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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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同志の心

「高田さ~ん。悪いけど、ちょっとページの確認。順番、コレで良いの?」


 カズトが、大きな機械の裏から声を掛ける。


「え? どっか違った?」

「いやいや、単純にページの確認。この順番を間違えていると、かなり勿体無いことになるんだよ」

「え~っと……、どこから行けば良い?」

「その黒い絨毯が通り道になっているから、それに沿って移動すれば、すぐにここに回って来れるよ」

「はいは~い」


 全く危機感を感じさせない呑気そうな声に九十九は頭を抑えたが、歩いている栞の後ろを警戒しながら付いていくことにした。


 変な魔気の気配もないから、いきなり厄介ごとには巻き込まれないだろうが、それでも用心しとくに越したことはないのだ。


 ソレでなくてもこの目の前の娘はトラブルメーカー。

 あちこちで厄介ごとに巻き込まれるテンサイなのだ。


「機械にセットする前の確認は凄く大事なんだよ。俺も何度か、試作段階で失敗していてさ~」


 そう言いながら、大型機械の裏手にいたカズトは、封筒から出した原稿を差し出し、栞はそれを受け取った。


 真剣な表情で数を数えるように、一枚一枚、確認していく栞。


「うん。これで間違いないよ。じゃあ、お願いするね」

「了解~」


 そう言って、カズトは原稿をセットした。


 機械が独特の音を立てて動き出す。


 この世界では電気が使えないから、動力はなんらかの魔力を利用しているのだろう……と、九十九はぼんやりと考えていた。


ごうん、ごうん


「「ところで……」」


 機械が動き出して暫く、不意に、カズトと栞の声が、重なった。


「へ?」


 そのタイミングで二人が同時に口を開くとは思ってもいなかった九十九が、目を丸くする。


「……高田さん、お先にどうぞ。俺は後で言うから」


 右手を差し出すカズト。


「良いの? じゃあ、遠慮なく」


 その時、九十九は何故だか背中を向けているのに、栞の表情に笑みが浮かんだのが見えた気がした。


 そして、軽く咳払いをした後、栞はこう尋ねた。


()()()()()()()()


 九十九にはその質問の意味が分からなかった。


 だが、カズトはその質問に何らかの意味を見出したようだ。


「ん? 原稿のページと確認をお願いしたかっただけだけど? 順番間違うとおかしな並びになるのは理解できるだろ?」

「うん、それは勿論、理解できるよ」


 ならば、何故そんな質問を栞はするのか?


「だから、何故、ここなの?」


 もう一度、栞は同じ問いかけをした。


 しかし、それに込められた言葉には力が篭っている。


「何故って?」


 カズトの笑みと栞の背中だけしか、九十九には見えない。


 だが、何故だろう?


 栞は、笑っている。

 それも極上の笑みで……。


 恐らくは、「高田栞」が自分に向けたことがない種類の笑顔で。


 見えないはずなのに、その背中からそんな気がしたのだ。


「ページを確認するだけなら、さっきの場所で十分でしょ? それなのに、わたしと九十九をここまで、招待したのは何故かな……? ってこと」

「へぇ……、確かに()()()()()()()()勘が良いみたいだね。でも、ちょっと甘いな~、高田さんは」

「「え?! 」」


 九十九と栞の声が重なった。


 同時に、栞が立っていた場所が光りだしたかと思うと、次の瞬間、栞の姿は消えていた。


「なっ!?」


 驚愕の声は九十九のものだった。


 魔法が発動した気配は全くない。

 それなのに、目の前にいた人間が消えている。


 ただそこにいるのは笑みを九十九に向けているカズトと、先ほどまで栞の居た場所を呆然と見つめる九十九と、やたら大きな音を出し続けている機械のみだった。


「お一人様、ご案内~っと」


 変わらず陽気な声を出し続けるカズト。


 九十九は、床に張り付き、その気配を探ろうとしている。

 だが、それは恐らく無駄なことだろう。


 ―――― ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「完全に忘れてただろ? ここは機械国家だ。転移魔法ができなくてもそれに近しいことを可能にすることはできる技術はあるんだよ」


 そんな声も無視して、九十九は自分の感覚の全てを「探索魔法」に注ぎ込む。


 勿論、耳も聞こえず、目にも何も映っていない。

 触れている床の感触もない。


 ただ一点を探るのみだった。


「大した、集中っぷりだね。だけど、無駄だよ。この城は魔法を遮断し、ありとあらゆるものには魔気を絡みつかせる程度のことはできても、魔力そのものは通らない。キミがやっていることは全くの時間つぶしに過ぎないんだよ」


 それでも、九十九は全てをかけて集中している。


 目の前で護るべき対象が姿を消したことに対するショックも考えようとせず、ただ、一人だけを探し続けている。


 彼にとって、唯一の主人を。


「おいおい。いつまで、そんな無駄を続ける気? もうすぐ機械も止まる。彼女の望みはちゃんと叶えてあげるよ。初めての創作、そして……」


 カズトが言い終わるか終わらないかの時に、九十九はようやく床から顔を上げた。


()()()()()()()()()

「は?」


 九十九は不敵に笑った。


 だが、その笑みと台詞の意味はカズトに分からない。


「この城内のどこかで生きてはいるんだな。怪我は……、魔気の乱れから判断する限りじゃ、ケツぐらいは打ったかもしれんが、その程度なら大した問題じゃねえ」


「ちょっ……、待て! この城でそんな詳細に……、ああ、当てずっぽうで言ってるだけだろ?」


 余裕を取り戻そうとするカズトに侮蔑の視線を送り、九十九は部屋の外へと向かいだした。


「ま、待て! か、彼女は城内にはいないんだ。探そうとしても無駄足になるだけだぞ」

「無駄足……?」


 その言葉で少し、足を止め、九十九は考えたが……。


「ああ、普通はそうだよな」


 微妙にかみ合わない答えを九十九は返して、再び歩き出す。


 本当なら、彼は、今すぐここから走り出したいのを抑えて。

 勿論、部屋から出たら、すぐ走り出す気でいるのだが。


「待てって!」


 その言葉を無視し、九十九は歩みを止めない。


 そうして、部屋の扉に手を掛けたその時……。


「あん?」


 九十九の姿も、この部屋から消えた。


「だから忠告したんだけどね~。まあ、走ってドアを開けていたらその分だけ遠くへ強制転移されていたんだけど、案外、冷静だったんだ。高田さんといい、彼といい、俺ってやっぱり洞察力がねえのかな」


 カズトがそう言った時、機械音は、ようやく止まった。


 印刷から製本までするこの機械は、試し刷りが一番時間がかかるのだ。

 出来上がった本を手に取り、カズトはパラパラと捲る。


「試し刷りは問題なし……だな。まあ、約束だったから、50部刷りはしてあげよう。まあ、同志を失うのは正直、心底惜しいが、俺にも俺の事情があるってことだよ、高田さん。まあ、あの台詞から察するにうすうす気付いてはいたみたいなのは結構驚きだったけど……」


 そう、言いながらカズトは持っている本に目を通す。


「本当に……、惜しいんだけどな……」


 カズトは彼女が死ぬわけではないことは知っている。


 だが、あそこへ導いた自分を許すことはできないだろう。

 女性として……、いや、生命ある人間として……。


「この試し刷りは記念に貰っておくよ。魔界で初めて出会った同志の初めての同人誌だもんな。それぐらいは許してくれるかな……」


 カズトとて人の心を捨てきったわけではない。


 現に、彼女と行動を共にし、刺激を受け合い、今まで以上のものが自分も作り上げることができた。


 そして、彼女の人柄にもそれなりに惹かれたていたのだ。


 ほとんど話もしなかった中学生時代。


 あの頃に話ができていたら、彼女があんな人間だと知っていたら、その頃でも期間限定で同人誌を作る仲間として、握手を求めていたことだろう。


 だが、もう遅い。


 自分はただの人間ではなく、この国に仕える魔界人だ。

 たまたま出会ってしまった不運を呪うしかないだろう。


「はあ……」


 カズトは、思わず溜息を吐いた。


 願わくは……、せめて、初めて出会えた同志の心が、自分同様に壊れてしまわないように。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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