忙しい大神官
トルクスタン王子は今から考えねばならないことが山積みだった。
時間を要するのは仕方がない。
国王は国で治療中。
そして、兄王子がいなくなった以上、カルセオラリアは必然的に弟王子にかかってくる。
「まあ、国王陛下が回復するまでの一時的な代役でしかないけどな。それでも、あの人もそれなりに年齢を重ねてるし、たまにはゆっくりと療養がてら休んでもらいたいんだよな~」
トルクスタン王子はそんな軽口をたたくが、突然、圧し掛かってきた重圧はそんなに簡単なものではない。
それは、彼自身が、一番よく分かっていることだろう。
「情報国家もあのまま黙って引き下がるってことはないだろうし、アリッサム襲撃後のように、中心国による会合も直に開かれることになるだろう。それまでに何とか、格好だけでも体制を整えたいところだな」
「情報国家……」
自然に、あの時出会った王子の顔が思い浮かんだ。
銀髪碧眼のあの男は……、人を物のように扱ってくれやがった。
「ツクモは気に入られたみたいだな。中心国の会合では情報国家は間違いなく現れる。尤も、その時はあのシェフィルレート王子ではなく、その父親であるイースターカクタス国王陛下が来るとは思うが」
「王子殿下でアレなら、国王陛下はもっと凄まじいのでしょうね」
オレは溜息を吐く。
兄貴に似ていたら勝てる気はしない。
「性格は何ともいえないところだが、顔はそっくりだぞ。ああ、だが、イースターカクタス国王陛下は金髪だな」
「うげ」
オレはトルクスタン王子の前だと言うのに、素直な反応をしてしまった。
あんまり見たくないな~、あの手の顔は。
とりあえず、今後はできる限り、情報国家と接触しないようにするべきだろう。
それでなくても、オレたちは、あまり表に出てはいけないわけだし。
「表向きは良い方だよ。即位前に流していた数多くの浮名も、即位後は一切聞かなくなったくらいだ」
「表向きってとこが、曲者ですね」
「裏までは知らないからな」
―――― コンコンコン
そんなオレたちの会話を止めるかのように扉を軽く三回ほど叩く音がして……。
「御歓談中、失礼致します」
軽くお辞儀をして、大神官がオレたちの前に姿を見せた。
「割と暇なのか? 大神官」
無遠慮にトルクスタン王子が言う。
「いいえ」
それを無表情でやり過ごす大神官。
う~ん。
さすがに、日頃から鍛えられているだけあって、ちょっとの言葉では動じない人だ。
「今は巡礼期なので、手の空いている神官が少ないのです。それで、僭越ながら私が案内をさせていただいています」
巡礼期……、確か神官たちが修行のため各地の聖堂や聖地を巡る時期のことだ。
オレは専門じゃないから良く分からないが、その巡礼地数や、そこでの評価が後のランク付けにも影響するとかいう話を、以前、この国の王女殿下が話していた気がする。
聖跡に触れるとかなんとか?
「そうか……、今、そんな時期だったんだな。それなのに、カルセオラリアにあれほどの数の神官たちを派遣してくれたわけか。感謝する」
そう言って、トルクスタン王子も頭を下げた。
「これも修行の一環ですから。他国が困っている時に、手を差し伸べない神官はこの国にはいないと思います」
それは、裏を返せば、手を貸さない神官はその資格なしということだ。
そりゃあ、絶対行くよな~。
この国の試験はいろいろと大変だし。
「雄也さんの身体を一通り確認させていただきましたが、あの方にあった傷は完全に消えているのは間違いないようです」
「そうですか、ありがとうございます」
その言葉でようやく、ほっとした。
どうやら、兄貴は死なないですむらしい。
やっぱり、悪運が強いんだな。
「ただし、意識は未だに戻りません。それと、少々体温の上昇も見受けられます」
「その程度なら、許容だろ? ツクモ」
「はい、死ぬよりはずっと良いですよ」
オレは素直にそう言った。
「現在は、脈や激しい呼吸の乱れも確認されています。魔気も少々不安定のようなので、結界を結ばせていただきました」
どうやら、まだ無事だったと手放しで喜ぶには早いようだ。
「マオリア王女殿下の方は、体温の低下、魔気の激しい乱れが確認されていますが、無理をされなければ数日中には回復されるでしょう」
「そうか……」
トルクスタン王子は胸を撫で下ろした。
やはり心配だったのだろう。
彼女とは幼馴染だという話だし。
幼馴染と言うのはやはり、どこか特別な感情が湧くものだ。
「そして、栞さんは…………」
何故、そこで溜めるのでしょうか?
「大変、申し上げにくいのですが………………」
何故、そこで言いよどむのですか?
「眠っていらっしゃいます」
「はい、そうでしょうね」
この部屋からそう離れていないところ、少しの障害は感じられるけれど、高田の魔気はかなり落ち着いてるように感じられる。
高田の魔気に関しては、オレが間違えるはずがないのだ。
例え、どんなに離れていても、彼女の気配だけは分かるのだから。
「あ~~~~~~~~~、もう! ベオグラ! 相変わらず、演技、大根過ぎ!!」
そう言いながら、闖入者が現れた。
「出やがったな、黒幕」
「会うなりご挨拶だね、笹さん」
「お前には負けるよ、若宮」
おかしいとは思ったんだ。
この国の王女であるこいつの差し金でもない限り、大神官が勿体つける理由がない。
「姫……、先に言ったはずですよ? 私は芝居が苦手だと」
「せっかく、笹さんが慌てふためくさまを見ようと思ったのに~~~」
そんなことのために、忙しい大神官を巻き込まないで欲しい。
「相変わらず、良い性格してるな」
「いやん、褒められちゃったわ」
「一厘たりとも褒めちゃいねえ!!」
「私にとっては褒め言葉ですよ?」
「どんな脳内変換してるんだ?」
「素敵脳内変換機能」
「熟語っぽく言えば誤魔化せると思うなよ?」
この女の性格は、数ヶ月ぐらいじゃ改善されてないようだ。
「えっと……?」
流石にトルクスタン王子も面食らっているようだ。
「ああ、これは失礼致しました。初めまして、カルセオラリアのトルクスタン王子殿下ですね。私は、この国の王女で、彼の友人でもある『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』と申します。以後、お見知りおきを……」
そう言って、にっこりと微笑む。
あんなところを見せておいて、一気に畳み込むような自己紹介。
見事なまでの、変わり身だった。
「初めまして。『トルクスタン=スラフ=カルセオラリア』だ。こちらこそよろしく、ケルナスミーヤ王女殿下」
だが、この手の女に馴れている王子殿下はあっさりと彼女の言葉を受け入れた。
何気に、苦労人だよな、この王子殿下も。
「今は、城、聖堂とともに人手が足りないため、行き届かない面もあると思いますが、ゆっくりとおくつろぎくださいね」
でも、こういった挨拶をしっかりする辺り、若宮はやっぱり王女なんだよな~。
普段の言動を見ていると信じられないけど。
「で?」
「はい?」
「なんで、大神官猊下に芝居をさせた?」
「楽しいから」
「おい!!」
「最近ね~。自分も周りも忙しくって、癒しが欲しかったのよ」
頬に手を当てながら、大神官を見る王女。
「そんなことのために忙しい大神官猊下を巻き込むな!」
本当に気の毒すぎる。
「忙しいからこそ! ベオグラにも、息を抜いて欲しくって。ずっと、神官を束ねるものとして、王や王子の名代として駆け回っているから、休む間もなくてね。笹さんたちはこの国に貢献しているから特別ゲスト扱いで、優先的に扱われるから」
「そのお気持ちだけでよろしいのですが……」
大神官は複雑な顔をしている。
「ふ~ん。話に聞いていたとおり、ミオやマオとは違った意味でぶっとんだ王女殿下なのだな」
「あら、トルクスタン王子殿下? どちらからそのようなお話を伺われました?」
にこりと笑みを浮かべる王女殿下。
さて、旅支度でもするか……。
保存食も心もとなくなっていたよな。
「主に、そこにいるツクモやシオリからかな」
やっぱり言いやがった!
空気読め!!
「さ・さ・さ・ん? そちらは、扉ですよ?」
笑顔が怖いです、王女殿下。
「そ、そ~ゆ~ところがぶっ飛んでるって、言ってんだよ~~~~~!!」
少しぐらいは変わるかと期待していたのだが、数ヶ月間を置いたぐらいで、この王女殿下に変化があるはずもなかったのだった。
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