宙に浮いた話
自分自身で「浮いている」と、声に出してみたことで、初めてそれが現実となった気がした。
目の前にいるその3人は紛れもなく、空中浮揚をしていたのだ。
よ~く目を凝らして見ても、ピアノ線とかで吊っているようにも見えない。
「どうなってるの……?」
考えられることは……。
「お化け、気孔、ヨガ、超人、マジシャン、超能力者、格闘家……」
つらつらと口にしていく。
「なんで格闘家が浮くんだよ?」
「え? 漫画では普通に空飛ぶでしょ?」
「阿呆。一緒にすんな」
「だって……」
空を飛ぶ格闘家って、漫画じゃ、珍しくないよね?
「他にも、可能性があるだろう? 魔法使いとか、天使や悪魔とか、魑魅魍魎とか……」
九十九も考えられることを口にしてくれる。
「うんうん。そう考えると割とあるもんだね~」
わたし以上にすらすら出てくる彼に感心してしまう。
だけど……。
「……って、そんなことあるはずないじゃない!」
思わず、そう叫んでいた。
「じゃあ、アレの説明は?」
「う゛……っ。」
彼の正論に、わたしは何も言えなくなってしまった。
『おいおい。てめえら、こちらを無視してんじゃねえよ』
『余裕ですね~』
宙に浮いている人たちから声を掛けられる。
その口調から、先ほどまで聞こえていた声の主は、この人たちなのだろう。
そして、別に、余裕とかそういうわけじゃないのです。
寧ろ、余裕などないだろう。
でも、幸い、声の主たちは言葉が通じそうな感じだとは思った。
もし、異世界からの来訪者とかだったら、言語そのものが異なり、言っていることが分からなかった可能性もある。
その場合、漫画やよくある小説とかのように、翻訳機みたいなのがなければ、会話すらできななくなってしまうのだ。それはかなり面倒な話だ。
でも、言葉が通じるというのなら、会話することができなくはないだろう。
尤も、意思の疎通ができるかは別として。
「あなたたちは何者でしょうか? わたしたちに何か用ですか?」
わたしは、思い切って、単刀直入に聞いてみることにした。
『別におめえら2人ともに用があるわけじゃねえ。1人は勝手についてきただけだろう』
『それに、何者って聞く辺り、分からないかな?』
『まあまあ、相手はただの人間のようですから』
わたしの質問に対して、答えになっていないような会話を返す。
『そっか~。でも、あの御方も物好きだね~。どう見てもただの人間にしか見えない……、それも、こんな子どもなんかを欲しがるなんて』
『お偉い方の考えることなんて分かんね~よ。ただの道楽じゃねえのか』
3人は、さらにわたしたちを無視して話をし出した。
相手の言葉は理解できるし、こちらの言葉もちゃんと伝わってはいるが、微妙にお互いのナニかがずれているようだ。
「九十九、『あの御方』とやらに心当たりは?」
「あると思うか?」
九十九はぶっきらぼうに返答する。
「やっぱり、ないよね~」
勿論、わたしの方にもなかった。
そんな「お偉い方」なんて、知り合いにはいないし、そんな存在に「欲しがられる」理由も思い当たらない。
「あなたたちは『ただの人間』とは違うってことでしょうか?」
『おめえは、「ただの人間」が空中に浮くと思うか?』
ごもっとも。
「ただの人間じゃねえなら、何だよ? いんちきマジシャンか?」
今度はわたしではなく、九十九が尋ねた。
気のせいか、彼は昔と比べてちょっとばかり口が悪くなっている。
それだと喧嘩売買な話し方じゃないの?
言葉が通じているかはともかくとして、この状況でそんな態度はあまり良くない気がするのだけど……。
『いんちきだって、ひっど~い』
『仕方ありませんよ。そう思うのが人間というものです。自分の目の前に起こっていてる現実も認めようとせず、全てを否定することで平静を保たねば、己が崩壊してしまう脆い種族なのですから』
『ざまぁ、ねえな』
初対面で、ここまで馬鹿にされるのは初めてだ。
しかも、大人から。
いや、これは、九十九の挑発っぽい台詞のせいかもしれないのだけど。
「いんちきじゃねえなら何だっていう気だ? まさか超人とか抜かす気じゃねえよな?」
それでも、彼は少しも気にした様子もなく、先ほどまでの態度を崩さない。
この神経の太さは羨ましい。
わたしなんて今、この場で声を出すのもすっごく怖いのに。
『まあ、下等な貴様ら人間から見れば、そう見えても不思議はねえな』
まるで、ゲームや小説に出てくる悪魔が言い出しそうな言葉だ。
日常会話で「下等」など、使ったこともない。
「じゃあ、あんたらは上等な種族とでも言うのか? ハナから相手を見下して話している時点で、そうは思えんのだが?」
『なかなか言いますね~』
『たかが人間風情が、偉そうに』
……本当に、この人たちって何なのだろう?
わたしは、自分が少しだけ、落ち着いてきた気がした。
「で、あなたたちは何なのですか? わたしたちは家に帰りたいんですが?」
一番大事なのはその点だった。
こんな所で遊んでいるほど暇ではない。
『帰れると思いますか?』
『おめでたい子だね~』
「へ?」
思い切って告げた言葉はあっさりと流される。
「お前な~。話を聞いていたんだろ? あいつらが言うには、あの御方とやらに捧げられるか、始末されるか。二つに一つしかないらしいぞ」
確かにそんな話をしていた気がするけど……。
「なんで? どっちも嫌だよ」
「それについてはあいつらに言えよ」
『娘。てめえは、あの御方に捧げられる方だから安心しやがれ。この場で命までは取らねえよ』
わたしが……、捧げられる方?
でも……、それって……。
「え、嫌ですよ。その言い方では、この場以外で殺される可能性もあるってことじゃないですか」
『あの御方に捧げられた後のことまでは責任もてねえってことだ』
ホントに無責任な話だ。
しかも、わたしが捧げられるということは、もう1人……、その傍にいる九十九の方は……。
「そんな、『あの御方』っていう人の正体だって分からないのに、『はい、そうですか』って納得できますか!」
そもそも相手が本当に人かどうかも分からない。
この不思議な現象を起こしている以上、確実に普通の人間ではない気がする。
いっそ、夢であって欲しいと心から願うほどに。
『そちらの方は納得されているようですけど』
「え?」
相手から思わぬ言葉を言われて振り返ると、九十九が何やらブツブツと呟く姿があった。
「……ってことは始末されるのは、オレかよ。やっぱ、供物とかは女が選ばれるもんだな~」
……って、ちょっと、九十九くん?
そんな悠長なことを言っている場合ですか?
「九十九! 何をのんきなこと言ってるの? あなたが『始末』されるんだよ?」
あの3人の言っていることがどこまで正しいか分からない。
単に変な人だって可能性もある。
だけど、漫画や小説では珍しくもない話と言ってしまえばそれまでだ。
ある日、突然、日常って崩れるらしいから。
でも、そんなわたしに対して、九十九がした返答は意外なほどあっさりとしたものだった。
「らしいな」
「『らしいな』って……」
そう言いながらも力なく笑う九十九は、完全に開き直っている感じだ。
『案外、諦めが早いじゃねえか』
「でも、ただで殺されんのは嫌だな。せめて、何故自分が殺されるのか理由を知ってからってのはだめか?」
『それぐらいならいいんじゃない?』
『そうだな』
『でも、依頼では他言無用と……』
『心配性だな、おめえは。大丈夫だ、話し終えたらすぐ始末する。逃がしはしねえ』
「九十九!」
あまりにも諦めが早すぎる言葉に、わたしは思わず彼に掴みかかる。
「オレのことを心配してくれているのは嬉しいが、少し気になることがあるんだよ。だから、悪いけど高田は、少しの間、黙っててくれねえか? このままじゃ、何も分からねえからな」
九十九は、語尾のトーンをやや低くした。
心なしか先ほどと違って、なんとなく、なんとなくだが、不敵な笑みを浮かべているような気もする。
その妙な余裕が気にはなるけど……、いや、そこが気になったからその指示に従うことにした。
もしかしたら、わたしでは考え付かないような打開策を、彼は思いついたのかもしれない。
そして、少しだけ低くしたその声は……、やっぱりあの夢の中の声に似ていた。
もし、本当にあれが彼の声だったとすると、これはあの夢の続き……なのだろうか?
三日連続で見続けた不思議な夢。
でも、いくら考えても、今のわたしには何も分からなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。