知らない間に知らない場所で
「そろそろ、九十九を呼んだ方が良いですか?」
あれから、少しの時間、彼と話をした。
それもできるだけ、今回のことから離れるような話題を中心に。
だけど……、そろそろ九十九も心配しているかもしれない。
彼は本当に過保護だから。
もう少しだけ、雄也先輩と話をしていたいような気はしたけれど、彼に声をかける。
「う~ん。俺は大丈夫だけど、栞ちゃんはきついかな?」
雄也先輩の様子だと、まだ大丈夫な気はする。
「少しだけ、休みたい気はしています」
本当は、わたしの体調もまだ大丈夫だとは思ったけど、雄也先輩はわたしのために無理をしかねない人だから、こちらから切り上げた方がよいと思った。
「そっか。それは残念」
そう言って、彼は少し笑ったが、ふと思いついたのかこんなことを聞いてきた。
「ああ、そう言えば、神官たちは栞ちゃんの世話、ちゃんとしてくれている? 自分の目が届かないところで不自由していないかちょっと気にはなっているのだけど」
「わたしの世話については、九十九がいるので大丈夫ですよ」
まだ目が覚めて間もないということもあるけど、前からわたしの世話は食事を含めて、九十九がしてくれている。
世話をしてくれようとする神官たちの立ち入る隙が無いほどに。
「それに、大聖堂内は中心国の会合があるとかでバタバタしているみたいですが、それでもいろいろと良くしていただいています」
そして、九十九だけではなく、恭哉兄ちゃんもかなり気にかけてくれる。
中心国の会合があるため、王族であるワカも忙しいらしい。
大神官に会えない状況にある彼女が見たら、確実に妬くだろうね。
「中心国の会合……。そうか、それがあるのか」
雄也先輩がそう呟いた。
身体をほとんど動かしてないから分かりにくいけれど、どこか一点を見ている。
「雄也先輩?」
なんとなく雄也先輩が考え込んでいる気がした。
「一つだけ約束して欲しいことがあるのだけど……」
そう言って、彼が凄く真面目な顔をしていたから、わたしは思わず唾を飲み込んだ。
「情報国家の人間と九十九が会わないようにして欲しい」
その言葉で思わず背筋が伸びた。
情報国家というのは、この世界を旅をしていれば嫌でもあちこち耳にする。
どの国でも必ずその噂を聞くほどの影響力のある国。
そして、かの国は、有益な情報のためなら手段を問わず、身内ですら平気で売る国だとも聞いていた。
「幸い、俺の方はこんな状態だから会うことはないとは思う」
仮に会いたがったとしても、この大聖堂にいる以上、管轄はこの国の王ではなく、大神官である恭哉兄ちゃんの担当となる。
そして、恭哉兄ちゃんが外部の人間に、今の雄也先輩を会わせることは決してないだろう。
「わたしも、会わないと思いますけど……」
王族、特に王という存在は普通に生活していたら会うどころかこの目に触れることすらない存在だ。
わたしは偶然、王族に関わったことは何度かあるけど、それでもそれらの頂点、王という存在に会うことはない。
ジギタリスでも、一年以上、長く生活したこのストレリチアでも会ったことはないのだ。
「キミや九十九は魔力が強い。だから、会う気はなくても、向こうが見つけてしまう可能性がある」
情報国家はそれを見逃がしてくれないということか。
体内魔気をしっかりと抑えておかないといけないね。
その辺りは九十九に相談しておこう。
「それならば、真央先輩や水尾先輩も気をつけないといけませんね」
「そうだね。彼女たちのことはカルセオラリアが隠していた以上、まだ表沙汰にしてはいけないということかもしれない」
雄也先輩がそう言った。
確かに、カルセオラリアに真央先輩がいるという話は、わたしたちも偶然、知っただけだった。
つまり、カルセオラリアは他国に真央先輩のことを公表していないのだろう。
それにカルセオラリアの城下でも、真央先輩がアリッサムの王女でウィルクス王子の婚約者ということは大々的に周知していなかったはずだ。
城下の噂で、ウィルクス王子に婚約者のような存在があるってぐらいの話だった気がする。
「ただ、九十九や俺の存在を情報国家が手にするというのは別の問題なんだよ」
「……そうなのですか?」
そんなわたしの疑問に答えるように、雄也先輩は静かに言った。
「話したことはあったかな? 俺たちの両親は駆け落ちしてセントポーリアに身を寄せたと聞いている」
雄也先輩は今まで語らなかった彼ら兄弟の事情を少しだけ、話してくれた。
それは、昔のわたしは知っていたかもしれないけど、今のわたしが初めて聞く、彼ら兄弟の深い部分だった。
「俺たちの両親は身内が捜しているのが分かっていたから、情報国家に居場所を見つかることや、その子供である俺たちの存在が知られることを恐れていたんだ。亡くなったとはいえ、それが両親の遺志ならそれを守りたいと思っている」
「情報国家って……そんな個人の追跡調査までするのですか?」
その名前から、なんとなく、もっと大規模な……国家機密に関わるようなものを中心としていると思っていた。
「自分たちで探しきれなければ、情報国家を頼るのが一番と言われる程度の影響力を持っている。公私を問わず、大小関係なく様々な情報を扱うのが情報国家なんだ」
「まるで、探偵みたいですね。……ってことは、浮気調査とかもするのでしょうか?」
人間界のビルにあった看板をなんとなく思い出す。
探偵社と書かれたその看板には「浮気調査」の文字がそこの社名よりも大きく載っていた覚えがあった。
「……頼まれれば、すると思うよ?」
雄也先輩は何故か苦笑した。
「雄也先輩たちのご両親は、駆け落ちしたから……、あんな……、セントポーリア城下の森で、眠っているのですか?」
一度だけ、九十九に連れられてお墓を参ったことがある。
わたしの言葉に雄也先輩は目を細めた。
「ああ、そうか。九十九が……、案内したんだったね」
「はい。滝の後ろに隠れているお墓に一度だけ」
場所は隠されていたのに、子供たちだけで作ったとは思えないほど立派なお墓だったと記憶している。
このストレリチアで、大神官に連れられて集団墓園を見たことがあるが、あんな立派な石室などはなく、墓柱と呼ばれる物しかなかった。
その集団墓園でも、「魂石」という魔石は必ず付いていたけれど、あの場所で見たような大きな石が付いた墓柱は一つもなかった。
ほとんどは小さな魔石で、その色も混ざり気があって、バラバラだった。
ストレリチア城の敷地内にある王族の墓すら、あそこまで大きな魂石があるものはない。
色は黄色ではなく緑ばかりだったから、その基となった鉱石の違いもあるのかもしれないけれど。
そう言えば、あれからいろいろあって、あの場所には行けていない。
そして、九十九は、またも両親のお墓参りができない環境になってしまった。
ちょっと申し訳ないね。
「一度も行かなかったくせに、栞ちゃんとなら行けたと聞いてたよ」
そう言えば、長いこと行っていなかったと言っていた気がする。
「俺が行かせなかったせいもあるのだろうけどね。当時の魔界は、幼い九十九にとって、あまり良いところとは言えない場所だったから」
それは、たった2歳の差しかない雄也先輩にとっても同じだったのではないだろうか?
「俺としても、両親たちをあの場所で静かに眠らせたいんだ。だから、心無い人間たちの取引に使われるのは我慢できない」
その雄也先輩の気持ちは分かる気がした。
情報だけとはいえ、死んだ人間を巡ってやり取りされることは嫌だと思う。
それも、自分たちの両親だ。
わたしが同じ立場なら……やはり許すことはできない気がした。
でも、そうなると、もしかしたら彼らのご両親の身内は、その死を知らないままということでもあるのか。
それはそれで、悲しい話だと思う。
自分の息子や娘が知らない間に知らない場所で、子供だけを残して死んでしまったなんて、後から聞かされたら大泣きなんてものじゃないだろう。
「約束します」
でも、わたしはこの場で、それ以外の言葉を選ぶという選択肢は思い浮かばなかった。
「ありがとう」
雄也先輩は安心したように笑う。
そして、その後、奇妙なことをわたしに教えてくれたのだった。
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