【第36章― 城崩れる時 ―】崩壊への序曲
この話から第36章です。
章タイトルから分かるように、重くて苦しい話がひたすら続く予定なので、ご注意ください。
本当はずっと考えていた。
あの人が、突然、接近して来た理由をずっと。
過去にどんな縁があっても、本来ならその過去と現在の縁は、全く繋がらないはずだったのだから。
―――― チキコ~ン
この国、特有の音がして、わたしの部屋に来訪者が現れた。
どうやら何か、わたしに話があるらしい。
その来訪者を部屋に招き入れ、深刻そうな話を聞くことにした。
「はあ……、なるほどね」
そして、話を聞き、なんとなく納得するわたし。
ようやく、バラバラになっていたパズルのピースを一つだけ見つけたというか、もつれた糸の解く方法を見つけたというか。
いや、その話だけでは、根本的な解決になっていないということでもあるんだけど、何も知らない状況よりは一歩ぐらい前進できた印象はあった。
『驚かないのだな……。多少の動揺はすると思っていたのだが……』
来訪者はどこか戸惑うようにそう言った。
「う~ん……。なんと言ってよいか……」
少しだけあった不思議な予感と、確実にあった大きな違和感。
そして、あの人が近付いてきてから、ずっと抱えてきた疑問。
それらが少しだけしっかりとした形になって見えた気はする。
「このことは、他の人には?」
『ユーヤだけには言った。俺、一人では、判断できない。でも、ツクモには……、まだはっきりとは言えない』
目の前にいる来訪者は、俯きながらそう答えた。
恐らく、隠し事をしていることに罪悪感があるのだろう。
「まあ、妥当な判断だね」
だから、わたしはそう答えた。
それで、彼の気が晴れるかは分からないのだけど。
「それで……雄也……じゃない、ユーヤは何か言っていた?」
『ギリギリまで様子を窺うと言っていた。それと……、そう遠くない未来、予言は成就する気がするとも……』
「予言……ってあの、『城が崩れる時、一陣の風が神の国への扉が開く』とかいうヤツ?」
わたしに心当たりがあるのはそれぐらいだった。
『多分、そのことだと思う。ユーヤはそれが近いうちに訪れると思っているらしい』
「なんか確信があるのかな?」
『予言のためかは分からないが、先ほど言ったように、この国は既に崩壊へと向かっている。そこへ偶然タイミングよく現れた三人の風属性の人間たち。条件が揃いすぎて気味が悪いらしい』
それは……、確かに……。
「でも、確かに揃ってはいるのだけど……、風属性の魔法じゃなくて、普通に風って可能性もあると思うけどな~」
そもそも、その予言自体がはっきりと何を指しているのかを言っていないのだ。
風属性……、雄也先輩、九十九、そして、わたしも風属性の魔法が主体である。
だからこそ、そう考えてもおかしくはないけど……、その「神の国への扉」とやらがピンとこない。
それっぽい雰囲気のストレリチアは……、法力国家だけど、神の国とは違うしね。
「可能性があるとすれば、九十九かな。九十九は、どんな事情があっても、悪いことを見逃せないタイプだから」
『ミオもどちらかといえば、ツクモと同じタイプだな。だから、目的のためなら手段を選ばないユーヤと、心の準備が必要になりそうなシオリにまず話した』
「じゃあ、まあ、暫くその件はこのまま保留で。あの人の狙いが本当に貴方の言うとおりわたしにあるのだったら、近々何らかの行動を取るってことだし」
『……だが、それは……』
目の前の彼は、言い淀む。
「うん。かなり危険だってことだよね。それぐらいは鈍いわたしでも分かるよ。それに、予言を鵜呑みにした相手が風属性を強く持つ三人の中で、わたしを選んだのも、恐らくは、一番扱いやすそうだって理由もあるのだろうし」
『シオリは扱いづらいと思うが……』
「力技でこられたらどうしようもないって意味だよ。二人と比べて腕力があるわけでもないし」
わたしは肩を竦める。
悔しいが、これだけは認めるしかない事実なのだ。
「唯一、身を護る手段は魔法だけど……、それも精度は怪しい。それでなくても、ここは機械国家で、物質に対しての魔法効果はあまり望めない。万一、危機に陥ってわたしが魔法を暴走させることができたとしてもあまり意味がないってことだよね」
雄也先輩は、自分や他者に対する補助魔法は使えるし、九十九だって結構、魔法は使える。
それも、どちらもわたしみたいに力技でゴリ押しに近い形の魔法使いではない。
ちゃんと実戦的な魔法だ。
「まあ、用心はしておく……。わざわざ、忠告をありがとう」
『礼はいらない。自分は当然のことをしているだけだから』
「それじゃあ、心配してくれてありがとう」
そういうと、来訪者は少し考えるような顔をして……、笑ってくれた。
先ほどからずっと難しい顔をして、わたしと会話していたのだが、ソレぐらいの余裕はあったようだ。
彼だって、自分がしていること、わたしに話したことはかなり危ない話だって分かっているだろう。
当人にでも、知られたらそれこそどんな目に合わされるか分からない。
それでも、彼は、わたしに警戒を呼びかけた。
それならば、礼の一つぐらいではとでもじゃないけど、足りない気がする。
「それにしても……、あの人、本当に何を考えているのだろうね~。明確な狙いが分からず、ただ、わたしに照準を当てている理由が分からないよ」
そう言いながら、わたしはなんとなく頭を抑える。
『それは……』
理由に思い当たることがあるのか、彼は、逡巡を見せる。
「まあ、これ以上は聞かないで置こう。あまりいい話に繋がるわけでもなさそうだし」
多分、ここから先は国家機密に触れるほどのもので、そこには流石に口止めが入っているだろう。
「それより、せっかく珍しくお茶でも飲んでいかない? 九十九のつくった木の実いっぱいのケーキ。これなら、あなたも食べられるでしょ」
「シオリが……、お茶を?」
来訪者はぐっと構える。
彼は、わたしが、お茶を淹れることも苦手なのを知っている。
警戒されるのも仕方がない。
「こ、こう見えても少しはマシになったから。白い粉は飛ばなくなったし、液体消失マジックの回数も減ったよ?」
せっかく、お茶好きなのだ。
九十九みたいに料理はできなくても、コレぐらいはできるようにと、この城に来てから口が悪く厳しいコーチの元で頑張ったのだ。
だから、一応、少しは形になっていると思う。
『それじゃあ、戴いてみる。解毒薬はいるか?』
なかなか酷いことを言われた。
彼も随分、口が悪くなったと思う。
「……た、多分、大丈夫。万一の時は九十九を呼ぶし」
『不安な言葉だな』
「自信と不信の攻めぎあいですもの……」
毎度のことながら、魔界って人間界と違って便利な面が多々ある分だけ、単純なことに関してはいろいろと大変なのだ。
****
薄暗い部屋で、男が一人、玻璃でできた筒状の物に手を触れる。
「どうやら、コレも駄目のようだ……。今度こそはと思ったのだが……」
茶色の長い髪、琥珀色の瞳をした青年は、冷めた口調で呟いた。
理論上の計算と現実は必ずしも一致すると決まっているわけではない。
そんなこと、何度も同じことを繰り返してきた青年はとっくに理解していた。
そして、今、自分が見つめている玻璃でできている筒の中に存在するモノも、そう簡単に実現できるものではないのだ。
だが、ほんの少しずつだが、間違いなく自身の理想の形に近付いては来ている。
それも、協力者がいるためだ。
自分一人では辿り着けない境地にはなんとか辿り着けた。
あと、もう一歩進むことができたならば、彼は理想を現実とすることができるかもしれない。
今、この魔界では到底成しえない奇跡。
いや、自分が目指している場所はもはや、神の領域でもある。
神の血を与えられながら、その領域を目指す自分はいつか、何らかの形で制裁を受けることになるのだろう。
だが、この想いを、この理想を追い求めることだけは、どうしても止めることができなかった。
まったく、手が届かないわけではないのだ。
手を伸ばせば届きそうな距離まで来ていることが目に見えて分かっていて、手を伸ばさない理由などないだろう。
それは、例え神であろうとも止めることなどできはしない。
だが、彼は後に知ることになる。
人の世に、神が干渉する事態はほとんど起こらない。
人の罪を裁くのは、あくまでも人の手によるものだと。
つまり、彼自身の愚行を諌めるのは、やはり人間以外ではありえないのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




