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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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状況悪化

 その光景を見て、彼は思わず息を呑んだ。


 少女が穴に飛び込んでから、自分が同じ穴に飛び込むまでの間に、そこまでの時差があったとは思えなかったが、予想以上に、彼女は進んでいたらしくその周辺には残り香のような薄い気配しかなかった。


 落ちた際に、もしかしたら風に流された可能性はあるかもしれない。


 もしくは、彼女は風属性の魔法を無意識に使うことがあるから、そのためということもある。


 そして、微かに漂う気配を頼りに、黒髪の青年は、瓦礫の雨が降り注ぐ中を進んでいくことになった。


 その結果……、瓦礫の中で倒れ伏した青年と、黒いマントに包まれている少女を発見したのである。


「栞……ちゃん」


 その小さな身体は、青年の身体を守るように倒れていた。


 近づこうとして、周囲に、変な気配がないかを確認する。


 魔法ではなく、空気よりも重い気体……ガス……に似た反応があった。


「これか……」


 照明魔法を使用して、周囲を確認すると、近くに薬品が入っていたと思われるような瓶がいくつも落ちて、割れていたのだ。


 青年は、風で空気を流し、さらにマスクを取り出し、少しだけ湿らせる。


 薬品が落ちている場所から少し離れた位置に、周囲の大きい瓦礫を集め、分厚く硬い板を上にすることで、一時的な回避場所を作った。


 最低限ではあるが、これぐらいの安全確保しかできないほど、今は時間がない。


 カルセオラリアの建物は頑強だ。

 だから、この状況は一時凌ぎにしかならないが、今はそれでも十分だろう。


 一気に、天井(真上)が抜けない限りは、このまま埋められるということもないだろうが、この様子だとそれも時間の問題だ。


 急がねばならない。


 そこまでして、改めて、倒れている少女を調べた。


 脈は正常。

 細い肩が微かに動き、規則的に呼吸をしていることから、どの薬品の影響下にあるかは分からないが、深く眠っているだけのようだった。


 そのことに彼は酷く、ほっとする。


 この場には、治癒魔法を使える弟を連れてきていない以上、大怪我をしていても、簡単な処置はともかく、治癒することができないのだ。


 だが、その身体のあちこちは、精神衛生上良くない状態にあった。


 血が流れ出し、固まった跡がある傷もある。


 さらに、纏わりついている彼女の物ではない液体や肉片が、腐臭にも似た臭いを漂わせていた。


 少し、考えて……、寝ていている間に申し訳ないと思いつつ、彼女の洗浄と最低限の着替えをさせる。


 勿論、いちいち、自分の手で、脱がして服を着せることはしない。

 弟と違って、他人の服を一瞬で早着替えさせるぐらいはできる。


 まあ、流石に下着は無理だし、他にも誤解を招かないように細心の注意を払うことは必要だが……。


 ついでに、横で倒れている青年も同じように着替えさせた。

 男の服を着替えさせる趣味はないが、この際、贅沢は言えないだろう。


 そのまま転がしていくことも考えたが、それをしてしまうと、彼女がここまで運んだ意味もなくなってしまう。


「頑丈な盾は……、一つでも、多い方が良いか」


 青年は台車を取り出し、彼女の上を頑丈な鉱物で覆った。


 それでも、この国の建物の方が硬度も遥かに上らしく、あっという間にぼこぼこになってしまうが、少しでも彼女を守ることができれば良いのだ。


 そして、自分は王子殿下を背負う。


 成人男性の重さが軽いはずもないが、それでも彼女と同じ台車に乗せるという選択肢などあるわけがない。


 いざとなれば捨て置くつもりだが、少しでも、上から自分に向かって降ってくる瓦礫除けにはなってくれることだろう。


「これらの請求書は……、トルクスタン宛で良いな」


 金銭だけは有り余っている機械国家だ。


 これぐらいは快く払ってくれることだろう。


 転移魔法は使えない。


 ここまで、中途半端に魔法が通じない物質に囲まれた場所で使うことは明らかに危険な行為だった。


 通信珠の方も、通信妨害が働いている場所のようで、まったく反応はない。

 使えたところで意味はないことも、青年には分かっているのだけど。


「……うっ?」


 青年の眼前にある台車の上で、少女が身動(みじろ)ぐ気配があった。


「こ、ここ……は……?」


 青年の近くは照明魔法で照らしているため明るいが、彼女の周囲は鉱物で覆われているので、真っ暗なはずだ。


 しかもかなり揺れ動いている台車の上でもある。

 そんな状況は分からないだろう。


「栞ちゃん」

「その声はゆ……っ」


 少女の言葉が言い終わる前に、前方より、かなり良い音が響き渡った。


 思わず、立ち上がろうとして、頭を打ち付けたらしい。


 そんな彼女の性格を考えて、もう少し天井部を高くすれば良かったのだが、強度を優先させた結果だ。


 ある程度は仕方がないことだった。


「だ、大丈夫かい?」


 青年はそう問いかけるしかなく……。


「だ、大丈夫です」


 少女もそう答えるしかなかった。


****


「状況は分かりました」


 足早に移動しながら、わたしはそう言った。


 カルセオラリア城は、ほぼ崩壊。


 恐らくは、照明などいろいろな装置が連動している城下も爆発に巻き込まれ、半壊以上の状態だと推測されるそうだ。


 考えていたより、状況はかなり悪いらしい。

 まさか、城だけでなく、城下にそこまで影響があったとは思っていなかった。


 先ほどより、大きな爆発はなくなったから、主要な破壊装置の動きは停止したようだが、建物自体の崩壊は止まっていない。まだ上からバラバラと降ってきている。


 依然として楽観視が出来るような状況にないということだろう。


 残っていた真央先輩はリヒトに託され、無事なら、もう城下にいるということだったので、わたしは安心する。


 後は、自分が生きて帰るだけだ!


 薬の効果から復活したわたしは、乗せられた台車から降り、その代わりにウィルクス王子を幌に詰め込んだ。


 その……文字通り……無理矢理、ぎゅうぎゅうに詰め込んだのだ。


 わたしのサイズに合わせて準備された台車とその覆いだったために、まあ……、小さくて狭かった。


 成人男性にはかなり窮屈そうだが、ここは我慢してもらうしかない。


 彼は、かなり出血していたためか、わたしの魔法で傷口そのものは癒されたが、圧倒的に血が足りないようだ。


 今も意識が戻る様子がない。貧血の状態なのだろう。


「この先は……、台車は難しいな。彼ごと、置いていくかい?」


 雄也先輩はかなり良い笑顔でそう問いかけてきたので……。


「わたしが背負います」


 わたしも笑顔で答えた。


 雄也先輩は黙って、ウィルクス王子を担ぎ上げてくれる。


 もし、わたしが勢いでうっかり同意していたら……、本当に置いていくことになったのだろうか?


 この国の王子殿下で、今回の件の重要人物だというのに?


 でも、その確認は怖くてできなかった。


 なんとなくいつものように無駄に良い笑顔で、肯定されてしまいそうだったから。


「ゆ、雄也先輩は……、どこへ向かっているのですか?」

「この先だよ」

「この先?」

「俺の記憶に間違いがなければ、この先に非常口があるはずだ」


 ……地下なのに非常口?


「ああ、でも、雄也先輩の記憶なら、間違いないですね」


 わたしはそう言った。


 互いに、魔法力は少ないし、体力も随分、減っている。


 定期的にわたしが雄也先輩やウィルクス王子に癒しを施してはいるが、その分、わたしの魔法力も一気に減っていく。


 水尾先輩がよく口にしている「魔法力の無駄遣い」というやつを実感しているが、そんなことは今更だった。


「傷が……」


 雄也先輩がわたしの額を撫でる。


「仕方ないですよ」


 彼に庇われ、頭からマントに覆われていても、全てを防ぐことはできない。


 しかも、困ったことに、わたしの癒しは、自分自身には効果がないみたいなのだ。


 他人を強い風で吹っ飛ばしながら傷を治すってだけでも困りものなのに、いろいろ救われない。


「俺だけが癒されているね。ごめん……」


 申し訳なさそうに雄也先輩がそう言うが、彼が謝る必要など、どこにもない。


「雄也先輩と……、そのウィルクス王子が盾になってくれているので、その分、被弾はしていませんから」


 ウィルクス王子はまだ気を失ったままだった。

 つまりは……、そう言うことだ。


 雄也先輩が右肩に担いでいるため、彼の身体を盾にしてしまっている感が強い。

 わざと受けているわけではないと思うのだけど……。


「でも……、わたしもあまり長くもたないかも……です」


 残っている魔法力が少なくなっていることを示すかのように、視界が揺れ、時々、眩暈が起こり始めている。


 これ以上使えば、わたしの意識は飛んでしまうかもしれない。


「いや……、もう見えた」


 雄也先輩がそう口にした時だった。


 一際、激しく地面が揺れ……、上から降ってきていた瓦礫とは逆方向からの衝撃があった。

 これまで安全だと思っていた地面の方が、いきなり、盛り上がったのだ。


「栞ちゃん!」


 そんな叫びが聞こえ、その場所から突き飛ばされる。


「雄也先輩!?」


 わたしが叫んだ時、視界を遮るかのように、天井から落ちていた瓦礫ごと、地面の礫土があり得ない勢いで隆起する。


 まるで、人間界で見た土石流を思い起こすような噴射に、わたしが何か考えるより先に、自動防御が発動したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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