その身を引き裂いてでも
「いたっ!?」
何かで強く足を叩かれたような感覚がして、わたしは目が覚めた。
だけど、そこに広がっていた光景は……、この世のものとは思えないものだった。
崩れ落ちてくる天井。
ひび割れた床。
響き渡る爆発音。
分かりやすく目に見える放電に似た火花。
壊れた水槽から噴出す液体。
飛び散った紅い肉片。
まるで、話に聞いていた戦争の渦中にいるかのようで、わたしはまだ夢を見ているような気さえした。
だが、鼻を突く強い臭いとあちこちに響く全身の痛みが、これを紛れもない現実だと教えてくれる。
「ほう。まだ命が、あったか……。風の娘よ」
この事態を引き起こした人物は、そう言いながら、先ほどと同じように立っていた。
こんな状況にもかかわらず、彼は先ほどまでと全く変わらなかったのだ。
ただ違うのは、それがかなり濃い煙の中ということと、纏っている衣服がボロボロになっていたり、あちこちから出血していたりという点だろうか。
中でも、額から流れ落ちる血の量は、素人目に見ても立っているのが不思議なくらいだと思う。
「う、ウィルクス王子殿下……。あなたは、一体、何を?」
わたしは置かれている状況を考えながらも、彼に問いかける。
「どこまでも愚鈍だな、風の娘」
ぐ、ぐどん?
「見てのとおり、この場を爆破させただけだ。全てを……、滅するために。今頃はこの上にある城も崩れ始めていることだろう」
「は!?」
聞き返してはみたが、同時にやはり、この状況はそこまでの事態だったのだと思い至る自分がいた。
「な、何故、そんなことを!?」
まともな答えなど期待は出来そうもないが、反射的に言葉が出た。
「言っただろう。全てを滅する、と。秘密は保持されなければならない。お前は我が申し出を断り、挙句、侮辱までしたのだ。この結果は避けられない」
「そ、そんなことで……」
やはり、この王子の考えが分からない。
これまでの口調から、もっと最後まで、我を貫きそうなふてぶてしさを持っている気がするのに。
「そんなこと? 俺にとってはこの生涯を懸けたものだった。だが、お前自身が言ったではないか。『やってみる価値もない』と。つまりは、それを全て否定すると」
「それでも! ここを壊すだけならともかく……、城を崩すことなんてないではありませんか!?」
「お前には分からない」
「分かりません! こんなこと願ってもいません。望んでもいません。考えてもいませんでした!」
自分に向かって、崩れ落ちていく破片が少しずつ大きくなってきた。
頑丈そうだった天井も、その主、自らの手で爆破するとなれば、事情は変わってくるのだろう。
「理解できないままで良い。こんなことを考えない方が、俗に言う一般的な考え方というものなのだろう」
「え?」
「だが、誰も俺を止める者は現れなかった。国王である父も、弟や妹も……。詳しくは知らないまでも、俺が禁忌に触れていることは気付いていたはずだ。それなのに、それを止める者は現れなかったのだ。責任はこの国の王族全てにある」
確かに怪しげな実験をしていることを知っていて、彼を止めることもしなかった身内たちに問題がなかったとは言わない。
「それでも、城を壊すというのはちょっと違います! それ以外に責任の取り方だってあるはずでしょう!?」
どう考えても別次元の話ではないだろうか?
「……形あるモノは全て壊れる。生を弄んだものの末路としては当然のことだろう」
「だからって、他人を巻き込むのは違うのではありませんか!?」
「そうだ。だから、お前はもう行け。風の娘」
「え?」
「これ以上、お前の顔など見たくはない」
そう言って、目の前の人物は微笑んだ。
その微笑みは……、まるで……、いつか見たダレかのような……?
「俺はここで果てるつもりだ。だから、お前は上へと戻れ」
「何を言って……」
「お前の言うとおり、俺は普通ではない方法を選んだ。だからこそ、命を持って贖うしかない。だが、お前は……、巻き込まれただけだ。共に死ぬことはない」
「当たり前です! でも、殿下だって……」
巻き込まれて死ぬ気など元からない。
でも、彼が死ななければならないほどのことをしたとまでは思えないのだ。
「無駄だ。俺はもう、動けん」
そう言って、彼はわたしに足元を見せた。
濃い煙の中で、目をこらす。
彼の上半身以上にその下半身は赤黒く染まり、立っているように見えていたその身体は既に……、いろんなモノが突き刺さって、それらに支えられていただけだった。
「うっ!」
驚き以上に、身体からこみ上げてくる異物に耐えられなかった。
正視することもできなくて、わたしはその場で酸っぱいものを吐き出す。
「お前はまだ動けるようだ。お前のいた位置は、遮蔽物が多かったからな。よくよく運の強い娘だ。だが、俺は見てのとおりだ」
それでも……。
「死なせない」
わたしは言い切った。
自分に言い聞かせるように。
「なんだと?」
「目の前で人を見捨てるのは、一度でもう十分だ」
あの時に見た占術師の顔……。
今のこの人はそんな顔をしている。
諦めたような、悟ったような、でも、自分ひとりだけ勝手に満足してしまっているような、見ているだけで腹の立つ顔!
「その身体を引き裂いてでも、あなたも上に連れて行ってやる!」
そう言って、彼に突き刺さっているモノをなんとか引き抜こうとする。
「断る!」
「選択権なんてあげない。責任逃れなんてさせない。事情を説明しないまま逃げるなんて卑怯ですよ!!」
そんな時だった。
「ウィル――――――――――――――っ!!」
聞き覚えのある女性の声。
それに反応したの意外な声だった。
「馬鹿!! 来るなと言っていただろう! マオ!!」
先ほどまでの余裕はなく、切迫したような声で彼はぶ。
「ウィルクス……王子、殿下?」
状況も忘れて、彼を助けようとしていたわたしの手が止まってしまう。
「良かった……。そこにいるんだね」
真央先輩の安心した声。
「来るな! マオ!!」
鬼気迫るような声で、真央先輩の行動を制止させようとする王子の叫び。
そして――――。
ズズッ
その大声に呼応したかのように、崩れ落ちる天井。
「真央先輩!!」
丁度、真央先輩の声が聞こえた辺りを目掛け、大きな天井の破片が落ちていくのが、目に入った。
反射的に風魔法を出したが、それでもこの国の物に、わたしの魔法など意味はなく、その天井だったモノたちは重力に逆らわずゆっくりと落ちていく。
「ま……、真央先輩!!」
わたしはたまらず叫んだ。
「マオ――――!!」
その王子の声で……、気のせいか、少しだけ時の流れが遅くなった気がした。
崩れ落ちていく数々のモノが、真央先輩に向かって降りかかっていく。
しかし、それを、血だらけの王子が、自分の身体のあちこちを引き裂きながらも、彼女に当たらないようにと、その全身で庇う。
「どこに……」
そんな力と気力が残っていたのだろう。
わたしがいくら動かそうとしても動かなかったものたちを、力任せに引き抜き、溢れ出る血の流れも意に介さずに、まっすぐ彼は、彼女の元へと走ったのだ。
まるで、彼女以外目に入らないかのように。
「ウィ……、ウィル!?」
「ウィルクス王子殿下!!」
抱きすくめられたまま、呆然とする真央先輩。
目の前の出来事が信じられないと言いたくなるような気持ちは、それを見ていたわたしも大差はない。
だが、彼はこう言った。
「風の娘……。マオを……、このバカな女を頼む」
「い、嫌だ! 私も……、ここに残る! ウィルと……、一緒に!!」
そう懇願して、離れまいと王子に縋りつこうとした真央先輩を、構わずわたしに向かって突き飛ばした。
さらに、そこで、ウィルクス王子のいた辺り、先ほどまで真央先輩がいた位置の床が抜け、王子の身体ごと奈落へと落ちていく。
そこで叫んだのは一体、誰の声だったのだろうか?
次話は本日18時に投稿予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




