招かれざる客
――――その人物は、予告もなく突然、訪れた。
「空気が変わった……。しかし、なかなか酷い状況のようだな」
カルセオラリア城の外れ。
屋根のない病院となっている広場とは逆方向にあった聖堂の前で、青年はそう呟いた。
目深にフードを被ったその青年は、どう見ても、聖堂に立ち入るような神官には見えない。
そして、その近くには誰もいなかった。
だが、何故か彼の言葉に応える声がある。
「はい。調べによりますと、城は崩れ落ち、城下は半壊の建物が多いようです」
姿が見えないまま、風に乗って、声が届いた。
「王族は?」
「不確定情報ですが、国王は存命、第二王子と王女の姿も確認された……とか」
「不確定なのか?」
青年はフードの下で、その形の良い眉を顰める。
「……現場が混乱しており、正確な情報が掴めていないようです」
「ならば……、怪我人、死者も把握できないということか」
青年は肩を竦めるしかない。
ただ、人間が残っている辺り、二年前の魔法国家が消滅した時よりはマシだと思うことにするしかないのだろう。
あの時は本当にどうしようもなかった。
手掛かりはほとんどない。
そして、あまりにも襲撃の手際が良すぎて笑うしかない状況だった。
魔法国家の民には悪いが、その襲撃対象として選ばれたのが自国でなかったことに心底、安堵したものだ。
「行方不明が数名、怪我人は、数千を越える模様。ただ……、死者はまだ発見されていないようです」
「数千? 思ったよりも多いな」
「被害が城下にも及んでいますので……」
「治癒魔法の使い手が5人程度では少なかったか。機械国家に恩を売るチャンスだと思ったのだが」
青年は、周囲を見回す。
「クラクさま」
別の方向から声が聞こえ、「クラク」と呼ばれた青年は、その方向へ顔を向ける。
「城下の外れに、仮設の治療場所のようなものができております。重傷者たちはそこに運び込まれ、王もその場にいるとか……」
新たな情報が届き、青年は口元を綻ばせる。
「分かった。ならば、俺もそこへ行くとしよう」
「お待ちください。貴方さま自らが赴くなど」
「状況が分からないのに危険すぎます」
「そうですよ!! ここは我々にお任せください」
「阿呆。この俺が、ここまで来て報告だけ聞いて帰るような人間だと思うか?」
そう言いながら、彼はフードを外した。
そこには海のような青い瞳と、「蒼月」の光のような白銀の髪が現れる。
その姿に周囲の声は、自然と黙した。
「情報国家の名に懸けて、より正確な情報を持ち帰るぞ!」
「はい!」
その堂々たる姿に、声だけの者たちは迷いのない返事を揃えたのだった。
****
その気配に最初に気付いたのは、当然ながら、魔法国家の王女である水尾だった。
かなり距離がある段階で、これだけ素早い反応は、機械国家の人間たちには難しいことだろう。
「トルク……。西の方向から、誰か……大きな魔力を持ったヤツが来る」
「は!?」
トルクスタンは、水尾の言った方向に目をやるが……、魔力の気配にあまり敏感ではない彼には、残念ながらそれが分からなかった。
「俺には分からないが……」
取り繕うこともせず、トルクスタンはそう答える。
「体内魔気を抑えた上で、さらに表層魔気を変質させていやがるみたいだからな。だが、奥に隠れている深層魔気まで誤魔化しきっていない辺り……、相手の偽装は先輩ほどじゃないな」
「いや、そこであのユーヤを基準にするのはおかしい」
トルクスタンは呆れたようにそう言った。
そもそも、機械国家に来るのに、魔気の感知が鋭い魔法国家の人間がいることまでは想定はしていないだろう。
尤も、件の友人ならば、どこに行こうともそれだけの対策をしていそうだとも思ってしまうのが不思議なところではあるのだが……。
そんな二人の会話が聞こえ、九十九もなんとなく治癒魔法の手を止めて確認する。
水尾が口に出して、警戒するならそれだけの人間かもしれないと注意して。
確かに水尾が言った方向に、少し不思議な印象がある魔力の気配が感じられた。
空属性を纏っているように見えるから、実際の属性は違うのだろう。
その隠している魔気の方に、どことなく覚えがあるような……、でも、全く知らないような印象を覚える。
『ツクモ、次の人間の所に案内するが、大丈夫か?』
「あ? ああ……」
そんなリヒトの言葉で、九十九は次の怪我人の所へ向かうことにした。
自分には関係ないだろうと思いながら。
「マオが起きてりゃ、この気配の正体が確定するのに……。なんで、こいつ、肝心な時に寝てるんだよ!?」
「マオは、お前が意識を奪ったと思っていたが?」
「……こいつがいつまでもグダグダ、うだうだと煩いから……つい……」
どこか咎めるような口調のトルクスタンの言葉に、気まずそうな顔で明後日の方向を向く水尾。
彼女にも多少の罪悪感はあるらしい。
「誰か、西の方向に……行ける人間はいるか?」
トルクスタンの言葉に、動ける人間が数人、立ち上がって一礼をする。
国王が倒れて意識を失い、第一王子の行方が分からない今、この国の頂点は、第二王子であるトルクスタンだった。
そのことに……、彼自身は複雑な思いを感じている。
「ミオ、正確な場所は分かるか?」
「聖堂の方からまっすぐ、こちらに向かってきているが……、ほとんど道がなくなった場所から、転移してくる可能性がある」
「ならば、間違いなく目的はここか。下手に動くよりも、待っていた方が良さそうだな」
トルクスタン王子は溜息を吐き、先ほど、立ち上がった人間たちには出迎えの準備をするように伝える。
この水尾がわざわざ、「大きな魔力」と言うからには、それなりの人間が現れる可能性があった。
魔法国家基準でもそれなりに魔力を持っていると判断するのは、貴族の……、それも王族に近い血族かもしれない。
それでも、こんな状況で、「持てなせ」などと贅沢なことを抜かすような人間がいるとは思えないが、それでも、この場にいなかった他国の人間全てに通じるわけではない。
どこにでも、阿呆はいるのだ。
「恐らく、トルクが対応した方が良い相手かもしれない」
「へ? なんで、俺が?」
水尾の言葉にトルクスタンは目を丸くする。
「自慢じゃないが、俺は客人の対応は得意じゃないぞ。それも賓客なら猶更だ」
「知ってる」
慌てるトルクスタンの言葉に、水尾はすっぱりと答える。
彼はあまり器用ではない。
さらには表情を隠すことも下手だし、気を遣うことも苦手だということも小さいことからの付き合いがある水尾はよく知っていた。
だが、この状況では、彼以上の適役が見当たらないのだ。
「私の感覚に間違いがなければ……、こいつは……」
水尾がそう言いかけた時だった。
「この場所に、国王陛下はいるか?」
無遠慮で、簡潔な用件のみを伝える声がその場に響く。
やはり、道が通れなくなっていたのか、転移魔法を使ってきたようだ。
「この……声……は……」
流石に、声を聞けばトルクスタンにも、フードをしていても、来訪者のその正体が分かってしまった。
「くそっ! やっぱりか……。よりにもよって、こんな時に……」
同じく、その声で確信した水尾は歯噛みをする。
昔、聞いた時よりは、少しばかり低くなっている気がするが、それでもこの声は忘れられない。
相手は情報国家の人間だ。
それも……かなり上位の。
「トルク兄さま? ミオルカさま?」
だが、この場で一人、そんな状況が分からないメルリクアンは、不安げな顔で、二人を見つめる。
彼女はまだ15歳と王族としても幼い年齢ではあった。
王位継承権も第三位と離れており、この部分に詳しくないことは仕方がないだろう。
トルクスタンは、戸惑う妹を見て、さらに横たわっている国王と幼馴染の姿を見て、さらにすぐ近くで、青年を睨みつけるようにしている血気盛んなもう一人の幼馴染を見て、一息吐いた。
「分かった。俺が出る。但し、ミオは絶対に出てくるな。大人しくしていろ。これから、何があっても……」
トルクスタンは、覚悟を決めるしかなかった。
国のためではなく、か弱くも幼い妹と、か弱くはないが何をしでかすか分からないこの危なっかしい幼馴染たちのために。
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