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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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少年は思い浮かべる

「高田!」

「うわっ!?」


 オレの叫びで、蔓がプツリと切れ、真上に落ちてきた。


 夢のせいか、重さを感じないのは幸いだったと思う。

 この樹の高さを考えると、結構な衝撃になっただろう。


「貴方、まだ……、そんな……?」


 何故か夢魔が驚いた声を上げているが、知ったことじゃない。


「高田、大丈夫か!?」

「い、痛み、ないから大丈夫みたい。さっき、もっと高い所から落ちたし」


 その反応で、オレは少し安心した。


 夢の中とは言え、彼女に怪我をされるのは嫌なんだ。


「あ、ごめん! 重かったよね!?」


 樹に縛られたままのオレを、下敷きにしていたことに気付いたのか、高田は慌てて離れる。


 ……ふわりと、先ほどまでと違う匂いがした。


「お前に怪我がなければ良い」


 オレは努めて冷静に言った。


「ちょっと、そこのバカップル!! こっちを無視していちゃこらしてんじゃないわよ!! こうなれば、強制手段!」

「うわっ!」


 夢魔は高田を引き離し、放り投げる。


 夢の中だったためか、高田は簡単に飛ばされた。


「高田!!」


 オレは叫ぶが、夢魔はオレの目を片手で塞いだ。


「貴方の相手は私でしょう? よそ見しちゃ駄目よ」


 甘い声が耳に届く。


 ……思考が、また、ぼんやりとしてきた。

 もう、何も考えたくない。


 さらに耳元で囁く。


「貴方は魅了が効きにくい人……。これまでかなり苦労してきたのね。でも、大丈夫よ。これからは私が癒やしてあげるわ……」


 脳が蕩けるような感覚がオレを支配していく。

 そしてそのまま……。


 ぺしんっ!

 ……という少し、奇妙な音がした。


「きゃっ!?」

「はっ!?」


 高田の平手が夢魔の頭をはたいたらしい。


「な、何するのよ? 後ろからとは卑怯じゃない!!」


 そんな夢魔の抗議も気にせず、高田は……。


「何度も言うけど、邪魔しに来たの。だから、無防備に背中を向けたままだと背後から攻撃くらいはしますよ?さっき投げられたお返しもしたいし?」


 そう言い放った。


 どこかいつもより好戦的な高田。

 だが、オレはそれに助けられた。


 今のは、本当に危なかった。

 思考が完全に溶かされ、オレの夢の中なのに夢うつつの状態になっていたのだ。


 完全に夢魔がオレを支配するのもそう遠くないようで、ゾッとする。


「貴方の彼女! もっとちゃんと躾けておきなさいよ!!」

「オレに言うなよ」


 大体彼女とか言われたって、本当に彼女ってわけでもない。


 それに……。


 そこで、気付く。

 いや、なんで、気付かなかったのかくらい、大事なことを忘れてたってくらい大事なことを。


「高田!」

「はい?」


 とぼけた声で返事をする高田。


「命呪だ! 命呪ならお前も使える!! オレに命呪を使え!」

「命呪?」


 夢魔が聞いたこともない言葉を耳にしたというような顔をする。


 当たり前だ。

 命呪は、ある意味秘術だという。


 単なる魔物風情が知っているような言葉ではない。


「嫌だ」


 だが、高田はあっさりと拒絶を口にする。


「馬鹿か!」

「馬鹿は九十九だよ。わたしは、使いたくないって言った。それに、九十九の意識下で九十九自身が無意識状態になっちゃう命呪なんて使ったら、この夢がどうなるかも分からないし、この夢に入ってきたわたしの身だって安全の保障は出来ないでしょ」


 それはそうかもしれないが、何の対策もないままでは埒が明かない。


「どういうことだか分からないけれど、それは賢明ね。強制的に意識に作用するような魔法を使えば、外部からの侵入者は閉じ込められてしまう。夢を自由に出入りできる夢魔や夢喰いならともかくね」

「夢喰い?」


 高田が疑問符を浮かべる。


「知らんのか? この国ではバクがその代表だな」


 動物園で見た暢気そうなバクを思い浮かべる。


「……違う!!」


 何故か夢魔が叫んだ。


「九十九……、このバクは違うとわたしも思う」


 二人の視線の先には、ブタのようなアリクイのような、クマのようなどこか愛嬌ある姿の生き物がいた。


 どうやら、オレが考えたため、実体化したらしい。


 ここが、オレの夢だからだろう。


「これ、マレーバクじゃない? わたしもバクの種類は詳しくないけど……、多分、これは違う気がするよ?」

「マレーバクなら、バクで間違いないんじゃないか?」


 違いが分からん。


「九十九が言ったのが、悪夢を食べると言われている『(ばく)』のことなら違う。体はクマ、鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラに似た動物だったはずだよ」

「ヌエみたいだな」

(ぬえ)は、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビの魔物」


 オレの言葉に迷うことなく答える高田。


 こいつは妖怪大辞典か?

 なんですらすらと、合成魔獣の特徴が出てくるんだ?


 だが、そう突っ込む前に……。


「きゃあああああああああああああっ!?」


 凄まじい女の叫び声が上がった。


「な、なんだ!?」

「捕食しようと近付いたダイオウイカの反撃にあったマッコウクジラの叫びじゃないかな」


 高田が涼しい顔をしたまま、よく分からないことを言う。


「なんだ、そりゃ」

「早い話、下剋上? 捕食する側がされる側の反撃を喰らっただけのこと……でしょ?」


 高田の見つめる先には、良く分からない大型の魔物二体に襲われる夢魔。


 どう見てもその女を飲み込もうとしているようにしか見えないその様は、あまり気分のいいものではなかった。


 どうせなら、全然知らない女の姿をしていれば良かったのに。


「こ、こんな……、ば……かな……」


 そう言い残して、飲み込まれかけた夢魔は消えた。


 そうして、後に残されたのは、高田と縛られたままのオレと、奇妙な動きをしたままの怪しげな魔物2体。


「お前……、何をした?」

「何かしたのは九十九だよ。獏のこと……、考えたでしょ? ついでに鵺のことも。悪夢を食べる獏は夢魔の天敵だったみたいだね。人間界の空想上の生き物だから心配だったけど、効果があって良かった」


 そう言いながら、高田が獏や鵺に手を伸ばすと、その魔物たちは役目を終えたとばかりに消えてしまう。


 それに対して、高田は何故か物憂げな顔をした。


 まさか、あの魔物たちに触りたかったのだろうか?


「兄貴の……、入れ知恵か?」


 そうとしか思えないほど自然な流れだった。


「そりゃ、少しのアドバイスはもらったよ。夢魔の支配下にあっても、九十九の意識内でのこと。想像力が働けば、九十九の考えたことがそのまま形作ることは可能だって。それも、九十九が完全に支配されてからじゃ遅いらしいからね」

「それにしたって……」


 夢魔は既にオレの記憶までも握っていたのだ。


 そんな状態のオレに、天敵のことを考えさせるってことは、簡単にできることじゃないと思う。


「う~ん。難しいことはわからないけど、多分、夢魔も一緒に考えてくれたんじゃないかな。自分の苦手な相手のことをね」

「は?」

「九十九が最初に『マレーバク』を出したときに、彼女も一緒に突っ込みを入れたでしょ? だから、その時にうっかり本物のこと、考えちゃったんだと思う。ある意味自爆……かもね?」


 なるほど、二人分のソウゾウが働いたからこそ、より具体的に形が出来た。

 それも、その魔物の特徴を持った状態で……。


 夢魔が自分の天敵である魔物をより具体的に想像できた分だけ、その効果も増したかもしれない。


「勿論、夢魔は逃げただけだと思う。出てきた獏は九十九の悪夢部分を食べただけ。だから、結局一時しのぎかもしれないんだけど……」

「いや、それでも十分だ。ところで、高田……」

「ん?」

「この状態……、いつ、解放されるんだ?」


 オレは未だに縛り付けられたままなわけで……。


「九十九の趣味かと思った」

「んなわけねぇえええええええええええええええええええっ!!」


 けろりとした顔でとんでもないことを言われたオレは、力の限り叫んだ。


 人を何だと思ってやがるんだ、この女は。


「まだ夢魔の影響があるの?」

「へ?」

「それは夢魔の仕業でしょ? だから、いなくなったら九十九は自力で解けるんじゃないの?」


 その高田の言葉とともに、縄が緩んだ。


「言われてみれば、そうだな」


 それと同時に、不自然に太かった桜によく似ていた樹も激しく舞い散りながら姿を消していく。


「殺風景になっちゃったね」


 言われてみれば、周りは桜の花びらの余韻ぐらいで、白く何もなくなってしまった。


「悪かったな、想像力が貧困で」


 ようやく、自由になった手をぷらぷらさせてみる。


「いやいや、別に」


 そう高田が笑ったから……。


「お?」


 なんだか……、見覚えのある場所が現れた。


「校門……?」


 先ほどとは違い、本物の桜が咲き誇る風景。


 そしてそれは……、ここ数日、オレが彼女を待っていた場所だった。


「なんで、ここを考えたの?」

「いや、お前の顔を見てたら……、なんとなく?」


 本当に無意識だったから、理由を問われると困る。


「そか……。最近、九十九は良く見ていたもんね」


 彼女の服も、制服へと変化する。


「うわっ!?」

「まあ、オレの意識の中のお前は制服姿ってことだろうな」

「魔法みたい……。いつ変わったかも気付かなかったよ。まあ、九十九の夢の中のせいか、わたしの感覚も曖昧だしね」


 そう言って、彼女が笑った。


 だから、オレも笑った―――― のだと思う。


 オレが記憶しているのはここまで。


 その後、彼女とどんな話をしたのか、彼女がどうなったのかはまったく覚えていなかった。

「獏」の姿に関しては文献により異なりますが、少女の知識はこうなっています。


元となった中国の伝説では悪夢を食べるわけではないらしいですが、彼女は日本人なので日本の伝承の方が知識の中心となるのは仕方ないですね。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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