彼が選んだもの
ここに来てから、治癒魔法の連続行使により、かなり魔法力は減っていたが、この場で、激しく抵抗をしようと思えばできたと思う。
ただ……その結果、どうなるかを考えれば、今のオレに選択肢などほとんどなかったと言えるだろう。
「そこの男を捕らえろ!」
そんな命令を銀髪の王子様が下したかと思えば、周囲から、いきなり姿を現した女どもにオレは拘束されることとなった。
オレの全身に魔法具がぐるぐると巻き付き、その鎖の先には5人の女の両手がある。
どんなことがあっても、手を離さないという強い決意を持った瞳。
その5人全てが、本来、男より力が弱いはずの女ばかりであるのは、何か特別な意図があるのだろうか?
『ツ……ッ』
リヒトが顔色を変えて、自分の名を叫ぼうとする。
―――― 動くな!
だが、それを制止させた。
落ち着け!
オレはこれぐらい……、なんともねえ。
さらに、心の中で強く思うと、悔しげな顔を見せたが、リヒトは素直に止まってくれた。
リヒトは、本来、ここにいるはずのない長耳族だ。
こんな所で目立つようなことをして、情報国家に目を付けられることだけは、絶対に避けてほしい。
それにこの程度、以前、オレの背後で高田が受けたことに比べれば、本当に大したことじゃない。
本当に騒ぐほどのことでもないのだ。
そして、誰かが騒げば、確実に今より状況は悪くなる。
いや、なんでこんなことになっているのか?
そこのところがオレにはよく分からないのだけど……。
「シェフィルレート王子!? いきなり何を!?」
トルクスタン王子が弾かれるように、銀髪の王子様に近づくが、ヤツは彼を見向きもしなかった。
そんな行動もなんとなく、兄貴を思い出して嫌になる。
顔も似ているが、雰囲気とか、態度とかも酷く似ているのだ。
若干、兄貴の方がふてぶてしい印象が強いが。
「失礼、トルクスタン王子。少しばかり、この少年と会話させていただいても、よろしいか?」
相手に顔を向けないまま、否定を許さないような言葉と表情。
オレのことを「少年」って言ったけど、この王子様って確かオレの一つか二つほど上って話じゃなかったか?
兄貴でもねえのに、年上ぶって、気取ったことを言ってんじゃねえよ。
動けないオレは、心の中で悪態を吐く。
「理由を伺っても?」
トルクスタン王子は怯むことなく、そう言った。
「簡単なことだ」
そう言いながら、銀髪の……ク……いや、王子様は女どもに拘束されているオレに近づいてくる。
こんな時、あの若宮なら、この状況が分かった上で、「笹さん、女性に囲まれてモテモテねえ」とか言いそうだな、と思うと何故か自然と笑みが浮かんだ。
「この場にいる人間の中で、この男が一番、風の気配が強い。先ほど、転移門を使う前に起きた風とは種類が違うようだが……、全くの無関係とは思えん。話を聞かせてもらうために、我が国へ同行してもらう」
待てこら。
勝手に決めんな。
そして、それは実質、連行だろうが。
しかも、その理由が転移門を使う前の風?
このク……王子様。
その時点で既にこの国にいたのか?!
この場にあの呑気な顔をした少女がいなくて本当に良かったと心底、安堵した。
ここまで、問答無用な男だ。
公式的な身分がないことを逆手にとって、彼女をどんな目に遭わせようとするか分かったものじゃない。
「それはできない。彼は……自分の客人だ。勝手なことをされては困る」
その言葉で、ようやく、男は足を止め、トルクスタン王子に顔を向けた。
「ほう……」
トルクスタン王子に対して、居丈高な態度をとるク……王子様。
そんな所も兄貴に似ている気がしたが、兄貴はトルクスタン王子と同じ年だった。
この男は確か、年下だったはずだ。
だから、その態度はないんじゃないか?
「ああ、勿論、ただとは言わない。世の中、等価交換だ。この男を連れていく代わりに、5人ほど治癒魔法の使い手を置くし、今後の援助も約束しよう。これならどうだ?」
「お断りする」
オレがヤツの言葉の意味を整理するもより先に、トルクスタン王子はあっさりと申し出を辞退した。
この現状では明らかに破格の言葉だったと思う。
だが迷うことなく、彼は、利より情を選んだ。
「この条件では不服だと?」
少なくとも、当事者の意思確認ぐらいはして欲しいとは思う。
王族ってやつは本当に勝手だ。
自分の望みは全て叶うと思っていやがる。
「その条件では、彼と同価値だとは思えない」
トルクスタン王子はきっぱりと言い切った。
駆け引きなど一切考えない、真面目で真っすぐすぎる言葉。
それを兄貴が見れば、溜息を吐くことだろう。
だが、オレとしては嫌いではない。
何より、そこまで自分を買ってくれたことは素直に嬉しかった。
しかし、現実問題としては、あまり良くない方向だということも分かる。
いや、それは彼自身もよく分かっているはずだ。
情報国家の王族に、真っ向から喧嘩を売っているような状態である。
通常の機械国家ならまだしも、今やこの国は半壊状態にあった。
考えるまでもなく、この状況はかなり悪い。
そして、この拘束具……。
オレを縛っているこの金具には、ご丁寧にも魔封じが施されている。
さらに、男のオレに対して、力負けしないように、5人の女性がそれを抑えつけて維持しているようだ。
でも、少し無駄が多いなとも思う。
これなら、昔、兄貴にやられた拘束の方がずっと強かった上に、精神的にも辛かった。
脱力感を感じない程度の代物なら、何も問題もない。
「この男はこの国の人間ではないな。機械国家の王族ともあろう者が、どこの馬の骨とも知れぬ他国の者に傾倒し、自国民をないがしろにする……。そう言うつもりか? 『トルクスタン=スラフ=カルセオラリア』王子」
ああ、なんて嫌な言い方しやがるんだ、この男。
だが、こんな状況だというのにトルクスタン王子は不敵に笑った。
「多くの人間を救ってくれた友人を売るような愚かな王族に、盲目的に従う国民はわが国には存在しない」
その言葉にク……王子様は、忌々し気に顔を顰めた。
まさか、彼がそんな反応をするとは思っていなかったのだろう。
だが……、こう見えてもトルクスタン王子は兄貴の友人なんて不可思議なものをやっているのだ。
オレのように、多少の皮肉には耐性があるのかもしれない。
「ならば……、仕方ない。力尽くで連れ帰らせていただこうとするか」
「なっ!?」
ヤツがそう言うと、トルクスタン王子が驚愕する。
まあ、そうなるよな、王族だから。
我がままで、身勝手で、自分以外の人間は都合の良い道具程度にしか思わないヤツらが多すぎて嫌になる。
さらにタチが悪いのが、多少の障害ぐらい力尽くでなぎ倒してしまうような暴力的な存在。
魔法具でぐるぐる巻きにされているオレの身体は、女たちの手によって、担がれた。
それなりに重くはなっているはずなのだが、5人もいれば、男の一人ぐらいは持ち上がるか。
そんなことを考えていた時だった。
オレの眼にとんでもないものが映り込む。
―――― これは……、かなりまずいっ!?
「火を止めろ!!」
オレは思わず叫んでいた。
「火?」
クソ……いや、王子様が初めて口を開いたオレに、分かりやすく怪訝な顔を向け、その視線の先を見る。
そこには簡易な竈となっていた石組みがあり、わたわたと慌てたメルリクアン王女と、近くにいる数人の人間たちが困ったような顔をしていた。
それはそうだろう。
水尾さんの火魔法によってその熱を維持された竈に、中途半端に燻るような残り火があるはずもない。
その場所には既に、先ほど熱された石と大鍋以外のものは残っていなかったのだ。
オレが言ったのは別の火のことである。
止めなければ、この場の全てを焼き尽くしてしまう紅炎の塊。
だから……、別方向にある竈を見て叫んだのだ。
そうすれば、この男は絶対にオレの視線を追うと確信して……。
恐らく、そんなオレの言葉の真意に気付いたのは、心が読めるリヒトと、燃え盛る炎自身と、それを常に気にしているトルクスタン王子だけだった。
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