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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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暗闇の中の痛み

 目を開けて最初に飛び込んできたのは、闇。

 ただひたすら、真っ暗で深い闇の黒だった。


 そこには一切の光もない。


 暫くすると、目が慣れてきたのか、闇色だと思っていたそれが暗い色の天井だったのが分かる。


 豪奢な照明も装飾も見当たらない。


 質素と言うか殺風景と言うのか迷うようなその部屋に、わたしは見覚えがあったが、それを確かめる術は、少なくとも今の自分にはなかった。


 何故か身体が、ピクリとも動かないのだ。


 それは、縫い付けられているような感じではなく、単純に身体が重くなっただけのような感覚だった。


 目は確かに開いているし、呼吸もできている気はするのに、唇は微かに震えることもせず、固く閉じられたままだった。


 このままではどうすることもできないので、再び目を閉じ、耳を澄ましてみる。

 周囲には人の気配どころか、物音一つこの耳には届かない。


 静寂だけが周囲を包んでいる。


 だから、もっと自分の感覚を集中させようとすると、額にあった前髪がほんの少し揺れた気がした――――。


「――――っ!!」


 だけど、それまで、何も感じられなかった身体から、何故か、信じられないくらい鋭い痛みが走った。


 痛すぎて気絶もできないほど、身体を貫くようなはっきりとした痛みで、いつものわたしなら叫んでいたことだろう。


「~~~~~っ」


 だけど、その痛みの箇所を確認しようにも身体はやっぱり動かないまま、声ももちろんでないままだった。


 ただ目には涙が溜まった気はする。


 でも、痛んだのはそれっきりだった。


 再び、わたしの身体は重く、その感覚も鈍くなったので、何もすることができず、ぼーっとしていた。


 痛いよりは重いほうがまだマシか……そう思って、うつらうつらと意識を手放そうとした時だった。


コツコツコツ


 乾いた音が、闇の中で鳴り響いた。


 眠りに落ちる直前の物音は、妙に意識を刺激するときがある。

 ましてや、僅かな情報を欲していたときだ。


 閉じかけた目が再び開くのは無理ないことではある。


「気が付かれたようですね」


 そう言いながら、来訪者が扉を開ける気配がした。


 そして、ゆっくりとわたしの真横を通り過ぎると、頭の方にぼんやりと光を灯した。


 どうやら、室内の照明を点けてくれたらしい。

 その明かりは、黒く大きな影を仄かに映し出す。


 声だけで……、その正体は分かっていたけど、薄っすらと視界に入ったその姿で、予想は確信に変わる。


 法力国家ストレリチアが他国に誇る最高位の神官、ベ、ベオグラ……? ベオグラース? 以下略! だった。


 彼の名前をしっかり覚えていない無礼は許してもらいたい。


 大神官と呼ばれている人物は、わたしの中で「恭哉兄ちゃん」と言う言葉の方が馴染み深いのだ。


 さらに、彼の婚約者であるストレリチアの王女殿下だってたまにしか正式な名前で呼ばず、愛称である「ベオグラ」と呼ぶ。


 覚えてなくても……、仕方ないよね?


「栞さん?」


 目は開いているのに何も口を開こうともしないわたしを不思議に思ったのか、彼が、わたしの顔を覗き込んだ。


 明かりに照らされ、彼の端正なお顔が目に入る。


 う~ん。


 ここまで近くで見ても、わたしを含め、そこらの女性が束になっても勝てないような綺麗で中性的な顔立ちをしていらっしゃる。


「ふむ……。やはりまだ、魔法の効果が残っているようですね。魔法の気配がしたので、様子を見に来たのですが……」


 そう言いながら、額に手を置かれた。

 手袋を通してだけど、彼の体温は伝わってくる気がした。


「少し、結界を結び直した方が良さそうですね」


 そう言いながら、彼は視界の外へと移動をした。


 気配はあるので、なんらかの作業中なのだろう。


 それにしても、結界を「張る」ではなく「結ぶ」か……。


 いかにも、神官って感じの言葉だなぁとどことなく明後日なことを考えていると……、空気がさらに重くなった気がした。


 悪い雰囲気とかそういうのではなく、文字通りの意味で。


 見えない布団が、上から1,2枚ばかり放り投げられ、そのまま乗っかってきたような気がする。


 潰れるほどじゃないけど、今の自分には十分、重い。


 そうして、再び、視界に入ってきた大神官さまはこんなことを口にした。


「体調はいかがですか?」


 ―――― 正直、最悪です。


 そう答えたかった。


「……良くはないようですね」


 ―――― 大神官ともなると、リヒトたち長耳族のごとく心が読めるのでしょうか?


「心は読めませんよ。ただ、栞さんの表情で判断しているだけですから」

 

 ―――― それって、わたしが単純ってことですか?


「気に障られたなら、申し訳ありません」


 そう言って、柔らかく微笑む。


 何?

 この破邪の笑み。


 何もしていないのに何故だかわたしが悪い気がしてくる。


 ―――― それだけ読みやすい表情というのは、年頃の娘としてはいかがなものでしょう?


「表情が読みやすいのは良いことだと思いますよ。我慢されていると、こちらも気付かない点が増えてしまいますし」


 それは、そうなのかもしれないけど……。


「いろいろとお話を伺いたいところではありますが、今の貴女に必要なのは十分な休息です。意識が戻ったことは確認できましたし、これ以上、余分に体力を消耗させるわけにはいきませんので、私は退室いたしますね」


 それは助かる。

 なんか、身体の重さも手伝って、今、ひどく疲れている気がするし。


 でも……、なんで……、こんなに……?


 痛みのせいか、ひどく、考えが纏まらなかった。


 このまま眠れたら良かったかも知れない。

 でも、わたしの中の何かが、それを許さなかったのだ。


ガシリッ!


「え?」


 驚いた声を上げる大神官さま。


 ほとんど不意打ち気味に、後ろから抵抗があったから無理はないだろう。


 彼が、ずるずるとした長い衣装を纏っていたのが、良かった。

 だからこそ、今のわたしでも掴むことができたのだから。


 だけど、指先をほんの少し動かしただけでも激痛カーニバルな我が身。

 ましてや、物を握るなんて、大打撃な大連鎖にもほどがある。


 ともかく動かせたのだ。

 先ほどまで微動だにしなかったこの身体が。


「栞さん……」


 背を向けた大神官が、ゆっくりとこちらを向く気配がする。


 だけど、わたしはこれ以上動くことなどできなかった。


「……う……んぱ……は…………?」


 自分でもちゃんとした言葉になっていないのが分かる。


 どうして、今、まともに喋ることもできないのだろう?


「本当に、貴女は無茶をされる」


 そう言って、やんわりと法衣から手を外させる。


「今はまだ、御身を……と言って、素直に大人しくされる方でもありませんでしたね。まるで、我が国の王女のようです」


 そう言って、この人にしては珍しく、深~~~~~~い息を吐いた。


 いろいろ苦労されているらしい。


「お話してもよろしいですが、今から私が口にするのは、正直、貴女にとって喜ばしい報告にはなりません。それを心に留めておいてくださいますか?」


 胸が一瞬だけざわめいた。


 涼やかな大神官さまの声。

 それは、既に起きた現実を告げると言う言葉。


 そして、喜ばしくものではないと聞いて、迷いがないといえば嘘になる。


 どんな結果もありのまま受け入れることができるほど、わたしは達観できてはいないのだから。


 だけど、事実として起きたことならば、否定したり、逃げ出したり、先送りにしたところで、結果は変わらない。


 もう何を言っても、思っても手遅れでしかないのだから。


 それならば、ちゃんと聞かねばならない。

 それが、たとえ最悪の結果であったとしても。


 そんなわたしの考えをどう受けとったのか……。


「貴女の意思は、よく分かりました」


 大神官は、それだけを告げ、わたしの額に手を当てる。


「それでは、お話いたしましょう」


 大神官は、少し前に、この城で起きたことを話してくれたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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