少年は拘束される
「だから~、命まではとらないって言ってるでしょ? 少し、栄養をくれるだけで、めくるめく素敵な世界が待ってるって話だよ」
「人の夢に不法侵入した挙句、起きている人間すら無理矢理眠りに引き込んでおいて、よくもそんなことが言えるな」
まあ、そんな手に嵌っているオレも情けないんだが……。
「あら? 夢の中に入っちゃいけないって法はないよ。ね? 九十九?」
その顔で、この言葉……。
「どんどん情報を盗んでいきやがる」
「仕方ないよ。夢は記憶であり、記録であり、情報でもある。コレがわたしの武器ならば、精一杯活用するに決まってる。九十九はそう思わない?」
「その口調も止めろ。腹が立つ」
「貴方の知るこの顔はこんな口調だったでしょ?」
少し照れたようにそう微笑むこの女。
それが、逆に腹立たしく思えてくる。
「だから、余計に腹が立ってるんだよ」
「もう! 手荒な真似はしたくないから、話し合いで譲歩してあげようってのに……。ホントに頑固だよね、九十九は」
「話し合いだぁ? 無理矢理人を引きずって、木に捕縛なんて『若宮恵奈』か? お前は!」
思わず、最近、よく会う女の名を口にする。
オレは、ソメイヨシノにしては不自然なほどぶっとい樹木に縛り付けられていた。
この太さは、ソメイヨシノではありえない。
「え? 若宮さんはそんな手荒な真似しないでしょ?」
「する。あいつはそ~ゆ~女だ」
面識はあるようだが、親しくはないな。
「ふ~ん、まあいいけど? その戒めを解いて欲しければ、素直にわたしのものになれば良いと思うよ」
「あの男はどうする気だ? 確か……マツバセとかいう……」
仮にも彼氏ではなかったか?
「あら、それもご存知か。でも、それは内緒。野暮だね。二人きりの時に他の男の名前を出すなんてさ」
「ヤボでもヤゴでもどうでも良いんだよ。とにかく、オレを解放しろ」
「嫌。このまま、食べた方が手っ取り早い」
簡単に解放してくれるとは思っていない。
「……緊縛趣味とはなかなかマニアックだな」
だから、あえて、喧嘩を売るが……。
「ええ。いろいろ楽しみたいもので。それに……、学生服にロープ……。なかなか良い絵面と思うよ?」
ヤツには効果がなかった。
「変態か」
「夢魔だからね。美味しそうな獲物はどんな手を駆使してでも頂く。ちょっと手間取ったけど、それでこそ美味しく食べれるってものでしょ?」
そう言って、妖艶な笑みを浮かべながら、彼女はゆっくりオレに近付いてくる。
甘い香りが鼻をくすぐり、頭が酸欠のようにくらくらとしてきた。
心臓は早くなり、体温も急上昇。
まるで長距離走を走っている時のように息苦しくなっていく。
さらに喉が乾き、視界が少しずつ歪んで……?
「あ?」
「え?」
不自然な歪みが、頭上に発生したかと思うと……。
「どわああああああああああああああああっ!?」
色気のなさ過ぎる悲鳴を上げ、見覚えのある人間が上から降ってきた。
「な、なに!?」
突然の事態に目の前の女が目を白黒させる。
そうだよな~、普通はこんな展開、予想外だよな?
オレも驚いた。
「あ~~~~~~~~、死ぬかと思った。……ってか、死んでも不思議じゃなかった」
服についた埃を払い、落ちてきた女は身体を起こす。
「……なんちゅ~登場の仕方だ?」
オレはそう言うしかできない。
「そこじゃないでしょ? なんなの? この女? 他人の夢に乱入っておかしいでしょ? 非常識だわ」
姿はそのままで夢魔の口調が戻っている。
それはそれで違和感があった。
「あんたが言うなよ」
「……おや? 九十九? 素敵な格好?」
オレに気付いた彼女は、そんなことを呑気に言った。
「いや、お前もその反応はどうなんだよ?」
「……ってことは、この人が例の夢魔さん? 渡辺さんのまんまかと思ったけど……随分、タイプが違うんだね。でも……、どこか見たことがあるような?」
そう言って、彼女は首を捻りながら夢魔を見る。
だが、夢魔のその姿を彼女が知っているはずはない。
学校区が同じになったことがない高田とは、一度も会ったことすらないはずだから。
髪が肩までの長さを揺らし、その女は黒い瞳を高田に向ける。
「高田さんって、随分、遠慮がないのね。いくら付き合っているとはいえ、無遠慮に進入してくるなんて」
「付き合う以前の人に言われたくないなぁ」
そう言って、にっこり微笑む高田。
その彼女にしては珍しい種類の微笑みになんとなく……、若宮や高瀬の影が背後に見えた気がするのは気のせいか?
「まったく……、九十九も魔界人ならなんで簡単に捕まってるの?」
「いきなり引きずり込まれて気付いたらこの状態だったんだよ。魔法もさっぱりだ」
気がついた時点で、オレは樹に縛り付けられていたのだ。
どうしようもないだろう。
「そっか……。それなら、仕方ないね」
「……って、なんで魔気もないただの人間が簡単に夢に入ってるのよ? それに……、なんで彼が夢魔に取り憑かれているって知ってるのよ?」
「そりゃぁ、横(の部屋)で寝ていて叫ばれたら、誰だって(悪夢を見たって)気付くと思うけど?」
「なっ!?」
とりあえず、いろいろ注釈が付きそうな言葉だが……、嘘は言っていない。
「ふ、二人の関係はそこまで……、そう言えばあの紅い髪にも『一緒に寝た』って言ってたわね」
「んなっ!?」
そんなとんでもない言葉に、思わず声が出てしまった。
それは知らない。
それは初耳だ。
……というか、いつの情報だ?
それは……。
「まあ、その辺に関しては誤解も多々あるんだけど……」
そう言って、高田は何かに気付いた。
「そうだ! 姿は違うけど、渡辺さんなんだよね?」
「何よ」
「あの時、あの男に椅子投げつけたのって、渡辺さん?」
それは恐らく卒業式の話だろうが、今、聞かなければいけないことだったのだろうか?
こいつの思考は夢の中でもよく分からない。
「じょ、冗談じゃないわよ。なんであんな化け物みたいなのにそんな無謀なことしなきゃならないの?」
「化け物?」
「魔気のない貴女じゃ感じられないでしょうけどね。あの男は異常よ。魔法も精神の方もね。貴女だってあれだけ無遠慮で容赦のない攻撃されても分からないの?」
その発言で、この女はあの状況を見ていたということになる。
高田がぼろぼろになっている状態を……。
その上で、何もしなかったのだ。
オレがこんな状態じゃなければ、ぶっ飛ばしてやりたくなった。
「わたしには魔気がないから分からないなぁ」
だが、高田はすっとぼける。
気のせいだろうか?
高田にしては珍しく相手を挑発している気がする。
その、いつもどおりに見えないこともない気がするからなんとなく……なんだけど。
「貴女、何しに来たの?」
「分からない? 九十九を助けに来たんだよ?」
「魔気もないのに?」
「魔気があってもなくても夢の中では関係ないでしょ? 夢を創りだす本人とソレを操ることが出来る夢魔に勝てるわけないじゃない」
高田はそんな正論を口にする。
「じゃあ、何故来たの?」
「邪魔しに来たんだよ。第三者がいれば、無視は出来ないでしょ? それで、朝まで粘ればわたしの勝ちだよ」
「どういうこと?」
「さあ?」
「さあって何?」
「そこまで話す義理は全然ないからね」
そこまでのやり取りを見て気付いた。
ああ、高田は兄貴に何かを言われてきたな、と。
朝まで……というのは何かあるのか?
「夢の中なら攻撃は出来ないと思って?」
「夢魔だから夢の中でわたしに攻撃の一つや二つは出来るかもしれないけど……、女が来るのって計算外でしょ?」
高田がそう言うと……。
「物理攻撃」
そう言いながら、夢魔は平手打ちを放とうとする。
「うわっ!?」
夢魔の平手攻撃を避ける高田。
「非常識だなぁ。もっと夢魔らしい攻撃方法ってなかったの?」
「他人の夢に不法侵入してきた貴女に常識を諭されるいわれはないわ!」
お前が言うなよ……。
オレがそう思うのは無理ないと思う。
しかし、なんだ?
この状況。
被害者置いてきぼりなんだが?
「何のつもりなの? 邪魔しないでよ」
「だから、邪魔しに来たって言ってるじゃないか。わたしに魔法は使えない。だけど、ここにいるだけならできる」
「ちょっと、彼氏! こんな色気のない小娘のどこが良いの? だぼだぼした上下ジャージで彼氏の夢に乱入してくる女よ?」
高田に色気がないことはとっくに知っていることだし、それを過剰に期待もしていない。
オレは彼女をそんな対象として見てもないから。
「そんなこと言われたって、ご近所さんが厚意でくださったものだよ?」
「そう言う問題じゃない! 見てなさい! こうやるの!!」
そう言いながら、夢魔は高田に姿を変え……、かなり薄手の服になった。
……って、あれはもう下着じゃねえか?
「うわああああああああああっ!! 他人の外見でなんて格好を!!」
流石に、高田も悲鳴を上げた。
「いや、お前はこんなに胸ねえよな?」
「そこじゃない!! ……って、九十九もまじまじと見るな!!」
「お前との違いを探しているんだが?」
半分は嘘だ。
だが、許せ、高田。
これは男のサガだ。
「やめてええっ!! 見ないで!! わたしじゃないけど、わたしが見られてるみたいですっごくいやあああああああああっ!!」
高田は珍しく顔を真っ赤にして叫んでいる。
「これぐらいで動揺してどうするのよ、お子ちゃまね~。そして、彼氏の反応も青少年としてどうなの? 目の前で彼女が色気のある格好なのよ? 少しは反応したら?」
その「反応」とやらについては深く突っ込まない。
こっちだってそれなりに必死で抑え込んでいるものがあるんだが、この状況でそれを主張できるほど恥知らずではないんだ。
強いて言えば、その姿で、今、オレに真っ赤な顔で目隠しをしている本人のような反応だったらかなりヤバかったとは思う。
「そこまで堂々とされると正常な男は冷めるぞ」
どんなに露出されても、そこにやはり恥じらいというものが欲しい。
もしくは、露骨な表現よりもチラリと見える方が、オレとしては好みだ。
「ああ、恥じらう娘を優しい言葉でいじめる方が好きなのね」
「………………」
「いや、そこで黙らないでよ、九十九。この状況だとわたしがすっごく反応に困る」
仕方ないじゃないか。
実際、嫌いじゃないんだから!
それにしてもマズいな。
自分の思考が単純化してきているのがよく分かる。
本来なら隠したくなるような性的傾向まで、どんどん漏れ出しているような?
実際、夢魔の下着は見るだけならかなり好みのデザインだった。
それを高田にバレるのは流石に気まずい。
くっ!
これも、夢魔の効果なのか?
「とにかく、その格好は止めていただけませんか!? それが聞き入れられないならせめて、わたし以外にして!!」
高田の主張は尤もだと思う。
「え~、でもお、一番、彼氏の心が揺れ動く姿がコレみたいよ?」
何、余計なこと言ってやがる、この魔物。
動揺するのは当たり前!!
当人の前でアホ面下げたくねえんだよ!!
「そりゃ、そ~だと思うよ? すぐ近くに本人がいるんだから、普通に考えたって気まずいし、罪悪感もあると思う」
オレに目隠しをしたままで彼女はそう言った。
だが、本当にすまん、高田。
オレは、当人の前でも罪悪感はあまりなかった。
むしろ、ラッキーだとすら思っていた。
「仕方ないわね。確かにややこしいし、貴女が彼に張り付いているのは困るわ」
そう言って、夢魔は先ほどまでの肩までの髪に大きな黒い瞳の小柄で細身な少女に姿を変えたのが、高田の手の隙間から見えた。
その姿もあまり心臓に良くないから嫌なんだが……。
でも、幼女よりかはマシかもしれない。
「そこで黙って見てなさい!」
「へ!?」
夢魔がそう言うと、木の上から、蔦のような蔓が伸びてきて、高田を拘束し、吊り上げたのが見えたのだった。
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