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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家の傷跡編 ~

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本日は大感謝デー

 真っ暗な部屋で、相手の顔も見えない状況。


 そこで、わたしは九十九から額にキスを受けました。……多分。


 いや、だって見えないから分からないのだ。

 本当に、この部屋、真っ暗過ぎて困る!


 自分が、奇妙な顔をしているところを九十九に見られないのは幸いだけど、状況が分からないって本当に怖いのです!


 九十九は額から唇を離しても、まだ両腕を緩めてくれなかった。

 別に苦しいわけではないのだけれど、居心地は間違いなく良くない。


 それに、なんとなく、自分の頭に、もふっと髪の毛が沈むような感覚が何度もあった。

 それは、髪飾りを頭に合わせる時に少し似ている気がする。


 まさか……とは思うけど、彼はわたしの頭に何か付けてないよね?


「……九十九……くん?」


 思わず「くん」付けで尋ねたくなるこの雰囲気。


「なんだよ?」

「あなたは何をしてらっしゃるのでしょうか?」

「感謝の印」


 返ってくる言葉はかなり短く簡潔だった。


 え~っと?

 感謝の印って……、額にキスするだけじゃないってことかな?


 あれ?

 もしかして、この感覚って、頭に何度もキスされているってこと!?


「ちょっと待ったああああっ!!」

「待たない」


 おいこら! 護衛!?

 あなたが一番、危険ってどういうことですかね!?


 だけど、そんなわたしの制止の叫びも無視して、彼は、そのまま行為を続ける。


 なんとなく、気分は鳥の餌だった。

 滅茶苦茶、啄まれている感じがする。

 

「離してくれる気はないってこと?」

「まだ感謝がすんでないからな」


 彼は一体、どれだけ感謝をするつもりなのか?


 ちゃんと数えていないけれど、もう10回を超えていると思うのですよ?


「それだけ()()()()()()んだ。少しの間ぐらい、我慢しろ」

「……はあ……」


 いや……、我慢って……。


 もしかして、この一つ一つが感謝の印ってこと?

 それも纏め払い形式?


 それ以上に、いつ、わたしはこんなにも感謝されるようなことを何かした?


 頭は大混乱。

 だけど……ここまで、がっちり捕まっていたら、逃げようもない。


 額とか、生え際とか、耳とか、皮膚に触れるとくすぐったいけれど、頭なら、そこまでの感覚は分からなかった。


 いや、それでも、彼があちこちに口を付けていることというこの状況は絶対におかしい!


 ああ、でも、この国には最大の感謝を髪に口付けるという文化があった。

 そう考えると、この世界では抱擁だけではなく、キスも一般的なのか!?


 少しずつ目がこの暗闇に慣れてきた。

 流石に姿が見えるのは恥ずかしい。


 彼の行動に深い意味を求めても無駄なのは分かったから、できるだけ彼を見ないように目を閉じて、気がすむまでさせておこう。


 そう思って……、わたしはこれ以上、深く考えることを止めて、身体から力を抜く。

 そのまま、彼に体重を預けるようにして寄り掛かった。


「? どうした?」

「何が?」

「抵抗がなくなったが?」


 わたしが身体の力を抜いたせいか、彼はそんな不思議なことを言った。


「……抵抗、して欲しいの?」

「そう言うわけじゃ……」


 なんだろう?

 彼の言動が少しおかしい気がする。


 行動、言葉、感情が少しずつずれているような違和感がある。


「あれ?」


 そこで、ふとあることに気付いて声を出す。


「な、なんだよ?」


 どこか戸惑うような九十九の声。


 彼の心臓が……早くなった?


 さっきまで、もう少し落ち着いていたのに、今はかなり早い。


 大丈夫か? って、思わず心配しちゃうぐらいに。


 逃げようとすれば、捕まえて……、大人しくなれば、戸惑う?


 それって、どんな一体心理なのだろう?

 旅人のコートを脱がせたい北風と太陽?


 いや、それも少し違うな。


 それなら、試しに別のことをしてみたら、彼はどんな反応をするだろうか?


「うわっ!?」


 真っ暗な部屋の中、九十九の声が跳ね上がった。


「お、お前……、何を……?」

()()()()()()()()だけで、それ以上のことはしてないよ。嫌なら解くけど?」


 わたしは、なんでもないことのように言ってみた。


 逃げれば捕まえる。

 待てば困る。


 じゃあ……、自分から捕まえに行けはどうなるだろうか? と思ったら……、思った以上の動揺だった。


 明らかに彼の鼓動が早いし、強い。


 だけど、わたしを撥ね除けようとする気配はなかった。


 そう言えば……、彼には何度か抱き締められたことはあるが、逆に抱き返したことはなかったな……と思う。


 ああ、顔を胸に付けたことはあったか。

 あの時も叫ばれたっけ。


 でも……、やっぱり、彼に向かって、その背中に手を回したことはなかったな。

 先ほど雄也先輩に引っ付いた時も、彼の背に手を回すような余裕もなかったね。


 こうしてみると、かなり広い胸元だし、広い背中でもある。

 手がうまく届かない。


 身長差もあるからこの辺りは仕方ないとは思う。

 腰なら手を巻き付けられそうだけど、背中の方はちょっと無理かな?


 流石に、この行動については、自分でも何をやっているのか……と思わなくもない。


 だが、好き放題、やられっぱなしで抵抗もなく引き下がれるほどわたしは大人しい人間ではなかった。


「お前は……本物の阿呆か?」


 どこか呆れたように言う九十九に対して……。


「今の九十九に言われたくはないなあ……」


 わたしは、そう言葉を返す。


 真っ暗な部屋で抱き合う男女。

 それだけ聞くと、少女漫画でも少年漫画でもかなりドキドキの場面である。


 でも……、現実には、そこに色気が皆無なのは何故だろうか?


 ここまでくると、もはや、ただの意地の張り合いでしかない。


 これはアレだ。

 夜更かしすると、妙にテンションが上がってしまう現象。


 多分、九十九も同じ心境なのだろう。


 これは、真っ暗な部屋だからできることでもある。

 彼の顔や身体を見ながら、こんなことは絶対にできない。


 ……あれ?

 それって、彼もそう?


 わたしの姿が見えないから、彼も調子に乗って好き放題できる?


 ああ、なんだろう?

 この妙に苛立つ感じは……。


 つまり、これって……わたしじゃなくても良いってことなのかな?

 思考がマイナス方面に向かって回り出した。


 そんな時 ――――。


『邪魔をして悪いが、互いの心の声をもう少し小さくして貰えないだろうか?』


「「うわっ!? 」」


 音もなく現れた闖入者の声に九十九とわたしの声が重なった。


『お前たちは、自分の「声の大きさ(心の強さ)」を自覚してくれ』


 そこには、露骨に不機嫌な顔をした長耳族の少年が立っている。


「り、リヒト……?」


 九十九の声が上ずった。


 そして、同時に彼の両腕の力も緩められたので、わたしはこっそりと手を外して、なんとか脱出に成功する。


『シオリ……』


 扉の方でリヒトが手招きするので、素直にそちらに向かうと……。


『なるほど……』


 すぐ近くに来た時、何故か、リヒトがそう呟いた。


 その言葉に、何故か、九十九が眉を顰めた気がする。


『少し、屈めるか?』

「へ?」


 言われるままに屈むと、額に手を当てられる。


 そして、そのまま、額にキスされた。


「ふおっ!?」


 我ながら珍妙な叫びが上がる。


『シオリ、助けてくれてありがとう』

「ふわっ!?」


 再び、変な声が上がる。


 ああ、なんだ。

 リヒトからも「感謝の印」を貰っただけか。

 

 リヒトの満足そうな笑みを見て、わたしはそう思った。


『ああ、ツクモ。これから、ユーヤの部屋に行くのだろう? シオリは俺が部屋まで送る。安心して行ってこい』

「今の流れで、どう安心できると思うんだ? お前は……」


 九十九がリヒトの前で仁王立ちになる。


 身長がわたしよりかなり高い九十九が見下ろす姿は、かなり迫力があって怖い。

 でも、リヒトはにこやかに言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()だと思うが?』


 リヒトは随分、表情豊かになったが……、雄也先輩の表情はあまり真似しない方が良いなと思う。


「似たようなもんだ。オレも一度戻る。兄貴に会うのはそれからだ」


 九十九は吐き捨てるように言った。


 雄也先輩から、眉間の真上を。

 九十九からは、おでこの左上部から始まって、あちこちに。


 そして、リヒトからはおでこの右下部に。


 それぞれ、「感謝の印」を頂きました。


 えっと……?

 つまり、本日は感謝デーってこと……なのかな?


 これが、少女漫画なら主人公がモテモテで困っちゃう! って話だろうけど、わたしは少女漫画の主人公じゃないので、酷く疲れただけでした。


 いや、うん。

 わたしに少女漫画の主人公なぞ無理ですわ。


 ちょっと「感謝の印(おでこにキス)」をされただけでも、このザマだ。


 さらにこれ以上深く、愛情いっぱいのキスなど食らったら、自分の足で立てる気はしないのだった。

……やはり、甘くならない……。

不思議ですね。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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