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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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当人の意思ではなくても

「ふむ……」


 黒髪の青年は少しだけ納得したような声を出した。


 度胸はあるが、無謀だとも言える。


 状況判断力がないわけではないが、どこかずれている気もする。


 適応能力は高いが……、自分が認めないものに対しての拒否反応も強い。


 早い話が不安定、危うい存在だというのは分かった。


 だが、正直なところ敵には回したくないとも思う。


 人を引っ張りまわし、有無を言わさず、自然と自分のペースに巻き込む。

 厄介なことに、それが先天的なものとして備わっているのだ。


「なるほど……。九十九が嫌がるわけだな」


 割と真面目な弟では引っ張りまわされるのは良く分かった。

 だが、自分ではもっと相性が悪い。


「位置的に九十九が相手をするのが理想なんだが……」


 弟は弟で、人を乗せるところがある。


 なんの策略もなしについポロッと相手から本音を引き摺り出すような部分はある意味羨ましい。


「そうなると……、敵を増やす可能性も高くなるだろうな」


 俺は、人知れず溜息を吐いた。



『魔界に……、行きます』


 それが、昨夜、彼女の口から出た言葉だった。


 それがどんな迷いの果てに出された結論なのかは自分には分かりえない。

 だが、彼女が苦悩の果てに出した答えだ。


 そのために俺たちは最善を尽くす義務があり、その責任も大きい。


 まあ、その夜、愚弟が魔物に襲われるというトラブルもあったのだが、結果として、そのことで彼女と言う人間の一部を垣間見ることも出来たとも言える。


 自分がした助言など、大したことはなかった。


 夢魔が介入しているとはいえ、結局は九十九の意識だということ。


 そして、夢魔の活動時間帯は夜……、正確には朝日が昇るまで。

 だから、夜明けまで邪魔をすれば良いだけだと。


 但し、夢の中にいる間は意識に作用する命呪は使わないこと。


 そんな簡単な言葉だけを伝え自分は彼女を弟の夢へと案内した。

 万一の時には、自分が介入するつもりで。


 だが、結果として彼女はたった1人で、夢魔を追い返したようなものだった。

 それも誰も思いつかないようなやり方で。


 確かに少し考えれば難しくはないことかもしれないが、恐らく、夢魔と対峙した誰一人として思いつくこともなかっただろう。


 事実、自分は知らなかったし、考え付きもしなかった。


 そして何より本当に恐ろしいのは、それを宿主である弟だけでなく、夢魔自身に手伝わせたことだった。


 天敵ならばそのものを想像することはたやすいし、より恐怖心も増す。

 だが、そこへ導けと言って出来ることではない。


 これは単なる偶然だとか、そんな過程はどうでも良いのだ。

 大事なのは結果である。


 どんな状況でも、最終的にどうなったのかが重要なのだから。


 だが、そんな才能を標準装備していると分かった以上、魔界に行って、何事もないとは言い切れない。


 それでなくても、魔界の王族は……、自分の考えすぎかもしれないが、合縁奇縁、波乱万丈、本末転倒な人間が多い。


 そして、彼女もその片鱗を見せたわけで……。


「おはよう」


 考え事をしている間に、弟が目覚めたようだ。


「おはよう。お前にしては遅い目覚めだな」

「まあな」


 一応、視てみる。


 やはり、夜中に見た魔気の澱みはすっかり消えていた。


 年若く未熟とは言え、流石にあれだけの目にあって、しかも、食えるかどうか分からない獲物に固執するほど状況が見えないわけでないらしい。


 あるいは……、姿を現した「夢喰」にやられ、すぐに回復できない状態に陥ったか。


「まったく……、護るべき人間に護られてどうするんだ? これでは魔界に帰ってから先が思いやられる」

「今回のは仕方ねえだろ? 相性の問題だ。魔界人だろうが、人間だろうが夢の中なんて専門外だ。それに異性の夢魔相手なら夢に入れる兄貴だって例外じゃないだろ?」

「それでも俺はお前のような間抜けなことにはならない」


 そもそも自分は夢魔に目を付けられるような人種ではない。


 夢魔は生命力の強い純粋な異性を好むのだから。

 そう言った意味では弟は最高の獲物だっただろう。


 生命力の強さは、ゴキブリ並みだからな。


「……なんか失礼なことを考えてないか?」

「気のせいだ」


 一応、褒めていたつもりだが……。


「高田が夢に来たのは……、兄貴が何かしたんだろ?」

「単に夢に介入する魔法を施しただけだ」


 本当にそれぐらいしか、助力はしていない。


「じゃあ、兄貴もオレの夢に入ってたんだな?」

「そうなるな。夢魔が退散して、彼女が目覚めるまでは見届けた」

「高田はもう目覚めてるのか?」

「……部屋で寝なおすそうだ。」


 彼女は、九十九の夢から覚めると……、「部屋に戻ります」とふらふらと戻っていった。


 あの様子では、どこからどこまでが夢だったか……、自分がしたことの意味すら理解できていないだろう。


 それでも、俺は弟に言っておかなければいけないことがある。

 例え、当事者が忘れていても。


「ところで、お前に1つ苦言を呈したいのだが……」

「1つですむのか?」

「……お前の反応次第だな」


 反応によっては増えることは否定しない。


「油断するなとか?」

「それに近いな。俺が言いたいのは、夢とはいえ、彼女の前で締まりのない顔をし過ぎだ、みっともない」


 俺がそう口にすると、弟は露骨に嫌そうな顔を見せる。


「どれのことだ?」


 心当たりがいろいろあるらしい。


 かなり目が泳いでいた。


「自覚が合って結構だ。夢魔が彼女の前で肌を露出した時が最たるものだな」

「ああ、アレか……。いや、アレについては、あまりオレは悪くねえだろ!? 夢魔が勝手にやらかしただけだ」


 あの状況で、自分は悪くないと言い張る弟に呆れてしまう。


「夢魔がしたことに対しては仕方がない。だが、それを良いことに鑑賞するのは何か違うと言っているのだ」

「当人に対して観察したわけじゃないから良いじゃねえか。オレが見たのは夢魔の方だぞ」


 どうやら、苦言を一つに纏めたくはないようだ。


「その論では、卑猥な合成写真を作られても本物じゃないから気にするなと言っていることに等しい。例え、自身のものじゃなく『嵌め込み合成』と明記されても、大半の女性には許しがたい屈辱なのにな」

「そんなことを言われたって……」


 俺の言葉に対しても、愚弟はまだ不満げだった。


 言っていることは分かっているけど、非を認めたくはないのだろう。


「コレを見ても、同じことが言えるか?」


 そう言って、俺は一枚の紙を差し出す。


 弟は、それを手にとって……。


「うぎゃっ!?」


 短く品のない悲鳴を上げた。


「なななななんだ、これ……」


 明らかな動揺。


 未熟者め。

 それは、自分の弱みを曝け出す行為だと知れ。


「因みに合成じゃない」

「知っとるわ! い、いつの間に……」

「お前の日常を撮ったものだが?」


 俺が弟に手渡したのは1枚の写真だった。


 内容は……、風呂上がりに全身が映る鏡の前でポーズを決めているもの。

 中高生男子なら一度くらい覚えがあるのではないだろうか。


 その姿、ポーズについては、弟の名誉のために多くは語るまい。


「栞ちゃんより、彼女の友人に渡す方が良いか?」


 それはそれで楽しい反応が返ってきそうだ。


「ただの真実暴露じゃねえか!!」

「安心しろ。ちゃんと合成と言って渡す」

「ふざけんな!!」


「それとも栞ちゃんの夢の中でこの行動を再現するか? 俺ならそれも可能だ。何、自分の行動でなければ恥ではないと言うのがお前の論なのだろう?」

「阿呆なことに無駄な魔力を使おうとしてんじゃねえ!! ……分かった。オレが悪かった。だから、止めてくれ。頼むから……、勘弁してください」


 どうやら、ようやく反省をしたようだ。


「男のお前でもそれだけの羞恥。彼女の傷は如何ばかりか……」

「羞恥の種類が違いすぎると思うぞ。それに兄貴だって、あんな状況になったら見るだろ? 男として」

「……お前ほど露骨に拝むことはしない」


 確かに、男として「絶対に見ない」という選択肢はない。


「見るって結論には変わらないってことじゃねえか」


 不満を露わにする弟。


「しかし……、白地に小さいピンクのリボンのワンポイント。上下お揃いというのは、なかなかベタな妄想だな」

「しっかり見ておいて何抜かす」

「お前とは違う。本人の前で鑑賞はしない」

「何度も言うな。……そこは、流石に反省してる」


 夢の中はある意味、無防備になってしまう空間でもある。


 外部からの介入者である夢魔や、魔法で乱入した彼女よりは理性が働きにくいのはある種、仕方がない。


 さらに、ただでさえ、夢魔の術中に嵌っており、そっち方面の欲望がいつもより出やすくはなっていたはずだ。


 それを思えば、妄想逞しい年代の男の行動によって引き起こされる事態が、あの程度の害で済んだのは彼女にとっても僥倖だったとも言える。


 但し、それは告げない。

 取り憑かれた油断もあったのだから。


「まあ、彼女に避けられぬと良いな。傷が浅いことを祈っておけ」

「ううっ、気まずい」


 今更、自分のしたことを省みても遅いと思うが、説明されて理解するだけマシといえなくもない。


 何もかも夢魔のせいにして開き直られては処置なしだ。


「彼女ほどじゃないだろう。自ら信用を損なう行動したのだ。死ぬ気で信頼を勝ち取るしかないな」

「……分かった」


 そう言って、弟は肩を落としながらも頷いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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