対極の立場
「だから、高田をどこに転移させたかって聞いているんだよ!」
スクーターを部屋から持ち出し、リヒトと共に例の部屋に戻ったオレは、男に掴みかかっていた。
とりあえず、リヒトには黙っていてもらうことにする。
心を読めるという彼は、ある種、こちらの切り札だ。
そして、そんなことができると知られたら、何かと問題になりかねない。
「知らない。知っていても言うと思うか?」
さっきから憮然とした口調で男は同じ言葉を繰り返す。
殴ってしまえば、気が晴れるだろうが、この男はソレぐらいじゃ吐かないだろう。
何より、この男は、何気に肉体強化の魔法を自分に施している。
さっきまではそんなことはしていなかったから、俺たちが部屋に行った隙に強化したのだろう。
「くそっ!! トルクスタン王子殿下も自分の部屋の通信に出ない」
あの王子に尋ねれば分かるかもしれないのに、先ほどリヒトが、彼は国王の私室にいると言っていた。
流石に、トルクスタン王子の客とはいえ、ただの一般人でしかないオレが、いきなり国王陛下の私室に直接通信するわけにもいかないのだ。
「トルクスタン王子殿下も私室にいたとしても応答するはずがないさ」
ヤツはにやにやとした笑いを浮かべ、そんなことを口にした。
「なんだと!?」
「そして、勿論、国王陛下もウィルクス王子殿下も、そしてメルリクアン王女殿下も応答はしないだろうな」
笑いながら男はそう言った。
「俺が高田さんを強制転移させた事実は、恐らくもう、誰かの口から伝えられていることだろう。この城は少しでも転移ターミナルを動かした形跡があれば、それは監視者が知ることとなる」
「転移……ターミナル?」
聞いたことがない単語が出てきた。
「ゲートの簡易版だ……。まあ、強制転移を機械でやっただけの話。あんたが、飛ばされたのもそれを利用しただけ。高田さんは目的地へ。あんたはランダムに」
「皆……、グルだったのか? お前も、トルクスタン王子殿下も、恐らくは真央さんも!」
「黙認という意味では皆、同罪だろうな」
ヤツの言葉で、リヒトは目を伏せた。
多分……、リヒトも知っていたんだろう。
彼は心が読める。
そして……、それを恐らく聞いていた兄貴も。
確かにそれならば皆、同罪というのも納得できる。
知らなかったのは、オレと高田、それに恐らくは水尾さんぐらいだろう。
彼女がこのことを知っていたのなら、確実に、トルクスタン王子や真央さんに詰め寄っている。
可愛がっている高田を、強制拉致する計画だなんて、余程の理由がない限り、彼女は黙認しないだろうから。
「そう……か。分かった。これはこの国ぐるみでの計画だったのか。オレらを客人として招き入れ、油断させておいて、実は狙いはあんな女一人だったとはな。アイツは扱い辛いぜ。拉致したことを後悔してしまうぐらいな」
勿論、始めからそんな計画はなかったかもしれない。
だが、この際、そんなことはどうでも良い話だ。
「それだけ彼女が精神力の強い女性ならば、心が壊されることはないから、俺としては逆に安心だな」
ヤツは笑った。
その言葉は、彼女の心が壊れる可能性があることを示唆している。
「それにしても、甘い護衛だ。普通は俺を吐かせる為にいろいろと手を尽くすもんじゃないか?」
「そんなの時間の無駄だ。オレは、兄貴みたいに拷問に長けてない」
「尋問じゃなくて、拷問かよ」
男は苦笑する。
だが、事実だ。
オレでは、やり過ぎてしまう。
「それに、なんとなくは分かってるんだよ」
「は?」
コイツの話からすると、どうやら、高田はここと全く違う場所に転移されているようだ。
オレが転移魔法を使えなかったことも、その辺りにあるのだろう。
普通の場所ではない、特殊な空間。
つまり、そこに高田を目的としたナニかがあるということだ。
それも通常ならば心が壊れてしまうようなとんでもない場所に。
そしてコイツは、国に仕えていると言った。
オレや兄貴と対極の立場。
それならば……。
「トルクスタン王子殿下や、真央さんが黙認する相手。黙認せざるを得ない相手なんて、国王陛下か第一王子殿下ぐらいのモンだろ? じゃあ、そいつらの行動を調べ上げれば良いだけの話だ」
「ふ~ん。で、あんたはどうやってそれを確認する気なんだ? まさか、国王陛下に詰問でもするって? 正気とは思えん話だよな」
「くっ……」
思わず、笑いが出た。
「人がモノを隠す時って敢えて本当のことは言わないって、知ってるか?」
「なんのことだ?」
「簡単なことだ。何か大事なものを隠匿する際、自分の不用意な言葉から居場所が割れてしまうことを無意識に恐れてしまうもんだろ? だから、何かを隠す時の人間は本当のことは言わないんだよ」
「だから……、何が言いたいんだよ?」
「二択問題で、正しい答えをヒントや例に出す馬鹿はいないってことさ」
そして……。
「さっきより魔気がはっきりしてきた。アイツの目が覚めたみたいだな」
「なっ!?」
目の前の男は驚愕のあまり、目を見開いた。
「悪いな。どこにいてもどれだけ離れていても、アイツの魔気だけは不思議と敏感なんだよ。アイツの居場所は恐らく、ここの真下だ。結構、距離はある気はするがな」
どこにいても、どんなに遠く離れていたとしても、オレが彼女の気配を間違えることなんてありえない。
わざわざここに来てやったのは、単にアイツの拉致する命を下した人間を知りたかっただけだ。
それが、トルクスタン王子殿下や昔からの知り合いである真央さんじゃなかっただけでもありがたい。
少なくとも高田のショックは最低限に抑えられるだろう。
ただ、そうなると、何故、あまり面識のないはずの男が高田に目をつけたかはよく分からないところなんだが……。
オレが知る限り、会ったのはたった一度だ。
それも……、彼女の髪を引き抜くようなことをしでかした。
「一応は、護衛ってところか。見た目より頭、働くんだな」
だが、コイツは笑って言いやがった。
「今、この部屋の全ての転移ターミナルを作動した」
「は?」
「意味が分かるか? 下手な位置に立つとどこに行くか分からない強制転移が働くってことさ。それは床だけじゃなく、壁、周囲に置かれているモノ、全ておいてだ。そして……」
目の前の男は、真空刃を放った。
反射的に、リヒトを抱えて、飛び上がって躱す。
床や壁に触れられない以上、宙に浮くしか方法はないってことだ。
「風属性相手に真空刃とは舐められたもんだな」
「この国で作られた物のほとんどは魔法の効果がない。肉体には魔法が効くが衣服と言うもので護られている。だが、衣服程度なら衝撃を完全相殺するわけでもない。加えて、周りは地雷のようなもんだ。咄嗟の判断とはいえ、宙に浮いたのは大したもんだよ」
余裕の笑みを浮かべる男。
だが……、甘い。
オレがどれだけ、兄貴の手による地獄を見てきたと思っているんだ?
そして、水尾さんは本当に面白いことをいっぱい教えてくれる。
その二人の指導を受けているオレが、ただの従者風情に負けるわけにはいかないのだ。
「リヒト、ここなら大丈夫か?」
『ああ、存分にやれ』
オレの意図を察してくれたリヒトを真下におろし、魔法の防護壁を張る。
兄貴みたいに完全に護ると言うのはまだ無理だが、多少の軽減にはなるだろう。
『神 速の光 弾』
オレの指先から弾き出される、光の弾たち。
「またソレ? なんとかの一つ覚えってヤツかい?」
一度見せたことがあるだけに、ヤツは余裕だった。
だが、オレだってそこまで、単純じゃない。
光の弾を発射しつつ、別の魔法の詠唱に入る。
召喚系は転移と同じで、あの魔法を撃てる部屋以外での使用は不可能だろう。
だから、水尾さんのときのような召喚はできない。
アレができれば楽勝だったのだが。
そして、今から使用するのはオレも初めての魔法だ。
その上、魔法弾を放ちながらでもできるかは、一種の賭けであった。
『飛び散れ!!』
オレの言葉と共に、体中から風によって作られた刃が姿を現し、四方八方に飛び散る。
だが、やはり魔法弾の方には意識が保てなかったらしく、途中で消失したが、風の刃はその性質どおり、気紛れな動きをし、部屋中を飛び回り始めた。
まるで、かまいたちのように。
「どんな魔法かと思えば……、俺の真空刃と大差がないじゃないか」
ぐるぐると不規則な動きをする風の刃。
だが、悟られてはいけない……。
これはオレの意思で動かしていることを。
そして、オレの狙いはヤツではなく、もっと別のものだった。
ほとんどの風は部屋中を飛び回っていたが、一部の風が一定の空間で自然消滅をしている。
これはオレの未熟が原因ではない……、多分。
「なるほどな……」
オレは、記憶する。
自分の出した風が消えない空間を。
床、壁に当たればその性質上、確実に消えてしまう風は、複数の空間を除いて健在だったのだ。
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