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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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【第37章― 一陣の風 ―】優先順位

この話から第37章に入ります。

 崩壊し続ける機械国家カルセオラリアの城。

 その破壊の連鎖は、城下にまで及んでいた。


 ここは、城下の外れ。

 少しばかり石畳にヒビが入ってはいるが、破壊の爪痕が伸びていない場所だった。


 普段は、城下に住む人間たちの憩いの場となっているこの区域は、今や、すっかり野戦病院と化している。


 至る所に怪我人が横たわり、まだ動ける人間たちが血止めや解熱、消毒などの効果がある薬草を手に、所狭しと駆け回っていた。


 この国の民で、治癒魔法を使える人間はいない。


 本来、神官ならば、治癒術を使える可能性もあるが、不幸にも今、この国の聖堂を守護する正神官は使用できないそうだ。


 それだけ、この国では怪我をすることがないということだったのだろう。


 しかし、今回のような事態では、どうすることもできない。


「九十九、こっち、頼む。これは薬草じゃ間に合わん」

「はい、分かりました」


 呼びかけられた黒い髪の少年はそう返事をし、重傷患者に治癒魔法を施していく。


 そんな彼自身も、あちこち擦り傷、打ち身があるのだが、それを治癒しようとはしなかった。


 有限である魔法力を、少しでも、温存するためらしい。


 この場で動ける治癒魔法を使える人間は、たった一人しかいなかった。


 たった17歳の少年。


 この世界では成人はしているものの、まだ成長途上である彼の両肩に、この場で倒れている人間の命の全てがかかってしまっていることに、治癒魔法を使うよう声をかけた水尾は、悔しさを覚えていた。


 どんなに強大な魔法をいくつも使えたって、こんな時には何の役にも立たない。

 彼女は無意識に歯噛みをする。


「あ……、み、ミオルカさま!」


 そのか細い呼びかけに、思わずハッとなる。


 うっかり、タオルを一つ、ダメにしてしまったようだ。


『ツクモ、あちらに意識を失いかけている人間がいる』


 褐色肌の少年もよく動いていた。


 一目見て、的確に重傷者と軽傷者を振り分けていくその様は、見事としか言えない。


 特別、誰かに教わったわけでもなく、色のついた布地を肩に巻き、処置の程度を分別している。


 つい昨日まで、ここにはいない黒髪の青年の陰に隠れていたとは思えないほどの動き。


 まるで、誰かに乗り移られたかのようだった。


 その基準としているものは、水尾には明確には分からないが、今のところ、最悪の「黒」はない。


 すぐに治癒魔法が必要な人間たちは「紫」。


 後で、治癒魔法が必要なら「青」。


 止血だけならば「赤」。


 解熱なら「橙」。


 消毒だけで済むなら「黄」。


 意識がないだけなら「緑」としているようだ。


 カルセオラリア国王は、先ほどまで「紫」の布を巻いていたのだが、今は、「緑」となっている。


 トルクスタン王子は、「青」の布を肩に巻いた状態で、リヒトの手伝いをしていた。


 顔色が悪いため、本来なら「紫」なのだろうけど、リヒトにこっそりと言って、「青」に変えてもらったのを見ている。


 それは、水尾だけではなく、周囲にいた人間たちも見ていたので、ハラハラしながら見守っていた。


 メルリクアン王女も「紫」の布を巻いていたが、今は外して、水尾のサポートや九十九の補助もしていた。


 この状況を起こした原因は間違いなく王族にあることは、なんとなく周囲も理解している。


 だが、優先的に治癒魔法を受けることができたのは、周りの人間たちからの声もあったが、一番の決め手となったのは、当の「治癒魔法」の使い手である黒髪の少年の言葉だった。


「王族なら、寝る前に動け」


 恐らくは、寝ていた方が楽だったことだろう。


 高齢である国王を寝かしたままであるのは、せめても水尾の配慮だ。


 だからと言って、昏倒魔法は使いすぎだと治癒魔法の使い手である九十九は思ったのだが。


 そして……、もう一人。


 水尾の双子の姉である真央も、国王の近くで横たわっていた。

 彼女に巻かれているのは、「青」の布。


 瓦礫が肩に当たったことと、運ばれる際にできたのか、足の爪が割れ、血みどろになっていたためだ。


 顔にも傷があったという話だが、外に出る直前、九十九が先に治した。

 流石に未婚女性の顔に傷があるのは嫌だったらしい。


「なんで、目覚めないんだよ」


 水尾は、唇を噛みながら、布巾を水に浸す。


 彼女は自分の双子の姉が、どれだけの魔法を使えるかを知っている。


 攻撃魔法、補助魔法なども一切使えない姉。

 それでも……彼女は、魔法国家で一番の魔法を持っていると言うのに……。


「み、ミオルカ……さまぁ……」


 先ほどから、メルリクアン王女が泣きそうな声で何か言っている。


『ミオ、こんな状況だ。そんなものでも、貴重な物資だということを忘れるな。これ以上、布巾をボロボロにされるのは本当に困る』


 リヒトの声で気が付く。


 先ほど水に浸されたはずの布巾は、水尾の両手の中で千々切れていた。


「で、ですから……、それ以上……、絞ると……、ダメに……って……」


 そして、メルリクアン王女はその大きな瞳を潤ませていた。


「ああ、うん。悪い……」


 水尾は、手の中にあった布切れを、近くのゴミ袋に放り込む。


 自分はこんなこともできないのかと溜息を吐きながら……。


「水尾さん、腹、減ってるでしょう?」


 そんな声が彼女のすぐ近くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「あ?」


 思わずその声の主に目をやる。

 

「つ、ツクモ……さま……。いくら何でも、女性に対して……、そんな不躾な……」


 メルリクアン王女はそう言うが、九十九はそんな抗議も気にしない。


「リヒト、そこの袋。それに水尾さん専用の食糧があるからやってくれ。絶対、周囲には気付かれるなよ?」

『分かってる』


 九十九が指示する前に、既に、リヒトは赤い袋から、小さな菓子をいくつか取り出していた。


「サンキュー! 九十九、リヒト」


 そう言って受け取り、こっそりと焼き菓子を食べ始めた。


 メルリクアン王女は……、その姿を見て、思わず口をあんぐりと開けてしまう。

 どう見ても、真央にそっくりな彼女の、真央ならば決してしないであろう行動。


 その姿は彼女にとって、王女と言う立場を忘れたかのような表情をしてしまうほどの衝撃だったらしい。


「ああ、そろそろ、周りの緊張の糸も切れそうだな」


 九十九がそんな水尾の姿を見て、そう呟いた。


『そうだな。苛立つ人間も増えている。どうする?』

「オレにできることなんて、決まっているだろ?」


 そんな会話を少年たちは交わした後、九十九は、大きな鍋をいくつか取り出した。


 そして、その場にあった瓦礫を組み合わせて、簡単に竈のようなものを作り上げ、それぞれ載せていく。


「ちょっと治癒魔法を止めるぞ。だが、容体が変わる『青』がいたら、すぐに教えてくれ」

『分かった』


 リヒトへそう伝える。


 治癒魔法を受けるために、周囲に並んでいた人間たちは露骨に不服そうな顔をするが、放置すれば死ぬことが確実な重傷患者である「紫」の患者たちは、ほとんど応急手当を完了しているのだ。


 それならば、料理を作るほんの数十分ぐらい放置したぐらいで、簡単に死ぬようなことはないだろう。


「水尾さん、火を頼めます? 七箇所同時でも、水尾さんなら、大丈夫でしょう?」


 九十九はそう言いながら、それぞれの鍋に向かって食材の準備を始める。


 その姿を見て、水尾は、九十九が何をしたいかを理解した。


「前みたいに非常用はないのか?」

「全然、数が足りません。それに……、こんな状況だから、分かりやすく手作りで温かい物が良いんですよ」


 確かに不安な時には、温かい物を食べるとホッとすることを、水尾も知っている。


「あ……、あの……?」


 ただそれを知っているのは、九十九の行動に慣れた人間ぐらいである。


 メルリクアン王女は、彼らの動きの理由が分からない。


 彼女にとって、料理は、完成品しか見たことがないのだ。

 しかもこのような大鍋料理など、見たこともなかった。


 あっという間に、七つの大鍋料理が完成した。


 九十九としても、そんなに凝った物を作る気はない。

 この世界では下手に料理に凝れば、失敗しやすいというのもある。


 人間界で言う「すいとん料理」。

 これなら、少量でも腹がそこそこ膨れるだろう。


 だが、その中に、薬草をたっぷり入れさせてもらった。

 個人差はあるが、疲労は軽減されるはずだ。


「じゃあ、水尾さん。それに、メルリクアン王女殿下。これらを配ってもらえますか?」


 九十九は、そう言いながら、食器をいくつも出していく。


「「はい? 」」


 水尾とメルリクアン王女の声が重なる。


 そんな二人に対して、九十九は笑顔で答えた。


「オレならむさ苦しい野郎に給仕されるより、綺麗で華やかな女性たちから食事の世話をされたいですから」


 その邪気の無い笑顔を見て、メルリクアン王女は顔を紅くし、水尾とリヒト、そして、たまたまそれを見ていたトルクスタン王子は、同じことを考えた。


 ―――― ああ、やっぱりこの男は、あのユーヤ(先輩)の弟だ……と。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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