目的のためなら
恐れていた事態はついに起きてしまった。
これは、王族にとっての罪であり、咎でもある。
だが、自分たちがそれを認めているからといって、簡単にそれを受け入れることはできない。
「くっ!!」
俺は歯噛みをする。
地下の方から非常事態の音が鳴り響いた時、俺は妹ともに、玉座の国王陛下にこれまでの報告をしていた。
国王陛下は青ざめた顔で俺たち二人の報告を受け、何か言葉を発しようとした時に、音が鳴り響いたのだ。
あの時、陛下が何を言おうとしたのか、俺たちには分からなかった。
それは制止だったのか、推進だったのか、今までのように黙認だったのか。
今となっては、それすらも聞くことができなくなった。
その国王陛下は、今、妹の膝の上で額から血を流し、倒れているのだから。
最初の爆発の時、真上から降ってきた豪奢な室内灯に、俺たち三人は押し潰されてしまったのだ。
俺と妹は立ち位置が良かったのか、すぐに抜け出ることが可能だったが、国王陛下は玉座に座っていたために反応が遅れ、座ったままの体勢で押し潰された形となった。
人払いをしていたためか、周りには誰もおらず、矢鱈と重い金属や魔石で飾られた室内灯を取り除くのに、かなりの時間を要した気がする。
だが、それでも、容赦なく、周りは崩れていき、恐らくは家臣たちも逃げ出したのだろう。
声がほとんど聞こえなくなった。
「トルク兄さま……」
か細い声で、涙目を俺に向ける妹。
「大丈夫だ、メルリ。絶対に、なんとかする」
俺だって、不安や恐怖がないわけではない。
迫り来る崩壊の音は確実にその音量を増しているのだ。
だが、ここには両足を押し潰され、身動きできない妹と、全身が血に塗れ、辛うじて呼吸をしている国王陛下がいる。
この二人を残して助けを求めに外に出ることもできなかった。
通信珠を使おうにも、この状況では意味がないようで、誰も呼びかけに応じない。
俺自身も、先ほどの衝撃で左肩がまともに動かなくなっているようだ。
麻痺しているのか痛みは無いが、見た目が良くないので、できるだけ直視はしないようにしている。
諦めるのは性に合わない。
だが、この状況でどうしろというのだ?
「マオ……さまは……?」
この国で唯一の治癒魔法の担い手。
その者の名を妹は口にする。
「アイツは……、多分、来ないよ。彼女が行くなら、ここではなく兄上のところだろう」
「そん……な……」
メルリの顔が絶望の色へと変わる。
正直、俺だってそんなことは考えたくない。
だが、こんな状況になってもここに現れない辺り、彼女はとっくに兄の元へと向かっていたはずだ。
この災厄を起こした元凶の元へと。
そして、彼女が来ない……。
つまりは、治癒の術を持った人間は既に現れないということだ。
この場にいる三人は、ある意味覚悟をしなければならない。
爆発音と共に、次々に周りの壁が崩れていく。
念の入ったことで、地下を中心にして、確実に全てを破壊しつくす気だろう。
だから、より近い場所であるここの崩壊も他より早いのだ。
そして、この階層が崩れれば、後は、一気に全体が崩れ落ちることとなるだろう。
「参ったな……」
この可能性を考えなかったわけではなかった。
だが、いくら覚悟をしているつもりでも、現実に直面しても平気だというわけではない。
しかも、状況は自分の考えていた中では最悪のパターンだったのだ。
こんな状況では、自分の今まで培ってきた知識や経験など塵芥に等しいことを思い知らされる。
「アリッサムの襲撃も……、こんな感じだったのかな……」
ぼんやりと考える。
できれば、死ぬ前にもう一度だけ顔を見たかったのだが……、それももう叶わないのだろう。
「お兄さま!!」
滅多に聞けない妹の叫び。
それに反応して、上を向くと、大きな天井の塊が自分に向かって降ってきた。
「あ……」
ソレを避けることも、叫ぶこともできずただ漠然と……、自分は、このまま終わるのだと理解した。
これは報いなのだろう。
こうなると分かっていて止める勇気がなかった自分への……。
来るべきその時に備えて、覚悟を決める……、が、何故だろう。
少し遠くで重たいものが落ちる音がした気がした。
先ほどまで違和感があったのは左肩のはずだが、今は、背中にも酷く重い痛みが走っている。
「気付いたら、避けろ。そこまで鈍ったか?」
無愛想な口振りで聞こえる低い男の声。
その声はいつものように素っ気無く飾り気すらないが、この場にはよく合っていると錯覚してしまうほどだった。
「ユーヤ!!」
妹が歓喜を含んだ声で叫ぶ。
だが、男は妹には目もくれず、俺を見た。
「最終プロテクトがどうしても解除できない」
その言葉だけで、男の目的と、何故この場にいるのかを理解する。
「当たり前だ。寧ろ、この短期間でそこまで辿り着いたお前に感服するよ」
「ゆ、ユーヤ? 兄さま?」
妹だけが分からない会話だった。
当たり前だ。
5年ほど、国から離れていたこともあるが、妹はそこまでのことは知らない。
血の繋がった兄が罪深いことを行っているということは知っていても、それが具体的にどういう内容で、それがどんな結果を導くかも知らされていないのだ。
だから、何故、今、自分の身体がボロボロになってしまっているのかも、父親が目の前で死にかけているのかも理解できていないのは当然だろう。
「時間がない。答えろ」
「生憎こちらも命の灯火がない」
「先ほど、伸ばしてやっただろう」
「ああ、かなり荒っぽい方法でな」
あの時、この男は突如、どこからか現れ、俺の背中を蹴り飛ばし、天井の落下から回避させたのだ。
まあ、この男がどこから現れたなんて、その目的が分かれば想像は容易いのだが。
「だが、お前は王族の禁忌を知った。聞いていただろう。メルリはともかく、お前なら推測できるはずだ」
「あくまで推測だ。それを確かめるために行く」
「ゆ、ユーヤ!!」
メルリは両足が痛むのだろう顔をしかめながらも叫ぶ。
「お、お父さまを助けてください! このままでは…………」
「無駄だ、メルリ。そいつは今、別の目的のためにここにいる。俺たちの救済のためじゃないんだよ」
「そ、そ……、んな……」
妹は知らない。
彼女はこの男の紳士的な面しか見ていないのだから。
だが、俺は知っている。
この男は目的のためなら手段を選ばないことを。
「このまま、崩壊を待つ気か? 先ほどの二の舞だぞ」
「お前に明かすぐらいならば、崩壊を選ぶさ。元々、それぐらいの覚悟はしていた。陛下も俺も……。ただ、妹は一部しか知らなかった」
「決意は固いようだな」
「王族とはそうあるものだ」
「何も知らない妹は、違うようだがな」
見ると、メルリは青ざめた唇を震わせていた。
「チアノーゼが出ている……」
「Zyanose!?」
確か……、呼吸困難時に唇に出る現象だったと記憶している。
「ああ、元々はこの国の言葉か。どうやら、下肢の色も変化しつつある。血の巡りが良くないようだな」
血液の流れが良くない……。
あれだけ出血しているのだ。
変色も当然だといえるが……だが、それでも……。
「大丈夫……です……。トル……兄さ……ま」
これまでのショックも手伝ったのか、その唇だけではなく、顔も一気に蒼白になり、妹は国王陛下に折り重なるように倒れた。
「さて、これで邪魔は入らない」
「邪魔……だと……?」
「お互い護るべきものが異なっただけの話だ。そして、非はそちらにある」
「ああ、それは分かっている」
だが、だからといって、俺は簡単に認めるわけにはいかないのだ。
「加えて、生殺与奪の権はどう見ても俺に分がありそうだな」
「ない。王族殺しはこの国では死罪だ」
「亡くなる国に王族など不要だろう? お前たちはここで息絶え、要も恐らくは、地下に埋没する気のようだ」
表情を変えずに、黒髪の男はそう言い切った。
「随分と悪役になるじゃないか。それだけあの娘に価値があるのか?」
「あるからこそ、要も贄へと選んだのだろう?」
「それは偶然だ」
「偶然だろうが、何だろうが、お前らは人選を誤った。俺や九十九程度にしておけば良かったものの、最上級の宝石を狙えば相応のモノが犠牲になるのは当然だとは思わないか?」
そう黒髪の男は不敵に笑うが、どこかこの男にしては、結論を急ぎすぎている感がある。
それほど、余裕もないってことだろう。
「じゃあ、お前も俺たちと素直に心中しとけ」
「お前……」
そうこの男が何かを言いかけた時だった。
どかっ!!
今まで、嘗てないほどの勢いで王の間の扉が開かれる。
「硬え!!」
右手を振りながら、登場する黒い髪の少年と……。
『ユーヤ!! 玉座後ろの壁にカルセオラリアの王族の血だ!!』
そう叫ぶ褐色肌の少年……って。
「待て! それは……」
「ああ、なるほど……。それでプロテクトが解除できなかったわけか。だが、それならば幸い、ここに多量に流れているな」
そう言って、男は、玉座の真後ろの壁に向かって俺を突き飛ばしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




