心を読む
『シオリが時空への干渉という言葉に疑問を持ったようだが?』
「まず普通の魔界人は空間に干渉する転移系魔法はできても、時を操ることは出来ないとされている。稀に停止させる人間はいるらしいが、俺はまだ会ったことはないかな」
時間の停止……。
それは、凄い。
「真央さんの行った魔法は、俺の身体という限定的な空間の時を多少のずれもなく精確に戻した。彼女の口調から、対象者が生きている人間ならそれ以外の条件はないということだった。普通では使えない魔法を使えるところは流石、魔界国家の王女だということか」
「あの魔気の護りだけでも十分、反則的なのにな」
ぬ?
魔気の護りって自動防御のことだと思っていたけど、違うの?
『魔気の護りは自動防御のことを指すのではないか? ……だそうだ』
リヒトが、わたしの疑問を口にしてくれる。
「優秀な通訳だな。この場合の魔気の護りっていうのは、自動防御のほうじゃなく、簡単に言うと常に身に纏う『防護服』のことだ。これが強いってだけで、外敵からの魔法等の攻撃による効果の減少、通常物理防御力の上昇、自己治癒能力の上昇が見られる」
『ゲーム? で言う防御補助魔法みたいなものか? だと』
「……ゲームかよ。でも、まあ、そんなところだ」
九十九が呆れたようにそう言うが、これは仕方ないじゃないか。
他に分かりやすい例がないのだから。
「普通の人間ならウェルダン状態になる水尾さんの大魔法も、真央さんの場合は、あの魔気の護りによってミディアム程度に抑えられると思う。あれだけの魔気なら、無意識の状態でもちょっとした魔法程度なら跳ね返すか、吸収するか、無効化するだろうな」
「ウェルダン……って、俺たちはステーキか?」
九十九の言葉に、今度は雄也先輩が呆れたような声を出した。
……ウェルダンやミディアム。
表現としては分かりやすいけど、どちらにしてもしっかり焼かれるのね?
レアでは留まれないのね?
『シオリが混乱しているぞ。ミオが基準だったのが敗因だな』
「そうか? 身近な人間だから分かりやすいだろ? 同時に、真央さんの自然体の護りがとんでもない防御力だってのは」
いや、分かるけど……。
それでも極端な例過ぎる。
「例に出すのが基準外過ぎるという話だ。よりによって、知る限り、火力一番の人間を持ってくるな」
「でも、想像がしやすいだろ? 高田はオレか水尾さんの魔法ぐらいしかイメージが湧きにくいだろうし」
『それならばツクモを例に出すのは、駄目だったのか?』
「……自信なくすから」
確かに……、それも分かる。
水尾先輩の大きな魔法が、何の対応もしなくてもミディアムで留まれるような御方に、わたしの魔法が通じるとは思えない。
『普通の魔界人は大変なのだな。心を読める以外の特殊能力がない俺にしてみれば、魔法が使用できるだけで十分だと思うが』
「いや、リヒトの場合、特殊能力が突出しているから」
「制御さえ可能ならば、どんな魔法よりも有効だな」
九十九と雄也先輩がそれぞれ口にする。
他人の心……って、そんなに読みたいものかな?
……あ。
『何?』
「どうした?」
リヒトの声に、九十九が反応する。
『あの大神官が……、心を読んでいる気がする……だと?』
わたしの心を読んだリヒトに……。
「「なんだって!? 」」
九十九と雄也先輩が同時に反応した。
「……ぅぐっ!!」
……だけど、その直後、雄也先輩の顔が苦痛で歪んだ。
「咄嗟だとやっぱきついのか……。で? どういうことだ?」
『勘違いかもしれないけど、言葉を発しないシオリの問いかけにかなりの確率で返答しているそうだ』
「法力、魔法……さらには読心? なんでもありだな、あの大神官」
「それだけでは弱いな。鋭い洞察力による可能性も高い」
わたしもそう思う。
あの人は大神官になるためにいろいろ努力をしてきて、いろいろな能力を磨いてきた人だと、以前、ワカも言っていた気がする。
「リヒトなら分かるんじゃねえか? お前、読めるだろ?」
『大神官とは先ほど会った男だよな? それが……、あの人の心は読みにくい』
「「は? 」」
『まったく読めないわけではないのだ。だが、全く読めない時がある』
なんと?
リヒトでも恭哉兄ちゃんの心は読みにくいの?
「心の声が弱いってことか? でも、心強そうだよな? あの方」
「何らかの形で防御しているのか? 心の声を閉じることは可能だからな。だが、それなら完全防御されると考えるほうが自然だが……。何か理由がある……?」
ありゃりゃ?
なんか事態が思わぬ方向へ行ってしまった気がする。
雄也先輩は難しい顔をしてしまうし、九十九の声もどこか調子がいつもと違う。
……だけど。
「ま、考えたところで結論出るわけじゃねえし、当人に直接聞くわけにもいかねえ話だよな」
思ったよりあっさりとした結論が聞こえた。
「少なくともリヒトのように言語として読んではいないのだと思う。そんなに完全に読めているのならば、あれほど王女殿下に手古摺ることはないだろう」
「あの王女殿下に関しては……、心を読むほうが混乱しそうだが?」
九十九からそう言われて、2年ほど前にこの国で起きたことを思い出す。
確かに……、大神官が少しでもワカの心を読んでいたら、もう少しうまく立ち回っていた気がする。
あんなにギリギリまで悩んで、わざわざ髪の毛を切る必要だってなかったはずだ。
「つまり、単純にこいつの表情が読みやすいってだけだろ」
わたしもそう思う。
悔しいけど。
「だが、普段はともかく、今見る限り、彼女の表情はそう変化していないが?」
雄也先輩?
フォロー! フォロー!! をお願いします。
「……そっか?」
九十九が奇妙な声を出す。
「お前に変化が分かるということは、深層魔気から判断するのかもしれないな。表層魔気は確かに一時的な封印を施されているようだが、その奥底の深層魔気の完全封印をするほどには至っていないようだ」
「ああ、表面的な魔力の封印だけしたってわけか。……でも、深層魔気なんて簡単に読み取れるものか? 血縁でもないのに……」
「お前みたいな例外もあるだろう」
「まあ……、な……」
ああ、確かに表情以外から読み取る方法があったっけ。
魔気の変化で判断するってやつだっけ?
確か、真央先輩がそのタイプだと聞いている。
『ツクモはシオリの深層魔気とやらを読み取れるのか?』
「オレは魔気から感情を読み取れるほど器用じゃねえよ。こいつが大体どの辺りにいるか、健康状態がどんな感じか……。あと本物かどうかが判別できるぐらいだ」
本物って……、あなたはわたし専門の鑑定士か!?
『集中しても?』
「……多分」
「まあ、九十九に多くを求めても仕方ない。それに、護衛としてはそれで十分だ。彼女の領域に踏み込む権限は与えられていない」
「こいつの領域……ねぇ…………」
確かに……、九十九に心を読まれるってなんか嫌だな。
リヒトや他の精霊さんからはそこまで気にならないのだけど。
それってなんでなんだろう?
恥ずかしいとかそう言うのじゃないのだろうけど、なんだろうね?
自分でもよく分からないや。
『ツクモ、そろそろ……』
不意にリヒトが九十九に声をかけた。
「ん? ああ、きついか?」
『ああ、自覚はなさそうだがな』
「了解っと」
そう言って、九十九はわたしを再び抱え上げた。
……結構、長い時間話していた気がするけど、彼の腕は大丈夫だろうか?
「じゃ、オレらはこれで出て行く。何かあったら呼んでくれ」
「いらん世話だ。大半のことは、神官たちがしてくれる」
九十九の言葉に、雄也先輩はそう返した。
『ユーヤ、またくる』
「はいはい、それでは失礼しますよ、おに~さま」
そう言って、リヒトにドアを開けさせ、わたしたちは再び、前にいた部屋へと向かったのだった。
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