日本刀
冒頭から人によってはショッキングな文章かもしれません。
ご承知ください。
「見事に……、首、すっとんでいたな」
真央さんの魔法を見届けた後、自分の兄の遺体の確認をしたトルクスタン王子は、ティーカップを手にそんなことを口にした。
「ぶふぉっ!!」
オレは、思わず口に含んでいた茶を噴出することになる。
「ツクモ、行儀が悪いぞ」
いけしゃあしゃあと、トルクスタン王子はそんなことを言った。
「茶ぁ、飲んでいるときにいきなりそんな話題を振る人間は行儀が良いでしょうか?」
「菓子も食ってるが?」
「尚、悪いです!!」
ウィルクス王子の遺体との立会いは、なんとなく流れでオレも立ち会った。
だが、それは失敗だったと思う。
遺体を見るのは初めてではないと高をくくっていたオレは、その光景に絶句するしかなかったのだ。
「ああ、まだ目のこの辺にあの光景が焼きついている気がする」
そう言いながら、オレは両目を押さえる。
「失礼なヤツだな。仮にもアレは、俺の兄上なんだぞ?」
「そう言った問題でもないです!!」
崖から身投げして、頭が割れた状態になった遺体を見たことはあるが、首のない身体を見るってことがあんなにきついもんだとは思わなかった。
それに、身内の死って、たぶん、誰でもきついと思う。
オレだってそれなりにきつかったんだ。
だけど、トルクスタン王子は平然とし、その兄だったものをマジマジと見ていた。
オレとはどこかの神経回路が違う気がしてならない。
さっきまであんなに青い顔してやがったのに……。
「それにしても……、兄上は、ニホントウを隠し持っていたんだな」
「鍔を付けてなければ、木刀みたいなものですからね。腰に差さずに背にでも仕込めば、回りに気付かれにくいとは思います」
その遺体は厚い布のような物を被せられていた。
その周りは、思ったより血が飛び散ってはいなかったが、掃除した後があったから、実際はもっと凄惨だったのだろう。
そして、その傍らには、どこかで見たことのある日本刀が横たわっていたのだ。
「でも、オレはアレを……どこで見たんだろう?」
「城下の店じゃないか? 城とあの店以外にニホントウは……ないはずだ」
「ああ、そうか……」
リヒトとの意思疎通をするために立ち寄ったあの店で……、オレは非売品とされた日本刀を見たのだ。
「確かにアレによく似ていますが……」
形も似ているが、そこに込められた魔力も……って……あれ? そう言えば、あの魔力って確か……。
「似ていて当然だな。あの店にやったのは、兄上が持っていたニホントウの複製品だ」
「複製……?」
「イズミは、兄上のニホントウを『シンウチ』、それ以外を『カゲウチ』とか言っていたがな」
「ああ、真打と影打か。……ってどこまで、しっかり拘っているんですか? カルセオラリアの刀鍛冶は!?」
マニアックにも程がある。
刀なんて、一本だけあれば良いんじゃないか?
それにイズミってあの女みたいな顔した男じゃなかったか?
なんで、刀なんか打ってんだよ?!
「……で、イズミが創り出したのを、兄上とオレ、メルリにそれぞれ渡して、その全てにマオが火属性を付加してくれたんだ」
「……つまり、全部で三本あったんですね。貴重だな」
それでなくても、あの刀は凄かったんだよな。
オレ好みで……。
「でも、そんな貴重なものがなぜ城下の店にあったのですか?」
「俺が売ったから。小金が欲しくてな」
「はい!?」
な、なんて勿体無いことを……。
しかも、小金って言ったぞ、この王子殿下。
「使わないものを持っていても仕方ないだろ? 結局のところ、ニホントウ……剣なんて人を傷つける武器でしかないんだ」
「うううううううううっ」
確かにそうなんだけど! そうなのだけど!
はっきり言ってもったいねえ!!
「ツクモはニホントウが好きだったのか? くれてやりたいが、メリルのも、オレが城下に売ったのも、あの惨状では探し出すことは困難だろうな。ああ、でも、あの兄上のなら……」
「それは、お断りします。アレは、ウィルクス王子殿下のものですから」
あれは、あの人のものだ。
どんな理由からかは分からないけど、肌身離さずに持っていたものだったんだろう。
それをオレが勝手に持っていくわけには行かない。
それに……、人の血を吸った刀だ。
あまり縁起の良いものではない。
「妖刀」と呼ばれるモノになっていたとしても困るし。
魔界人が打ったとしても、日本刀なら、そんなこともありそうで怖い。
「ツクモは良いヤツだな」
「は?」
「もはや、アレは所有者のいなくなったものだ。だから、遠慮なんて要らないのにそれを断るとは」
それだけが理由じゃないのだが、そこでそれを口にするのもアレなので、黙っていた。
「ところで、マオさんは……、大丈夫でしょうか?」
彼女は、あの魔法を使った直後、倒れこんだ。
あれだけの魔法だから、なんともないほうがおかしい。
そのまま、別室へ運び込まれてまだ眠っているようだ。
「あいつの場合、肉体的な疲労より、精神的なものの方が強そうだからな~」
う~む。
確かにそれはある。
実際、何度も倒れたりしているし。
「まあ、暫くは寝ていたほうがあいつのためではあるだろう」
「そうですね」
一度に色々なことが起きたのだ。
どんなに気丈な人間でも倒れてしまうことは可笑しくない。
「そちらは?」
「はい?」
「シオリの様子……、見に行かないのか?」
「もう少ししたら、行くつもりですよ」
少なくとも、案内人がいなければ勝手に動くことも出来ない。
魔気を頼りに探すことも考えたが、それは、この国に対して失礼な気がする。
「難儀な男だな」
「この国では、下手なことができないんです」
この国にはオレにとって、厄介な人間がいる。
それも二人も。
2年ぐらい前までは一人だったが、気が付けば二人に増えているとは、どんな国なんだか。
「ああ、噂の王女殿下とグラナディーン王子殿下の婚約者のことか。お前やシオリとは面識があるんだったな」
「できれば、ない方が良かったです」
世の中、知らないほうが良いということもあるのだ。
大神官の話では、城内や聖堂内がばたついているため、今回は二人とも忙しく、こちらにまだ顔を出せないとのこと。
それについては、オレにとって、ある意味幸いである。
「シオリ……か。本当に不思議な娘だよな」
トルクスタン王子はどこか遠くを見ながらそう言った。
「あれほど奇想天外、摩訶不思議な女もそう多くはないと思います」
気が付けば、トラブルの渦中とは、一体、どんな縁があるんだか。
「まあ、今回のことは俺たちの問題に巻き込まれてしまったんだが……」
「その理由をそろそろ伺ってもよろしいですか?」
事の発端は、それだった。
あのウィルクス王子の命令で、高田がどこかへ連れて行かれたことと、今回の城の崩壊は、どこかで繋がっているはずだ。
タイミングがあいすぎる。
「まあ、正直なところ俺も断片的な情報しかない。兄上がいれば、手っ取り早く説明できたとは思うが、後は……、マオなら知っているかもしれないかな」
「そろそろ、本気でブチ切れて良いですか?」
「今までブチ切れてない方がおかしいと思うぞ。いきなり主人が攫われて、自分も危険な目に遭った上で、兄も死にかけた。ツクモはよくこれで落ち着いていられるもんだよ」
トルクスタン王子はどこか呆れたように言った。
「怒る暇もなかったんです!」
「どちらにしても、マオとシオリが意識を取り戻してからまとめて話を聞いたほうが良いだろう。真相を理解するには、事態があまりにも複雑すぎる。ここにはいないがミオや、まだ眠っているユーヤも聞きたいだろう」
「オレだけ、先に聞くことは?」
「ツクモ……。こんなことを言える立場ではないのだが、俺たちにも少し整理する時間をくれないか?」
そう言って、初めてトルクスタン王子は目を伏せた。
「あ……」
やはり、辛くないはずがないのだ。
身内の死に直面して……。
「すみません。オレ、少し興奮して……」
「あれをお前は興奮と言うのか? それに、お前たちからすれば当然の反応だ。巻き込んだことを本当に申し訳なく思う」
そう言ってトルクスタン王子はオレに跪き、カルセオラリアの最敬礼をしたのだった。
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