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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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流れている血

本日二話目の更新です。

 ああ、あの時もこんな感じだった。

 わたしは以前、わたしの目の前で起こったことを思い出す。


 あの日、あの時、あの占術師は、身体を動かすことすらできなくなっていたわたしに微笑みを向けながら、崖から下へと落ちていったのだった。


 今でもはっきりと思い出せる光景。

 今でもはっきりと思い出してしまう記憶。


 まるで、それを繰り返されてしまった気分だ。

 でも、あの時とは違うことがある。


「ウ、ウィル……、嫌だ! こんなの! 私は嫌だ!!」


 城の崩壊が止まったわけではない。

 今も天井は崩れ、目の前に大きく穴が空いた床も、さらにその穴を広げようとしている。


 自身も危ないというのに、その場で泣き崩れてしまった真央先輩。

 わたしは、そんな彼女の肩を強く掴んだ。


「た……、たか…………?」


 焦点が合わず、涙が溢れている真央先輩。


 その顔は、綺麗だったが、あまり長く見ていたい表情でもなかった。


「わたしが行きます!」


 思わずそう叫んでいた。


「もう……、こんな思いはたくさんなんです!!」


 自分から死を選ぼうとする人間は、どうして、残されてしまう人のことなんて考えないのだろう。


 「覚悟を決めた」とか「贖罪のため」とか、言葉だけ聞けば、確かにかっこいいのかもしれない。


 でも……、結局、そんなのただ自己中心的なだけじゃないか。


「で、でも……落ち……」


 真央先輩は震えながらもそう言った。


「ここから落ちただけです。だから、まだ生きているはず。王族は簡単に死なないのでしょう?」


 王族の血が流れているということはそれだけで、神の加護が強いと恭哉兄ちゃん……、大神官は言っていた。


 極端な話、気力さえあれば、四肢を裂かれても生きている可能性すらあると。


 そんな気力ある王族は稀だと言っていたような気もするが、そこは気のせいということにしておこう。


「だ、だけどぉ……、流石に無理だよ……」


 真央先輩にしては、弱気な言葉。


ズズン、ズオン


 周りの音が、ドンドンやかましくなってきた。

 床も崩れたし、この場所もそろそろ危ないのは分かっている。


 でも……。


「このまま、死なせるものか」


 わたしにだって、王族の血は流れているのだ。


****


「高田!!」

『シオリ――――っ!!』


 崩れていく周囲の音に混ざって、不意に聞こえてきた声。


 予想通りの姿をした二人が、こんな最中(さなか)だというのに現れた。


「つ……、九十九くんと、……リヒト?」


 真央先輩がぼんやりとした声で呟く。


『良かった……。シオリの声、大きくて』

「さあ、早くここから出るぞ」


 瞬く間に、目の前に来てくれた二人。


 その気持ちは十分、嬉しい。

 自分たちも危ないことが分かっていても、ここまで助けに来てくれたのだ。


 だけど…………。


「ごめんなさい、()()()()。真央先輩を、お願いしますね」

「!?」


 わたしの言葉に驚愕する黒髪の……青年。


『ユーヤ……。シオリ、分かってる。だから、その姿でいる必要ない』


 そんなリヒトの言葉で、無言で首を振り、雄也先輩は元の姿に戻った。


「なっ!?」


 真央先輩は驚く。


「そんな……、だって今の……、なんで……? だって……、その、魔気も……?」


 真央先輩は見破れなかったことが信じられなかったらしい。


「彼らの顔は元々似ていますし、魔気にしても兄弟だから似せることもそんなに難しくはないでしょう。でも、あまり見縊(みくび)らないでくださいね。鈍いわたしだってずっと一緒にいる九十九と雄也先輩の区別ぐらいはつきますよ」


 九十九に対して、わたしの感覚が鋭いことは認める。


 だけど、雄也先輩のことだって、ちゃんと分かるのだ。


「……そうか……、すまない……」


 雄也先輩は一言だけそう言った。


 その謝罪は姿を偽っていたことに対してか。

 それとも、九十九の姿をしていたことに対してか。


 わたしには分からなかった。


「だが、ここから早く出ないと、崩れるのも時間の問題なのは確かだよ」

「はい。だから、真央先輩をお願いします」

「?」


 雄也先輩にはわたしの言葉が理解できなかったみたいだ。

 それは、当然だと思う。


 わたしだって、自分でもおかしいことを言っているというのは分かっているのだから、理論的な雄也先輩には絶対に分からない感覚だろう。


「わたしは……、彼を追いますから」

「「!?」」


 わたしの言葉に、雄也先輩と真央先輩が全く同じような表情をした。


『シオリ……』


 わたしの心が読めるリヒトには、伝わっている。


 でも、それに甘えてはいけない。

 これはわたし自身が口にしなければいけないことだから。


「この惨状を引き起こした()()()()()()()()()()()()()()()()? 生死の確認ができない以上、彼自身が責任を取らないといけないのは確かですし」


 ここで、雄也先輩に反対されるわけにはいかない。


 彼がその気になれば、わたしを完全に無力化して、ここから連れ出すことなど簡単にできるのだから。


「それは分かるが、俺は反対させてもらう」


 雄也先輩は彼にしては、厳しい瞳をわたしに向ける。


「酷なようだが、この状況で彼が、いや、今この場にいる俺たちですら無事に外へ出られる保証はないよ?」

「ウィル……」


 真央先輩がその場に倒れる。


 どうやら、気絶したみたいだ。


「それは、分かっています。でも……、もう目の前で人が死ぬのは……、見殺しにしてしまうのは嫌なのです」


 今日のわたしはいろんなものを一度に見すぎたのだろう。


 ナニかが麻痺しているとしか思えなかった。


「栞ちゃん……」


 わたしの言葉で、彼も何かに思い当たったのか、少し辛そうな顔をした。


「だが、彼は……、あの人とは違う。キミをそんな目にあわせた張本人なんだ」


 雄也先輩の言葉で、改めて自分の姿を確認する。


 わたしの身は全身が赤く染まり、ところどころにあまり精神衛生上よろしくないような破片も身に纏っていた。


 すっかり麻痺しているけど、臭いだってかなりのものだろう。


「だから、直接この手で鉄槌を下してやりたいのですよ。やられっぱなしは性に合いませんから」

「それでも……」


 尚もわたしを止めようとする雄也先輩。


 それは当然だ。

 彼はわたしの護衛なのだから。


 だから、わたしは、彼に責任を負わせないことを口にする。


「真央先輩をお願いします。それが駄目だというのなら、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「!?」


 雄也先輩の瞳が丸くなる。


 わたしだってこの場は退く気が無かった。

 だけど、できることは限られている。


 それならば、すごく不本意ではあるけれど、自分の立場を利用して強制的に従わせるしかないのだ。


 それを彼は理解したのだろう。


 跪いて、わたしの手をとって、その手に口付けをした。


 柔らかい感触が、手袋越しだというのに、わたしの手に伝わってくる。


「どうか……、無事で……」


 そう言うと、彼は意識のない真央先輩をその肩に担ぎ、リヒトの手を引いて自分たちが来た方向へと走り出してくれた。


 その背を見送り、胸を撫でおろす。

 彼らを……、わたしの我が儘に巻き込みたくはなかったのだ。


「じゃあ、行きますか」


 少しだけ熱くなった気がする手を握り締めて、そう言いながら、穴へ飛び込んだ。


 ―――― 不思議と、恐怖はなかった。


 あの時とは決定的に違うことがある。

 それは、自分の意思で身体を動かせること。


 そして、完璧では無いが、魔法という奇跡を使えないことはないってこと。


 わたしは、王族の血を引いているとはいえ、その半分は人間だ。

 だから、並の王族よりはかなり脆い身体だと思う。


 だけど……、それでも、ここで退いたらわたしは今まで以上にいろんなモノを失ってしまう気がした。


 わたしを護るように吹き出す風は、この国の物に対して効果がほとんどない。


 でも、わたし自身を護ることはできそうな気がする。

 現に、落ちる速度調整を風がしてくれているから。


 ―――― がしょっ


 何かを踏んだような奇妙な音と感触が伝わる。


 そうして、穴の底に辿り着いたわたしが目にしたのは、血とそれ以外のモノに塗れて倒れ臥している男性の姿だったのだ。

次話は、本日22時に投稿します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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