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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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【第38章― 神の世界へ導かん ―】いつもの顔と口調で

この話から第38章となります。

「はて、ここは一体どこでしょう?」


 空も地面すらも分からないぐらい真っ白く濃い霧がどこまでも続いている世界に、わたしは一人、立っていた。


 自分という存在がなければ、自分というものを見失えば、今、ここにある身体もこの霧へと溶けてしまうかもしれない。


 そんな奇妙な錯覚に陥りそうなほど、今の自分はどこか不確かだった。


 普通なら、いつも見る夢だと思う。

 でも、それとは何故か違うような気がした。


 何故なら――――。


「ふむ……、無味無臭」


 ペロリと舌を出して確認する。


 もし、身体に有害なものであれば、とっくになんらかの異常が出ていてもおかしくはないのだけど。


 何の匂いもなく、魔界である以上存在するはずの大気魔気も感じられない。


 人の気配……、いや、動植物などの生気すら全く感じられないというのは、普通の空間ではありえないものだった。


 可能性として考えられるのは、結界内だが、それでも何らかの気配はある。


 そうなると……。


「転移の失敗かなぁ、やっぱり……」


 もしそうだとしたら、連れはどこに行ったのだろう?

 少なくとも自分は男二人を引っ掴んでいたのは間違いないはずだ。


 崩壊する城の奥底で使った転移門。


 うまく作動するかも怪しい状況だったから、何らかの作用でこんなところに跳ばされてしまったのだろうか?


 でも、あの時は、ああするしかなかった。


 死ぬか生きるかの境目で、我ながら素早く迷いなく判断できたと、ある意味自画自賛しているところである。


 だからと言って、今、自分が置かれている状況が良いものかというと、それはまったく別の話。


 予想外の展開にただただ呆然としたいところでもあるのだが……。


「癒した覚えのない傷が、癒された記憶もない傷が、全部なくなっている」


 この身体は大小含めて、それなりの数の傷を負っていた。


 そして、確かにそれはこの目に映っていたのだ。


「わたしは、自分を癒せないはず……だよね?」


 これまでの状況や、検証結果からそう判断していた。


 そうなると、結論は……。


「やっぱり、夢ってことかな?」


 今までのパターンから……、いやいや、数々の現場検証の結果、そういう可能性が高いと思う。


 あの時、一気にいろいろありすぎて意識を失ったのだろう。

 自分の許容範囲を遥かに超えていたのだ。


「あれ? もしかして、転移門(ゲート)を使ったのも夢だってことはないよね?」


 そうなると、死ぬ前に見ている夢ってことになるけど……、幸いにして、今までの記憶が流れる走馬灯とかいうものの放映はまだ始まる様子はない。


「さて、どうしますかね……?」


 そう言いながら、辺りを見回していた時だった。


 不意に、近くの空間に変化が生じたのが分かった。

 霧が少しだけ晴れ、黒い人影のような形を作り出す。


「この……気配は……?」


 自分の考えがまとまる前に、黒い影はその正体を映し出した。


「やあ」


 いつもの顔、いつもの口調で彼はそんなことを口にした。


「ゆ、雄也……、先輩?」


 わたしはその人物の名を確認する。


「元気そうでよかった」

「いや、元気そうって……」


 確かに、お互い見た目はそうかもしれない。


 でも、いくらわたしでも、あの時の会話やあの場で起こった状況を忘れてしまうほど暢気ではないのだ。


「あんな身体で、こんな所まで来て大丈夫なのですか? これって、雄也先輩の魔法……、ですよね?」


 彼は他人の夢に介入できる魔法を持っているのだ。


 ここは夢っぽいので、その可能性が高いと思った。


「う~ん。流石に自分でも不安がなかったわけではないのだけど、魔法は精神力。要は気の持ちようってことで何とかなったみたいだね。身体の状態はともかく、我ながら図太い精神を持っていたみたいだ」


 そのある種、彼らしくない物言いに、この状態がどれだけ特殊なのかが分かってしまう。


「信じ……、られない……」


 この人は、なんて無茶をするのだろう。


 いや、いつだってそうだった。


 これまで弟の陰に隠れつつ、どれだけのことを重ねてきたのだろうか。


 自分が知る限りでも結構あるのだから、未だに気付かされていないものだってあるに違いない。


 今回のことだって、単に我が儘に巻き込まれただけだ。


 その身を賭けるほどの理由だって、縛りだって何もなかったはずなのに……。


「それだけ深刻にとられると恐縮だなあ。単にキミの無事を確かめたかっただけなのだけど。一刻も早くね。俺自身の身体はもう動かせないみたいだから。意識だけで会いにきたってことかな」

「行動の重さの割に、若干軽いノリですね」


 なんとも言えない気分になる。


「じゃあ、重くしたほうが良かったかな? 俺は、キミに会うために命を懸けてここに来た、とか?」

「ぐっ!?」


 そ、それは重い。

 そして、拒否もしづらい。


「俺のキャラクターでもないけどね。どちらかといえば、弟に任せる」

「ん~~~~~~~~。さすがに九十九でも、そこまで恩着せがましいような言葉は言わないと思うし、言われたくもないですね」

「……確かに、そこまで阿呆ではないか」


 わたしの言葉に雄也先輩も同意してくれた。


「意識だけってことは……、ここはやっぱり夢なのですか? それも、わたし自身の見ている夢ですか?」


 わたしは、状況を確認するために問いかける。


「そうだね」


 雄也先輩はそれを肯定してくれた。


 そのことに少しだけ安心する。


()()()()()()()()()()()()()のは幸いかな。探しやすくはあったし。風景もほとんどないのは意外だったけどね」


「でも、何故?」

「ん?」

「怪我をしている状況での魔法って、寿命を削るような行為でしょう? 夢……、他人の意識の介入なんて、瀕死の状態で使うような魔法じゃないと思うのですけど……」

「さっきも言ったけれど、キミに会いに来たんだよ」

「それなら、身体の傷を治してからでも良かったのに……」


 いくら何でも、大怪我をして、通常なら集中力を欠くようなこの状況での魔法は無謀だと思う。


「それができれば……ね?」


 そう言って、意味深な笑みを浮かべる。


 なんとなく、彼のこんな顔を見たのはすごく久しぶりな気がする。


「……それはどういう意味でしょうか?」

「分かっているだろう?」


 すべてを知っていてそれを楽しんでいるような言葉と、彼の弟とは別種の、奥底を見透かすような黒い瞳。


 やっぱり、この人は手強い。

 心からそう思う。


「あの時点で、俺の身体は手の施しようがないほどの傷を負い、今、こうして意識だけで魔法を使っている。ここにいること自体……好きな言葉じゃないけど、奇跡といって差支えがない。だから……」

「わたしに、会いに来てくれたのですか?」

「そうなるね」

「忠義と言おうか、なんと言おうか……」


 思いっきり深い溜息を吐くしかない。


 彼の言っている言葉が本心からの言葉だとしたら、確かに護衛としてはかなり立派な心がけだと思う。


「まあ、命のあるうちに伝えたかった言葉もあったというのが本音だったりもするのだけどね」

「へ? わたしに……?」

「そう、キミに」

「いや……、それは……ちょっと、困る……かも?」


 そんな風に、身を賭してまで伝えなければならないような大事な言葉を、()()()()()()()()()()()()()()


 何故なら……。


「困ることはないさ」


 そんなわたしの葛藤を知ってか知らずか……。彼は決定打を放った。


「俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」


 ―――― カキーン!


 そんな小気味のいい快音が頭の中に鳴り響いた気がする。

 いや、ここが意識なのだから、その頭の中でってのもどうかって話だけど。


 気分的に、ツーアウトからサヨナラホームランを打たれたピッチャー感覚。


「ね?」


 う~ん。

 ダメ押しに笑顔ですか?


「……雄也先輩?」

「ん?」

「やっぱり、分かっていますか?」

「何のことかな?」


 笑顔ですっとぼけてくださる。


「~~~~()()()()()()()()()()()()()()()に」

「まあね」


 ああ、やっぱりこの人には勝てる気がしない。


「おっかしいな~。しゃべりとかも完璧と思ったのに……。仕種だって違和感ない程度だとは思うのだけど……」

「言葉の端々かな。()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

「それを見逃さないのが凄いです」

「それにキミと彼女の魔気は少し違う」

「あ~~~~~~~、それはどうしようもない。だけど、それって、意識下でも判断できるものですか? 深層魔気は一緒なんですよ?」


 深層魔気は魂が纏うもの。


 謂わば、生まれつきの魔気で、環境に応じて変化や進化していったり、意識的に変化させたりすることができる表層魔気とは違うのだ。


「不思議と。でも、俺が記憶していたものとも違うので、最初は悪いけど、探りを入れさせてもらったよ」

「まあ、探りを入れるのはお互い様ってことで」

「で、キミは誰なんだい?」


 それは、自分にとって痛い質問だ。


「ん~~~~? それは、自分でも分からないです」

「そうか……」


 もっと突込みが入るかと思っていたので、逆に拍子抜けをしてしまった。


「……って、あっさり信じるんですか?」

「一番知ってそうなキミが知らないなら、他の誰に聞いても分からないと思うから」

「怖いな~。どこまで、分かっていますか?」

「分かる範囲でしか分からないよ」


 そう言う彼の顔は、どこまで本気かは分からなくて。


「そうですね。わたしも……、分かる範囲でしか分からないです」


 そう言う自分もどんな顔をしていたのだろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました

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