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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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彼女の中の歪み

「たぶん、わたしは何度か繰り返された封印の歪み……なのでしょうね」


 彼女は、目を閉じながらそんなことを口にした。


「封印の……、歪み?」

「はい。考えても見てくださいよ。成長途上に何度も記憶を封印しているのです。そりゃぁ、どこかが歪んだとしてもおかしくないでしょう?」


 自分が見知った少女の顔、少女の口調で、彼女の姿をした誰かはそのまま話を続ける。


 この状況に多少は慣れたとしても、やはり違和感が拭えない。


「人間界へ行った時と、人間界でのことかい?」


 探りを入れる意味でも尋ねる。


 そのことに彼女は気付いているのだろうけど、気にせず続ける。


「人間界は、恭哉兄ちゃん……大神官さまが、わたしの精神を気遣ってくれた結果です。彼らには本当に感謝するしかありません。でも、わたしたちが人間界へ行った時は……、我ながらちょっと身勝手な理由でしたね」


 彼女は恥ずかしそうにそう口にした。


「でも、実は()()()()()()()()()()()()()一度だけ、わたしは、記憶を封印されているのですよ」


 久しぶりに聞く彼女の口から出た自分の名前にちょっとだけ懐かしさを覚えたが、それもさまざまな疑問によりかき消されてしまう。


「はっきり覚えていないけれど……、三歳の時かな。わたしがツクモを見つける直前だったと思います。ちょっと年齢的に微妙な記憶ですから」


 魔界人の三歳は、人間よりも成長している。


 そして、それなりに思考や言動もしっかりしているため、大人との意思疎通もできる。


 だからと言って、もう十年以上も前の話だ。

 一般的に見ても、そんな時代を事細かに覚えているかどうかは怪しい。


「封印をしたのは……、あの紅い髪の青年……かい?」

「はい」


 彼女は俺の問いかけに笑顔を向ける。


「酷いとは思いませんか? 彼と会った日から、別れる日までの記憶を綺麗に消しちゃったのです。しかも当事者であるわたしの許可なく! まあ、彼にとっては覚えていない方が良い記憶……って判断したのでしょうけど」


 そう言いながらも、彼女は怒っている様子はなかった。


「まあ、彼にその後、どんな歴史があって、あそこまで変わっちゃったかはわたしにも分かりません」

「彼は変わっているの?」

「はい。いろいろ変わりました。少なくとも……、魔力を封印している少女に対して問答無用で攻撃するような人ではありませんでした。彼は……、ワタシを助けてくれたのに……」


 その辺りは少し、聞いたことがある。


「無関係な人間を巻き込んで暴れるようなこともなかったと思います」


 そう言う彼女は酷く、悲しそうな顔をした。


 変わってしまった俺や九十九とは違う「幼馴染」を想って。


「だけど、普通なら、再会した後の彼の行動って異常だし、警戒もしますよね? 呑気な会話ができるこの身体の(ぬし)がおかしいと思うのはわたしだけですか?」

「それは……、俺の口からはなんとも言えないね」


 そんな彼女の物言いが面白くて苦笑してしまった。


「それでも、彼も変わっていないところもあるので、無意識に懐かしさを覚えているのかもしれません。それでも……、無警戒は、ないと思うのです!」


 そう言い切る彼女。


 かなり不思議な光景を目にしているのは俺の気のせいか?


「ところで、その封印されたはずの記憶も残っているということは、キミがオリジナルってことで良いのかな?」


 興奮状態にある彼女を宥めるべく、別の話題を提供する。


「いえ、オリジナルはどうあっても『高田栞』ですよ。封印期間の記憶はもはや過去の遺物ですから。この先の未来を創り出し、我が道を(マイペースに)進み続ける彼女には勝てませんね」


 そう言って彼女は笑った。


 それを当たり前と割り切っていて何の陰りもない笑みで。


「わたしは、記憶というより記録に近い気がします。シオリや高田栞が見てきたこと、感じたことを覚えているだけの存在。だから、雄也先輩に対してはこんな口調になりますし、彼女の経験も覚えています」

「つまり、身体の記憶……ってことかな?」


 記憶よりも……記録。

 意識をしていない無意識の部分ということか。


「そうですね。それは近いと思います。尤も、この身体を動かす権利は全く与えられていないので、100パーセントそれで間違いないとは言い切れませんけど。互いに意識の共有もできていないようですし」

「キミの口調から察するに、封印された過去の記憶も身体のどこかにはあるってことかい?」


 それはずっと気になっていたことだった。


「その通りです。この状態は封印であって、消去ではないので。記憶を完全に消去してしまうと、日常生活の必要なことも忘れてしまうらしいですから。言葉とかも含めてということですね。それで、まあ、封印という形をとったのだと思われます」

「ああ、なるほど……」


 それが、たまたま重ねがけをした形になってしまったと。


 最後に封印を施したのは現在大神官と言われている青年らしいが、その当時、若かったとはいえ、自身が封印する前に、既に二度も封印されているなんて考えなかっただろう。


 だから、あの時、彼が魔法の封印を解いただけで、記憶の方の封印は解かなかったのも合点は行くような気がした。


「じゃあ、過去の記憶は消えているわけじゃなく、身体の奥底に眠っていると解釈すれば良いのかな?」


「そうですね。現在も記憶に関しては絶賛、封印継続中ですから」


 軽い口調であっさりと彼女は肯定した。


 普通なら、困惑、混乱するような話も、彼女にとっては、大した問題ではないらしい。


 決して細かくはない問題でも、あっさりと受け入れてしまうのは、元々の性格ということなのだろう。


「ただ、ご存知かもしれませんけど、強く激しい感情の波がざぱ~んと押し寄せると、自衛なのか何なのか良く分かりませんが、体内魔気が凄まじく大移動を起こし、一時的に封印を解いてしまう感はありますね。この辺り、あの大神官さまが何か仕掛けていた可能性もありますけど」

「それは……、自衛なのかい?」


 確かに一時的に感情が高ぶると、彼女は過去の記憶を手繰り寄せている気はしていたけど、それはどう考えても防衛本能からくるものだとは思えない。


 どちらかというと、攻撃的な感じすらする。


「人間色が強い栞より、魔界人のシオリの方が確実に魔力の制御ができます。だから、魔力の暴走一歩手前で止まっているでしょ?」


 彼女はそう言いながら胸を張る。


「あれで止まっていた……?」


 リヒトと出会った森の中を思い出す。


 止まっているような、暴走していたような微妙なラインではあるが、傍目にはともかく、当の本人は止まっているつもりだったらしい。


 ただあの時は距離もあった。

 だから、それがはっきりと分からない部分はある。


「一応、意識はありますし。すべての意識をぶっ飛ばすには、よほどの精神的な衝撃を与えるか、手っ取り早く物理的なダメージですね」

「タチが悪いパニック障害だな……」


 思わず溜息を吐きたくなる。


「まあ、仕方のないことなのかもしれません。自覚はなくても王族の血……、それも自覚はありませんが、橙位(とうい)ですよ。普通に生活している上で、何の作用もなしにかなり抑えることができるようになった栞は、ある意味特殊だと思います」

「トウイ?」


 彼女の口から耳慣れない言葉が聞こえた。


「えっと……、中心国王族の魔力の位です。アリッサム王女殿下の水尾先輩か真央先輩なら確実にご存知のはずです。詳しくは彼女たちにお聞きください。わたしの王族に関する知識は5歳児までのものです。栞になってからは、その辺りをほとんど勉強していないみたいですから」


 確かに彼女に王族のことなどほとんど教えていなかった。


 ……というより、自分が知らないようなことまでは教えられるはずもない。


「まだまだ俺も学ぶべきことは多かったのだな……。だが……」


 ()()()()()()()()と言いかけた時。


「大丈夫」


 彼女に言葉を遮られた。


「これから学ぶことはいくらでもできます」

「いや……、それは……」

「雄也先輩は助かりますから」


 笑みを浮かべきっぱりと断言する彼女。


 だが、俺はそこまで理想論者にはなりきれるはずがなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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