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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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狙われた少年

「た……かだ……?」


 焦点が定まらないような瞳で、九十九はわたしを見た。


「どうしたの? ひどく(うな)されてたよ?」

「これも……アイツの夢か?」


 どうやら寝ぼけているようなので……。


「ひはい……」


 彼は恐らく「痛い」と言ったんだと思う。


 でも、わたしからむにっと頬を抓まれているのに、反応がどこか鈍い。


「まだ寝ぼけてる?」

「ん~? そうみたいだ。なんか……頭がぼーっとしてる」


 どこかぼんやりとした顔と声で彼は答えた。


「……そうみたいだね。夢見でも悪かった? びっくりしたんだよ」

「何が?」

「家が揺れたから」

「は?」


 先ほど、この家で地震かと思うような強い揺れが発生したのだ。


 ただ、テレビを付けてもそんな話はなかった。

 あれほどの揺れなら、普通は、緊急地震速報みたいなものが入るのに。


「雄也先輩は九十九が魔法を使った気配がしたって言うし……」

「覚えがないな」


 九十九が首を捻る。


「夢の中で普通の魔法が使用できるか、たわけが」


 わたしの背後から声がした。


「……は?」

「九十九くん、大丈夫?」

「あれ?」


 どうやら、九十九はようやく状況が掴めてきたらしい。


 わたしも、母も、雄也先輩も、九十九に起こされたのだ。


 自慢にもならないが、わたしの目覚めは悪い。

 だが、例外的に地震による振動等には何故だかひどく敏感なのだ。


 地震に対しては、発生前にぱっちりと目が覚めてしまうのは、第六感というヤツなのだろうか?


「オレは……一体……?」

「どんな夢を見たかは知らんが、夢での抵抗に普通の魔法を使おうとするな。現実に影響するだけだ」


 どうやら、九十九は余程悪い夢を見たらしい。


 でも、家を揺らすほどの魔法ってどれだけ強いんだろう。


 確かにこの家はもう古い。

 台風が来た時なんかもガタガタとあちこち不安になるような音を立てている。


 こんなことなら、九十九たちが護衛のためにこっちに来るのではなく、わたしたちが彼らの家へ行った方が良かったのだろうか?


 でも、こっちの方が部屋の数が一つ多かったんだよね。


「いや……、つい……」

「凄い汗ね。お水でも飲む?」

「いただきます」


 そう言って、母から差し出された水を九十九は一気飲みする。


 母はその様子を見届けて、にこりと微笑むと、コップを片付けに行った。


「高田、オレを呼んだか?」

「かなり激しく起こされたから、抗議の一つでもしようかと。この通信珠で少々……」


 雄也先輩の言葉が本当なら、わたしの眠りは九十九によって妨げられたことになるのだ。

 文句の一つでも言いたくなるだろう。


 しかも、慌てて来てみれば本人は夢の中。

 多少、呼びかけたぐらいじゃ起きない。


 そうなれば、最終手段も取りたくなる。


「そうか……。ありがとう。助かったよ」


 思いの外、素直にお礼を言われるとなんだか、調子が狂ってしまう。


 文句を言うタイミングも逃してしまったし。


「本当に酷い夢だったんだね」


 わたしはそう言うしかなかった。


 うん、夢に罪はない。


「いや……、あれは……、夢だけど夢じゃない」


 だが、呆れたことに、九十九はわたしの台詞を無視してそんなことを言った。


「まだ寝ぼけてるの?」

「昼間……の、若宮が言った『生理的に苦手なヤツ』。多分、アレに襲われた」


 九十九はいたって真面目な反応だった。


 寝ぼけているかと思ったが、違うようだ。


「ど~ゆ~こと?」

「やはり、魔物……、それも夢魔に憑かれたか。道理で、異様な魔気がこの部屋に充満しているわけだな」

「ええ!?」


 雄也先輩と九十九の会話が理解できない。


 いや、なんとなくは分かるんだけど、それでも理解しがたい。


「未熟なヤツだ。魔界に住む魔物に隙を見せるとどうなるか分からんわけでもないだろうに」

「人間界に潜む魔物なんて想定してなかった」


 九十九はそう言うが……。


「に、人間界の魔物? 夢魔って……、あのサキュバスとかインキュバスとかいう魔物のこと……だよね?」

「ファンタジー系が好きだという話だから説明はしやすくて助かるね。まあ、人間界ではそう呼ばれているけど、本来は魔界に住む種族って所かな」


 雄也先輩が答えてくれた。


 サキュバス、インキュバスならなんとなく分かる。

 割とゲームでも見かけるほど有名な魔物だ。


 人の夢の中に入って、精気や生命力を奪うって話を聞いている……って、あれ?


「九十九、サキュバスに襲われたの?」

「……みたいだな」


 サキュバスは女性型の魔物のことだ。

 インキュバスはその逆で男性型の魔物。


 どちらも相手の理想の異性の姿で現れるらしい。

 その理由は……。


「……ってことは、えっちな夢を見せられたの?」


 異性に対してその、えっちな夢を見せることで糧を得るとか……。


 そんなお楽しみのところで、別の女の声が頭の中に響くとか……ちょっといろいろと気まずいかもしれない。


 でも、知らなかったから仕方ないよね?


「まだ、見てねえ!! 見せられかけたところでお前が呼んだから」


 顔を真っ赤にしてそう叫ばれた。


「そ、そうか……、その、邪魔しちゃった?」

「寧ろ、邪魔してくれてサンキュー!! オレだってそんな夢で満足したくねぇし、その代償に生命力なんかくれてやれるかってんだ!!」

「そ、そう?」


 いや……、言われてみれば確かにそうなんだろうけど、やっぱり男の子って少しでもそ~ゆ~夢はみたいものかな~と思ってしまった。


 あれ?

 これって漫画の読みすぎ?


「まあ、それは置いておいて……、まだ経験の浅い歳若い夢魔で助かったな。熟練夢魔は抵抗を考える余地も与えてくれないそうだ」

「……魔界にはそんな魔物がいっぱいいるんですか?」


 それはちょっと怖い。

 わたしには抵抗する手段がないし。


「人に害を与えるようなものがいないとは言わないが……、夢魔はたまに人里へ現れるかな。でも、人間界で言われているみたいに全ての生命力を一気喰いはしない。周囲にバレないように少しずつ喰らう。自分好みの栄養源は貴重らしいし、バレたら、祓われるからね」

「少しずつ食らう……?」


 その言葉に何かひっかかりを覚える。


 確か、最近どこかで似たような言葉を聞いたような気がしたのだ。


「魔界に戻る前に厄介なヤツに狙われたもんだな。夢は夢魔の領域であり、ヤツらの力を増幅させる特殊な結界内のようなものだ。夢の中で魔法を使えない魔界人が簡単に勝てるわけはないぞ」


 雄也先輩は溜息を吐いた。


 どうやら、魔法が使える魔界人でも、難しい相手らしい。


「だから、本体を狙う」

「心当たりでも?」

「あるから、高田に聞きたいことがあるんだ」

「え?」


 考えている途中で急に話しかけられてしまった。


「さっきも言ったが、夢魔は若宮が『生理的に嫌いなヤツ』と言っていた女だ。そりゃ、多少、勘のいい人間ならアレに対して嫌悪を感じるのも分かる。夢魔は人間を餌としか見ていないから」

渡辺(わたなべ)……さんが夢魔?」

「渡辺ってのか……」

「……ってことは!! その彼氏である松橋(まつばせ)くんの異様な衰弱っぷりも、夢魔に生気を吸い取られたってこと?」

「お前が言うマツバセってのが、あの時、横にいた男のことなら、間違いなくそうだ」


 ワカも、そして、同じく少し前に彼を気にした来島も、勘は良い方だ。


 だから、二人ともどこかでひっかかりを感じたのかもしれない。


「夢魔は暗示が得意だからね。周りに違和感なく溶け込むことも可能だ。しかし、既に宿主がいるのにお前にちょっかいをかけるとは……、モテモテだな?」

「嬉しくねえ。こっちは餌扱いされてるんだぞ?」

「その代わり、良い夢が見れそうじゃないか。夢魔の夢は自分の理想(よくぼう)を追求した極上のものだときくぞ」

「命と引き換えにかよ!!」

「か、解決策は?」


 どちらにしてもこのままじゃ良くはないと思う。


 九十九も心配だけど、とっくに生気を吸われていると思われる松橋くんは、人間なのだ。


「だから、本体を叩くって言ってんだろ?」

「殴るの?」

「……要は、オレに構わなくなるように警告できれば良い」

「まあ、話が通じなければ多少手荒だが祓うしかなくなるな。じゃあ、後は自分で何とかしろよ、おやすみ」


 そう言って、雄也先輩は手をひらひらさせて部屋から出た。


 どうやら彼は、弟を助ける気はないらしい。

 兄弟ってこんな感じなのかな?


 後に残された形になったので、なんとなく聞いてみる。


「祓うってどうするの?」

「強制排除……、場合によっては始末するってことだ」

「そんな!」

「その魔物を生かすことでオレが死ぬなら、そうするしかねえだろ?」


 それはそうなのかもしれないけど……。


「話は通じると思う?」

「お前がソレを聞くのかよ? 面識はないのか?」

「なんか、あの人……、ちょっと苦手で……」


 学校に化粧してきたり、スカート短すぎたり、妙にあちこち飾ったり、香水っぽい匂いもきつくて、なんとなく、わたしと住む世界が違う感じの人だったと思う。


 だから、話したことなんてあるはずがない。


「じゃあ、家とかも分からないか。宿主……、あの男の方は?」

「う~ん、我が家と真逆だから……、方向しか……」

(しらみ)潰しに探すのもきついな」

「あ。弓道場!」

「へ?」


 不意にあることを思い出した。


「確か真理亜が言ってたんだよ。自分の彼氏とその松橋くんは休みとかに町内の弓道場をよく利用してるって」


 卒業式の少し前に真理亜から惚気混じりに聞いた気がする。


 部活を引退した後もそれは習慣として続いていたって。


「だが、春休みだぞ?」

「腕を落とさないように鍛錬は欠かしてないって話をしてたよ。聞いたのはごく最近だから、部活引退後も元弓道部のその2人は続けてるんだと思う」

「あの身体で……弓道か。よく生きてるな……」


 その言葉で、松橋くんの状態はかなり悪いということが分かる。


「この町内で一般的に使えそうな弓道場があるって、確か来島も言ってた。月、水、金、土日だったかな」


 ああ、もっとちゃんと聞いてたら良かったのに。


「まあ、あちこち探すよりはよさそうだが……」

「が?」

「とりあえず、今日は徹夜しないといけないな」


 徹夜かぁ……。


「徹夜は、身体に悪いよ?」

「寝たら、生気を吸われるだろうが」

「えっちな夢を見なければ良いのでは?」


 生気を吸われるってそ~ゆ~ことだよね?


「見せられるから仕方ないだろ? アイツ、人の夢の中で魔眼まで使いやがった」

「魔眼?」


 なんか、ファンタジー系の言葉が出てきた。


「まあ、誘惑しやすくするための暗示を眼からかけること……だな。魔法ってより、持って生まれた特性というべきか」


 眼を見たら石になるっていう神話に出てくる魔物もその魔眼なのかな?


 それなら、磨き抜いた鏡のような盾で対策すればなんとかなる?

 流石にそれはないか。


「魔物ってだけあって手強いんだね」

「まあ、アイツも糧を得るためだからな。いろんな手を使うさ」

「糧……、食事ってことだよね? 普通の食事じゃ駄目なのかな?」

「菜食主義の肉断ちとはわけが違う。生命の維持のために夢魔にとっては必要らしい。迷惑な話だが」

「じゃあ、九十九の目を覚ます必要があるね。すごくにっがいお茶か、かなり濃い目の珈琲でもいれようか?」

「ああ、頼む。できればお茶で」

「了解」


 わたしはそう返事して、台所に向かうのだった。

「魔物を叩く」という表現で、物理攻撃と考えた主人公。

「そっちの意味じゃない」と内心、突っ込みたかった少年。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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