。


 ある意味、自爆技なのだ。


「勿論、彼女だけに頼る気はないが、理由はいくつかある」

「あ?」

「まず、彼女に()()()()()()()()()()()を見届けてもらいたい」

「行動の結果、だと?」

「何度も同じようなことをされては敵わんからな。今回は運よく命を拾えたが、次はないことを自覚してもらう必要がある」

「……つまり、どういうことだ?」

「俺の完治までに時間がかかるほど、彼女は反省するだろう?」


 それは彼女の罪悪感に付け込む……のと何がちがうのだろうか?


「他には、見張りも兼ねられる。こちらに集中させれば、彼女が無謀な行動を起こしにくい」

「オレが見張りでは駄目だと?」

「今まで、お前に彼女を止めることが何度できた?」


 そう問われて……、大小合わせて半数ぐらいかと思った。

 あの彼女を止めることは難しい。


「それ以外にもいろいろと理由はあるが……」

「まだあるのかよ」


 最初の一点だけで、十分、説得力はあったのだが、まだ理由を追加したいらしい。


 オレは黙って聞くことにした。


「むさ苦しい弟の介助を受けるよりは、可愛い少女から看護されたいと思うのは、男としてかなり自然な心理じゃないか?」

「阿呆かああああああああああっ!!」


 思わず、そう突っ込まざるをえない。


 いや、その気持ちは確かに分かる。


 男よりは女に看護されたいよな?

 それは当然だから、完全同意してやる。


 でも、その対象が主人ってどうなんだよ!?


「そんな理由なら、神女(みこ)に頼め! 大神官に依頼すれば、それぐらい手配してくれるだろ?」


 オレはそれを軽い気持ちで口にしたわけだが……。


「一般的な神女は些事に取られる。俺は、自分の身体を治すことだけに集中したいんだ」


 兄貴はどこか疲れたように言った。


「些事?」

「……些細なことではあるが、身動きが取れない状況で、身体の隅々まで撫でまわされるのは性に合わん」

「……はい?」


 始め、兄貴が冗談で言っているのかと思ったが……。


「上半身はともかく、下半身に必要以上の奉仕をされるのは、流石にこの大聖堂内では勘弁していただきたい。信仰心は高くなくても人として罪悪感はあるし、あまり不必要に自分の体力を使いたくもない」


 そう語る兄貴の声に、「重み」とか「深み」などを含めた「実感」というものが込められている気がしてきた。


「えっと……、お兄様?」


 俺は、兄貴に恐る恐る声をかける。


「神職が閉鎖的なのは分かるが、末端の腐敗が進みすぎているな。色欲が抑えきれていないようだ。大神官や王子殿下にお近づきになろうとして、神女になった者が多いのも理由の一端かもしれん」


 兄貴が思考に没頭し始めた。


 だが、独り言のように呟かれる内容のほとんどは、全然、笑えない。


「大丈夫だとは思うが、トルクスタンやリヒトにも注意を促しておけ。健康体だから無理強いはないだろうが、健康体だからこそ狙われることもある。ああ、ついでにお前も」

「な、何の話だ」

「ナニの話だが?」

「この国、やっぱり変態しかいねえのか!?」


 オレ、この国でこの台詞を吐くの、何度目だ?


「そうは言うが、世の中、いろいろな趣味の人間がいる。特にトルクスタンは顔だけはマシだからな。加えて、独身の王子だ。寿退職を狙うなら願ってもない相手かもしれないな」

「い、いや……、その理由としては分かる。でも、リヒトもかよ」


 実年齢はともかく、見た目はどう見てもガキだ。


「アイツも見目は良いぞ。少年趣味の女性だっていることだろう。まあ、まだ容姿があの状態の長耳族の方が、普通の人間相手に生殖反応を示すは分からんが」

「……いろいろ突っ込んで良いか?」

「お前が突っ込んだところで、この国の潜在的な体質は変わらん。大神官や王子殿下を含めてある程度、平均以上の顔を持っている人間は、既婚未婚に関わらず自衛に苦労しているらしいからな。論理や倫理を平気で凌駕する女性の情念というものは、時として本当に恐ろしい」


 兄貴がここまで言うのだから、その恐ろしさがよく分かる。


「……潜在的ってことは昔からなのか?」

「寧ろ、お前が全く知らないことに驚きだが? そんな状態で二年近く、よく無事だったものだ。立場の低い神官たちが人気(ひとけ)のない所に連れ込まれる話は、男女関係なく耳にするぞ」


 呆れたように兄貴はそう言った。


 オレはそれだけ、この国にいる間、高田や水尾さん、王女殿下たちなど、常に女性の近くにいたということだろう。


 既婚者ではあまり問題なくても、流石に、他の異性の目の前で迫るほどの恥知らずはいないようだ。


 オレは彼女を守っているつもりが、実は守られてもきたわけだった。


「だから、彼女には虫よけにもなってもらいたいというのもある」

「実は、それが一番の理由じゃねえのか?」

「……かもしれん。流石に集団を相手にするのは不慣れだからな」

「……お疲れ」


 話の内容が異質過ぎて、オレにはもう突っ込む気力もない。


「ああ、分かっているとは思うが、お前も神女の純潔はもらうなよ。あとあと、かなり面倒になる」

「何の話だよ!?」

「割と真面目な話だが?」

「は?」


 その言葉通りに兄貴はかなり真面目な顔をしていた。


「俺は見ての通り、この国で暫くは動くことができない。だが、その間に……」


 兄貴は一瞬、悩んだが、結論を突き付ける。


「確実にお前が発情期になる」

この話で、39章は終わります。

次話から第40章「不器用な人たち」です。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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