幻肢痛
「どうして、九十九たちにはわたしが起きたことが分かったの?」
素朴な疑問が湧く。
確かに激痛のあまり、力いっぱい叫んでしまった気がするけど、心が読めるリヒトならともかく、九十九はどうしてなのだろう?
「通信珠があるからな。オレには、夢の中でもお前の声はよく聞こえる」
そう言えば、頭に直接呼びかけるという、よくよく考えなくても、恐ろしい機能が備わっている物をわたしは持っていた。
「でも、通信珠なんて……、今、どこにあるっけ?」
ずっと、首から下げて持ち歩いていたのだけど、あの城が崩れ落ちるどさくさで落としてしまった気もする。
念のため、胸元を確認したが、いつもの小袋もなくなっていた。
この国に来てから、着替えをさせられているみたいだから、その時に一緒に外されたかもしれない。
今のわたしの装備は、ストレリチアで準備されたと思われる服と、左手首にある紅い法珠がいくつも付いた御守りだけだった。
体内魔気を抑える魔法具すら着けていない状況というのは、ここ最近ではかなり珍しい気がする。
でも、ちゃんと抑えられているかな?
ちょっと自信はない。
「お前の傍で光っているソレはなんだ?」
九十九に言われて……、わたしはキラキラとオレンジ色の仄かな光を出しているその珠が枕元にあることに気が付いた。
……でも、あれ?
これって……、なんか違うような?
「前のヤツは、崩壊に巻き込まれて壊れたみたいだから、新しいのを準備したんだよ。放っておくと、お前は無理どころか、無茶をやらかすからな」
「そっか……。ありがとう」
通信珠は、わたしの呼びかけで反応する。
それだけ、目覚めた時のあの叫びが大きかったのだろう。
これだけ離れているのに、勝手に起動して、九十九の脳内に声を届けてしまうほどに。
「まさか、いきなり使用されるとは思わなかったけどな」
「わたしも使用した意識はなかったよ」
そんな覚えもない。
単純に叫んだだけだったし。
前の通信珠も、新しく買ってもらったばかりだったのに、もう壊してしまった。
そうなると、この通信珠は三代目か……。
今度は長持ちさせないといけないと心にしっかりと誓う。
実は、携帯用通信珠のお値段を、たまたま、カルセオラリア城下のお店で見たのだ。
そして、その素敵すぎる価格に、わたしの目玉は飛び出ることになった。
何、あの価格?
いや、それだけ便利な道具だと言うのは分かるけど、お高すぎる。
『俺は九十九が起きたから起きることができた。まだ眠っていたのだが、さすがに真横で飛び起きられると目覚めないわけにもいかない』
リヒトはどこか眠そうな声でそう言った。
「そっかぁ……、それは悪いことをしちゃったね。……? ……って真横?」
その言葉で新たな疑問が湧く。
「オレたちは、この隣の部屋を借りた。トルクスタン王子は貴賓室が準備されたが、真央さんが休んでいる部屋の隣を希望している。リヒトは、制御石を外していても心の音として聞こえてしまうから、心の声が強い人間の傍でないと安心して休めんそうだ」
心を読めてしまう弊害は、寝る時でも容赦をしてくれないらしい。
「でも……、心が強い人間の傍だと、心の声も大きいってことではないの?」
『不特定多数の人間の声がよく分からない雑音として一斉に聞こえるよりは、見知った人間の大きな声のほうがマシだということだな。以前は、その役目をユーヤに頼んでいたが、あの状態ではそういうこともできない』
確かに……、今の雄也先輩の心の声は制御石を外したくなるぐらいのものだと言っていたのだから、それだけ苦痛の声、一色なのだろう。
下手すれば、呻き声とか喚き声ばかりかもしれない。
それは……、呪いなどの怨嗟の声みたいに聞こえてしまうかもしれないね。
「心の声が勝手に聞こえるというのは困るね。その辺って、なんとかならないのかな……」
知り合いの声ならともかく、知らない国の知らない言葉が聞こえ続けるのはかなり嫌だと思う。
あまり良い声ばかりじゃないみたいだし。
『確かに困ることもあるが、お前たちの役立つこともある。だから、悪くない。対処法が見つかるまではこの生活を続けていくしかないだろうな』
「オレは眠りが浅いから、その辺が少し悪いとは思う。割と早い時間帯にリヒトを起こしちまうからな」
「ユーヤも似たようなものだった。それについては、気にするな」
わたしは……、眠いときはすぐ寝ちゃうし、割と朝までぐっすりタイプだ。
今回は、痛みのあまり起きただけだしね。
『ああ、理想を言うならシオリが一番良いのだが。一番、心の声が大きく、そして、傍にいても不快ではないからな』
あら?
光栄?
かなり褒められたよ?
「待て、こら。男女が同じ布団で休むなんて、お前に下心が存在していなくても、体面的にも良くない。それに……、このお堅い国のそれも大聖堂でそんなことが許されるかよ」
九十九が不快感を露わにした声で咎める。
同じ布団……、つまり九十九とリヒトは一緒の布団で眠っているってことか。
そこまで近づかなければ駄目だということかもしれない。
でも、確かにリヒトのためとはいえ、それをわたしがするのは少し流石に抵抗あるかなぁ。
一応、こう見えても、嫁入り前の身だからね。
実年齢はともかく、リヒトの見目がもっと幼ければまだマシだったかもしれない。
具体的には5,6歳ぐらいなら気にならないかも?
そんなことを考えているとリヒトの顔が露骨に変わった。
ごめんね、悪気があるわけじゃなかったのです。
単に気持ちの問題。
『……とにかく、シオリの叫びも痛みからくるものだと分かった以上、長居する理由はないだろう。ツクモ、俺はまだ眠いから休みたいのだが?』
「お? おお」
そう言って、リヒトは背を返す。
「お前……、何か考えたのか?」
いきなりのリヒトの変貌に、九十九がそう尋ねる。
「まあ、ちょっとだけ」
なんと答えて良いのか分からない。
でも……、でも、リヒトを傷つける言葉に近かったことぐらいは、分かる。
「アイツも男だから、あまり子ども扱いするなよ。結構、身長とか見目とかに、コンプレックスがあるみたいだぞ。お前だって身長を気にしているから気持ちは分かるだろ?」
「うん」
わたしの表情から、九十九は何かを察したみたいだ。
まあ、確かにわたしも自分の身長について言われると、腹が立つ。
そんな気持ちは分かるのに、うっかり考えちゃった。
「まあ、良い。今は、ゆっくり休めよ」
そう言って、九十九はわたしの額に手をやる。
「へ?」
「今は、熱もない……みたいだな……」
自分の額にも手を当てて、九十九はそう呟く。
ああそう言うことか。
彼は熱を測ってくれたらしい。
魔界には人間界のような「体温計」と言うものがない。
互いの体温で状態を測るしかないのだ。
でも、いきなりすぎてびっくりした。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
そう言葉を交わすと、九十九たちは扉を閉めた。
「うぐっ!?」
彼らがいなくなると、途端に、痛みが激しさを増したことが分かる。
ああ、なるほど……。
それだけ、彼らの会話やその存在によって、わたしの気は紛れていたのだろう。
雄也先輩もこんな状況なのか。
いや、わたしよりも彼の方が、傷など見た目に分かりやすいものがない分、もっとつらいのかもしれない。
身体の傷は治っていることが頭では分かっているのに、治っていないと錯覚させられている感覚。
痛覚異常の一種ってことなのかな?
そう言えば、似たような状態を小説か何かで読んだことがある。
確か、「幻肢痛」とか言ったっけ?
手とか足とかを切断していると言うのに、その切断した先。
何故か、無くなっているはずの手足の痛みを訴えることがあるそうだ。
実際にその場所は無くなっているために、痛み止めも効かずに苦しんでいるという描写があった。
原因は更新されない脳の異常だっけ?
ううっ!
もっとよく読み込んでおけば良かった。
だけど、その原因が分かったところで、その根本的な治療、つまり、対処方法そのものは、なかったのだと思う。
だから、その小説のキャラクターも苦痛に耐えるしかなかったのだ。
でも……、そんなことに思い至らないほど、わたしは自分が原因なのだから、なんとかしなければ! と焦りだけを募らせていったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




