たった一つの例外
周囲に起こった風は、一瞬だった気もするし、もっと長かった気もする。
土埃と、別の匂いが混ざったような空気が鼻を突くと同時に……、わたしは、周囲の暗さで、周囲の照明魔法が消えていることに気付いた。
「雄也先輩!?」
魔法は使い手の意思に左右される。
使用者の意思によっては、多少、離れても有効だったりするが、今回は……、違ったようだ。
「雄也先輩!」
わたしはもう一度、叫ぶ。
先ほど、彼はこの前にいた。
だけど……、その姿は周囲が真っ暗で見えない。
目の前に妙な塊が邪魔していることは分かる。
恐らくは……、大量の土?
触った感じでは、そこまで硬くはないし、水気もなく、温かくもない。
「どいて!」
わたしが、思わず叫ぶと、周囲から九十九を吹き飛ばすときのような風が巻き起こり、その塊にぶち当たったことは分かった。
そして……、その塊は、土煙を出しながら弾け飛ぶ。
「あれ……?」
魔法は……、効かないはずでは……?
だが、このことについて、深く考えている暇はなかった。
塊をどかした、その先には、どこかで見たことがある仄かに青く光る人工物があり、そのすぐ傍に二人の青年がいた。
雄也先輩と、ウィルクス王子殿下だ。
そして、二人とも身動き一つできない状態となっているのが一目で分かってしまった。
何故なら、その身体には……。
「い……、いや……だ……」
大きくて分厚い塊が鎮座していたのだ。
人工物から照らされている青い光が少しだけ上に伸びているため、すぐ近くの天井にぽっかりとした黒い穴が空いていたことが分かる。
天井が抜け落ち、その人工物に直撃したのか、一部が欠け、その青い光が不自然な揺れを伴っていた。まるで、今から消えようとするかのように……。
しかし、その人工物が無ければ、その塊よりもっと大きな物がわたしたちを襲ったことだろう。
その人工物の周囲にも、大きな天井の破片がいくつもあったから。
彼らの上に載っていたのは、その一部……。
落ちてきた天井の、3分の1ぐらいのサイズなのだと思う。
だけど、カルセオラリア城の天井でもあり、床でもあるソレは、並の人間ならまっ平になってもおかしくないほど、大きくて重量もあった。
泣いている暇も、迷っている暇もない。
だけど……、わたしがどんなに力を込めても、いつものように魔気の塊をぶつけても、その大きな瓦礫は、彼らの上から少しも動こうとはしなかった。
「なんで!?」
彼らの方を引きずろうとしても、しっかり圧し潰されているのか、少しだけ、身体が伸びるぐらいの動きしかなかった。
「し、栞ちゃ……ん……」
「雄也先輩!?」
わたしが強く引っ張ったためか、彼の意識が戻った。
「キミだけでも……逃げろ……」
だが、彼にしては余裕がなく、苦痛の交じった声。
「嫌です!」
それにほとんど反射で答えた。
「俺たちは……なんとか……するか……ら……」
この人は、こんな時でも、こんなことを言う。
「こんな状況でなんとかできるなら、とっくになんとかしているはずでしょう!?」
そう叫んだわたしの中で、何かが弾け飛んだ。
わたしのことを、思い込みの強さだけは、この世界で一番だと言った人がいた。
なんとなく、それが頭をかすめる。
強い思いが世界を動かすと言うのなら、今のわたし以上に強い願いはないでしょう?
****
機械国家カルセオラリアにある物質の大多数の物は、魔力による干渉を受け付けることがないと言われている。
つまり、人の意思による魔法の効果はほとんど望めないということだ。
魔法による身体強化をした身体や、魔法を付加した道具を使って破壊しようとしても、対象の物質に触れた瞬間に施された魔法効果による効果が消失し、意味がないものとなる。
だが、ここに、たった一つの例外が存在する。
――――古代魔法。
カルセオラリアの物は、人の意思による魔法の干渉を受けない。
だが、古代魔法は神の加護。
脆弱な魂を遥かに凌駕する王族の魂。
****
目の前で、パラパラと舞い上がる粒たちをぼんやりと見ていた。
だが、わたしは強く首を振って、その場に倒れて完全に意識を飛ばしている二人の服を掴んで引きずる。
何故、いきなり、二人の上にあった大きな塊が消失してくれたのかは分からないけれど、考えることは後にしよう。
ほとんど白くなっていた視界で、唯一の青い光を目掛けて、転がるように倒れこむ。
―――― この手は……絶対に離すものか。
遠くなり始めた意識の中で、これだけは心に誓う。
半ば意地のような誓い。
だが、そのために自分の生命を秤にかけたのだから。
自分の全身が、深く青い光に包まれた時、あれだけ煩かった轟音がピタリと止まる。
―――― 神のご加護なんてあまり意識したことはないけれど、それでも、今だけそれを信じてみようか。
そう思いながら、わたしは……二人を掴んだまま、両目を固く閉じた。
****
―――― 同時刻、カルセオラリア城下外れの広場。
「高田の……魔気が……完全に消えた?」
水尾は天を貫くような青い光を見ながら、茫然と呟く。
先ほどまでは微弱ながらに感じていた後輩の気配。
まるで、どこかの結界内に入った時のような異常事態に水尾は思わず、その手を止めた。
「トルク……。カルセオラリア城の地下には、完全に気配遮断するような結界があるのか?」
「いや、地下には……、お前たちが使用していた契約の間と……、陛下と王妃。そして、兄上の私室……それぐらいしかない。魔法の制限も……、建物の素材上、かけていなかったはずだ」
幼馴染に急な問いかけをされ、トルクスタンは考え込む。
その傍には、未だに眠り続ける国王の姿と……、水尾によって、強制的に眠らされた真央の姿がある。
実の姉に対しても容赦がない……と九十九は思った。
だが、こんな状況だというのに、九十九は慌ててはいない。
あの少女には、今、兄が付いている。
だから、絶対に大丈夫だと根拠のない自信があるためだろう。
『地下には、もう一つあるはずだ……』
褐色肌の少年が呟いた。
「もう一つ?」
その少年の言葉に、トルクスタンは首を捻る。
どうやら、彼にはその心当たりがないらしい。
『ユーヤが、以前、言っていた。緊急時には……「門」を使う……と』
「門?」
その言葉で、トルクスタンはますます、顔を顰めるが……、水尾は先にその意味に気が付いた。
そして、九十九も……。
「じゃあ、あの青い光は……」
水尾の言葉で、彼らは自然と、青い光がある方へ顔を向けると……、その光は、空へ吸い取られるように消えていった。
「『転移門』か……」
九十九が呟く。
各国の城には必ず「転移門」と呼ばれる移動手段がある。
移動魔法を使える人間たちも、多数の人間たちの同時移動や、大陸を跨ぐような長距離移動はできないため、重宝されている。
原則は、同じ「転移門」が出入口となるはずだが、その行先は使用者の頭の中で決めるため、たまに、全く別の場所……、例えば、「人間界」と呼ばれる遠く離れた場所にまで、空間を繋げてしまうことも可能であった。
そのため、機械国家の発明でありながら、「神の遺物」と謳われるほどである。
それと同じように国や地域を代表するような聖堂内にも、神官たちが利用する「聖運門」と呼ばれる移動手段があるが、そちらは機械国家の発明ではなく、正真正銘の「神の遺物」とされている。
だが、九十九は大神官から聞かされていた。
聖堂内にある「聖運門」と呼ばれるものは、機械国家の正神官がこっそりと定期的に保守点検を行い、維持管理をしていることを。
神官と言うのは、どこまでも「見栄」を張りたい生き物なのだろう。
誰が使用したのかは分からないが、状況から考えて、あの少女は間違いなく生きているのだろう。
どこに移動したかは分からないが、彼女が行ける場所など限られている。
彼女や、自分の兄が使用したなら……。
こんな時だというのに、九十九は思わず、安堵の溜息が出てしまった。
だが、事態はさらに急変してしまうのだった。
主人公の誕生日に、主人公の魅せ場がやってきました。
この場面の投稿が偶然にも3月3日になったことは運命の女神の導きでしょうか?
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